第4戦 人生、二回目の転換点!

「ここは……俺の家……」

 そうだ。ここは俺の家なんだ! 両親は海外出張でいないけれど、一人で城持った気分で過ごした一軒家! マイホーム! ふかふかなベッドに、その下に隠された男の野望天下創世! これこそ探し求めていた帰る場所じゃないか!


「ねえ! 君もそう思うよね!」

「思わない!」

 少女は語気を強めて俺にそう言って来る。


 そう、これはやはり現実なのだ。

 俺はこの子にぼこぼこに叩かれて意識を失った。そして意識が戻り始めたまさにその時。元いた世界の部屋を見たような気がしたのだ。しかしそれは、俺を見降ろすように立っていたこの少女の存在で真の現実に帰ってくることになる。妄想は蜃気楼となって、囲炉裏の火の中に入っていった。


「おばあちゃんの家で見たことがあるような……いや、ないな。ここまで来たら昔話の世界だよもう」

 幸いにして座敷はちゃんとあって、その部分の畳の上に寝かされていた。しかしいざ身体を起こして辺りを見回すと首元に激痛が走った。


「痛ったた……」

「首元が痛むのか?」

「ああ、こう、鋭い痛みだな」

「そう、それは畳で横になっていたから。寝違えたのかもしれない」

「ちげーよ! 手刀でバンバン殴ったからだよ!」

「そんな言いがかりは良くない」

「事実を言ったんだよ! あとなんだ、横にさせたのもあんたじゃないか」

「あんたじゃない。筒井凛名つついりんな

「じゃあ筒井さんね? そもそもだよ、俺が入って来た瞬間にだね」

「りんなで良い」

 なんか調子が狂う……。こんな10歳もいかないような子にリズムがくずされていく高校生って一体。いや、もはや高校生なんて肩書はないに等しいのかもしれないけども。


「せいいっぱい、腕を伸ばしてできたことを誉めてほしい」

「絶対誉めないよ」

「いきなり入って来るのだから、そちらに非がある」

「はい……。ってでもここは俺の屋敷みたいに言われたんだけれども」

「そう! でも最初は疑ってかかった方が良いと、村のみんなから教えられた」

「躾のなった子だこと! それがまさか命取りになるとは思わなかったよ」

「兵士もろくにいない屋敷なのだから警戒してあたりまえ」

「ああ、そういうのも要らないからって俺がもう話はつけておいたの。なんか休めた気分にならないっていうのかな。ここ二年は一人暮らしだったからさ、そっちの環境に慣れちゃって」

「ふうん。まあ一応察しはついていると思うが、私がお前の身の回りの世話をするりんなだ。宜しく。さっさと統一してくれ」

 これまた偉そうに胸を張って、アピールする。素晴らしいのは巴ちゃんのそれと違って見事な山を形成しているということ。

 しかし、だ。言葉遣いに、何も思いやりがない! なんかこう、思い描いていたメイドさんとは少し違う……。現実ってこんなものなのかね。いや……むしろこっちの方が珍しいくらいか。


「ええっと、でも偉いね。10歳くらいでしょ? りんなは料理も作れるし、色々なことが出来るからきっとこの大役に選ばれたんだよね」

「違う。そもそも私は16歳! むう。毎回誰しもそう年下に見る!」

 ええ……。こんな子、普通にいないでしょ。これでこっちの世界では高校生ですか! 計算方法が違うとかないよな?


「ああ、そうなんだ。それはごめんね」

「それともう一つ」

「ん? もう一つ?」

「これは選ばれたのだが、正確にいえばやらされたということが正しい」

「と、言いますと」

「新しい軍師様がやってくると聞いた時は、女中はみなが手を挙げてやりたいと申し出た。しかし、異世界の住人で、どうやら殿さまに不手際があって他人を登用したという噂が広がって」

「早いな! その話が広まるの!」

「うむう。結局、そんなやつの面倒は見たくないということになったんだ」

「で、で、で! りんながやりますと言ってくれたわけだ!」

「違う」

 もう、なんで俺はこんな世界でも元の場所と変わらない扱いを受けなければならないんだ! 神よ! あなたは理不尽ではないか!


「わたしも断わったのだが、最終的には籤で決めようという話になった。籤ならば、神が選んだということ。誰も異存はない」

「それで籤に当たったのが、りんなちゃん?」

「そう。正確には、はずれたという方が正しい」

 神よ、訂正しよう。俺はあなたに心の底から感謝したい。こんな合法ロリな可愛い子と一緒に暮らすことができるなんて! ちょっと経緯はあれだけど、むしろ有難いことじゃないか! 問題は軍師でなければということだ。


「それより、これでも食べながら話をしよう」

 と、りんなが湯気の出ている漆器を手渡してきた。見た目は、雑煮みたいだった。早速恐る恐る飲むと、味噌の味となめらかな汁の感覚がマッチしていて、味噌のあんかけ汁みたいな味がする。これは美味い! やはり食事はに関しても、そこまで大差はないのかもしれない。


「美味しいよ!」

 とびっきりの笑顔で話しかけた。先程、巴ちゃんに案内されている時にも、食事が合うかどうかは不安だった。とにかくその不安が一つ解消されて、より安心した。


「そう。じゃあもっとよそうから」

 と言って背中を向けた。しかし明らかに恥ずかしがっているのが見てとれる。可愛いというのが誰しもが抱く感想だ。


「そうそう。りんなちゃんは、どうして館で女中さんをしていたの?」

 食事をしながら心を通わせようと、やや食い気味に尋ねてみた。


「この領内に、茂木もてぎという地域がある。そこで一番優秀だった。それで殿さまが噂を聞いて好待遇で迎えてくれた」

「すごいな、その噂の広まる早さ!」

「あの地域の人はみんな話のが好き。それに馬借の人がいたりするから、話が広がるのは早い」

「それに女中さんを良い待遇で採用するなんて、随分と見込まれてるんだね」

「きっと……色々あるんだと思う」

「ふうん」

 少し、りんなはうつむき加減になって話した。そういう時は、むやみに話しを聞いたりしてはならないと祖母ちゃんが言っていたので、この話はおしまい。しかし、話をしていてもう少しに歴史を学べばよかったと後悔した。手紙も全く読めないだろうしね。


「色々とさ、出来ないがたくさんあるから。文字? 手紙? ぐにゃぐにゃって書くやつ。あれとか、最後に印鑑みたいな、ええとなんて言えばいいんだ。名前をこう、難しく書くやつ。わたしが書きましたって証明する」

「祐筆家をしている親戚がいたから。そういうのはやる」

 すげえな! この子が男として世に生まれていたら、実はすごい武将になっていたかもしれない。

 などと感心をしていたら、門を強く叩く音がする。

「はいはい、どなた様」

「待って。迂闊に出て行かないで」

 そう言いながらりんなちゃんは、そっと門に向かって行った。やがてバタバタと足音がする。誰かが走って来る。


 一人の武者が入って来た。息を切らしながら、こちらを視認すると安堵したような表情を一瞬浮かべたがすぐに口を真一文字に結んで話した。りんなちゃんは心配そうな顔つきでこちらを見ている。


「お食事中、申し上げます。我が領内の地侍衆、反旗を翻し進軍中!」

「な、なにいいいいいいい! 反乱! ど、どこで? 本拠地からは近いの?」

「近いです。場所は、茂木村の周辺です。そこの地侍やらが反乱を」

「まさか……そこって」

 俺は覚えたてた地域に背筋の寒さを感じた。何でこんなタイミングで。

「軍師様、すぐに館までお越し願えますか」

「わかりました。ただし、そこにいる子も一緒に行かせてもらいます!」

 りんなはハッとした。しかし、ぐずぐずしてもいられない。武者はりんなと俺を交互に見ながらも、わかりましたと言った。

 馬にはまだ乗れないので、武者と共に乗る。りんなは武者が用意した馬に台を利用して跨った。

 夜風が肌寒く感じた。怖さからくる震えなのか、季節によるものなのか。俺は分からずにいた。

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