第5戦 評定

 俺は急いで館の評定に参加した。最初は何か分からなかったが、これが会議に当たるものであると馬に乗せられている際に、武者から教えられた。

 館の門には兵士が慌てて指示を飛ばしたり、食料のような俵を運んだりしていた。うまく視認はできなかったが、それはかがり火の明かりだけしかないからだと思う。


「遅かったじゃないか、軍師」

 源治さんは、髭を撫でながら低い声で話した。座敷の奥には、やはり晴義さんがいた。源治さんの向かい側に促されてそそくさと座ると、晴義さんの気の強さが確かに伝わってきた。

 他に今回は向かい側の源治さんの横に、切れ目の細身の男がやはり座っていた。まるで狐のように飄々とした様子だった。

 りんなちゃんは、この評定の間の外で待機している。


「すまないな。今は、他所の城や他に任務があり源治と実春さねはるしかいない」

実春と紹介された人は、向かいから会釈をする。にやにやとはしているように見えるが、キリッとしていていかにも強そうだ。


「山本実春です。あなたが噂の軍師様ですね? ああ! 是非お会いしたかった! わたしは幸せ者です!」

急に彼のテンションが高くなり、戸惑ってしまった。年は二十過ぎくらいの若い感じではある。いずれにしても、見た目のような狡猾さはない。


「いや、あの……その本当の軍師ではないんですけど」

「いやいや! 大殿が目を付けられた方なのですから! きっと我が殿をより天下に近づけてくれるはずです! わたしには分かるんです!」

「そうだ! 実春の言う通り! この事態にどう対処するかがお前をわざわざこちらへ呼んだ理由なのだぞ!」

 源治さんも続けて言う。

 俺だって来たくて来た訳なんかじゃなかったのに!

「ではさっそく聞こう。これだけの少ない今の部隊で、どう戦う?」


 必死で頭をフル回転させる。こういう時は、何が大事かはよく分かっている。それすなわち情報である! 情報を制する者は世界を制する、ってどっかの海外の社長さんがテレビで話していた。これをパクるしかねえ!


「そうですね……」

 各々が心配そうに見つめる。その口先に視線が集まる。恐らく、この様な緊張はもう二度とないはずだ。


「情報を制する者が、この天下を制します! まずは情報から集めていきましょう!」


 しーん


 あ、あれ? もしかしてみんな……俺の言葉に一本、いや二本も取られてしまって動けないでいる? いや、そうなるのも無理はない。なにせ世界的な名社長の至言、格言なのだから心に響かないという方がおかしい。


「いや、それはそうだろ」

「意外に……普通ですね」

「ああ、まだ教えとらんかったか、情報」


 あれ?! 全然響いてねえ! なんだよ、あの社長の言葉は! 社員一人一人になんも届いてないよ!


「よし、情報を教える。まずは地図を持ってくるんじゃ。巴に、持ってこさせい」


 それからバタバタと兵士が慌てている様子が見て分かった。それから数分で巴ちゃんが地図を持ってきた。しかしその姿は綺麗な青色をモチーフにした鎧を着ていて、あっけにとられてしまった。


「きれいだ」


 思わず声に出してしまうほどであった。髪も後ろで留めており、その姿が月明かりにとても映えた。


「おい、軍師イ! しっかりやれい!」

 源治さんからは相変わらずのジャブが飛んできた。


「ん~、地図を見る限りでは全く分かりませんね」

「攻める口くらいはあるだろう」

「そうですねえ……」

「ここはどうだ。雲のうんのくちという場所。ここから一気に攻め入れば、相手の村の周辺に侵入することが出来る」

「そうですね……」

「おいおい、それしか言わないじゃないか」


 何か違和感はあった。茂木村は確かに、運の口という道から一気に攻め上がれば、簡単に侵入できそうであり、そこから相手の戦線を崩す線が見える。


「まだ情報は足りません」

「どんな情報だ」

 晴義さんはいつものモードを忘れて、真剣な表情を見せながら話しかける。それを見て、思わず自分が睨まれているような錯覚に陥ってしまった。


「なぜ、この茂木村を中心とした侍たちは反乱を起こしたのでしょう?」

「何をこんな時に聞いておる!」

 源治さんはそんなことが関係あるか、と言わんばかりに叫んでいる。


「はい、教えましょう。良いですよね?」

 実春が晴義さんに尋ねると、やや一瞬迷ったようにも見えたが、すぐに頷いてこれを許可した。


「実はあそこの侍衆とは、密約を結んでおります」

「密約…とは?」

「それは、あそこの侍衆と金銭などの関係で成り立っている上下関係なのです」

「つまり、お金で買収していたわけですか?」

「はい。そうなりますね。ただ、こちらは金銭的な援助、さらには年貢も三割引いています。その代わりに彼らには戦の時には、先手衆として戦ってもらっています」

「なるほど……つまり、金銭面でまだ余裕が欲しいんじゃないでしょうか? 今年の気候はどうでしたか?」


晴義さんは、膝をポンと叩いた。

「たしかに今年は不作であっただろう。寒冷な気候であったから」

「ならば、ある程度は年貢を引き下げても良かったわけですよね?」

「うむ。まぁ……」

「そうです、父上! 民の方々はきっと生活が辛いはず。それは侍衆の方々の田地とて同じことです」

「いや、わしとてより負担を掛けたいとは思ってはおらん」


巴ちゃんですら、この状況に一つ役に立ちたいと、寄り添いたいと考えている。それに俺が逃げ腰ではいけない。


「分かりました。必要最低限の兵士だけをつけて、俺に……」


言葉に詰まった。

果たして俺にやれるのか?

しかし晴義さんも、民や他の人たちを蔑ろにしようとは考えていない。きっと共に歩んでいく関係でありたいと考えている。だからこそ、こちらも譲歩して条件を出しつつ共存してきたのだから。


「俺に、話をさせてください。彼らと交渉します。そして正面から行きたいと思います」

「正面から! 無謀だ!」

源治さんも心配するように声がかかった。しかし、俺は一応選ばれた軍師らしい。どうせここでダメなら後はない。


「正面きって話しますし、いざとなったら大丈夫です。そして道案内には、後ろの扉にいる屋敷の同居人である……りんなちゃんにしてもらいます!」

「決めたか……。明らかに無茶ではあるが。被害はまだほぼ出ていない。早急にうごいてくれ、軍師様。もし何かあれば、直ぐに戻りなさい。決して恥ずかしいことではないんじゃから」


晴義さんは、神妙な顔でそう告げた。

源治さんも実春さんも、にこりとこちらを向いて頷く。巴ちゃんは心配そうな顔をしているが、また会うためには仕方がない。


「りんなちゃん! 行こう!」


俺は扉を開いた。

月明かりやかがり火は、未来を照らしてくれるだろうか。

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