第3戦 敵を知るには、まず味方から!

 「いや~、まさか雄一様があの軍師様だったとは思いませんでした」

 あの時、俺を助けてくれたあの美少女が隣にいる。施設の案内をしてくれるとかで、館の周りをぐるっと回っている。


「いやあ、それはこっちの方もです。何せ、君があの当主の晴義さんの娘だったなんて、そっちの方が俺にとっては驚きだよ」

 それもそのはずで、晴義さんはあんな風におどけて見せたりはしているが、言動や立ち振る舞いには乱れがない。空気がしなって、その波動がたちまち辺りを包むような不思議な威圧感がある。その娘が、この様に華奢な女の子なのだから、人間の不思議はどこの世界も変わらないものなのである。


「そうですか? お転婆だなんて呼ばれて、本当に悲しくなってしまいます。こんなだから、きっと好意を抱いてくれる方もいないのだと思います。ともえだなんて名前も、今では重荷にしかなりません」

「そんな事はない! とてもいい名前だよ」

 こんな可愛い子の隣にいて、館を案内されているだけでどこかデートにいる様な気分になる。しかし、同時に軍師などというよく実態も分らないものに、どう着手して良いのか見当もつかなかった。


「お父さんは、今はどうしているの?」

「確か、民の方々の陳情を聞いて、その決裁をしています。他の方々は、各々の屋敷に戻っているはずです。屋敷には更にその配下の方々がいますから」

「へ~。ずっとお城にいるって訳ではないんだ」

「ええ。会議や緊急に召集のある時だけです。もっとも、最近はその数も以前に比べれば増えてきています」

 

 そう言うと、巴ちゃんは指をさして話す。

「あちらが櫓です。もしも敵が攻めて来た際には、あそこにも兵を配置して足止めなどをします。こちらには門がありますが、その後の道はじくざぐになっているので、中々素早くは進軍できない仕組みになっています」

「堀もちゃんとあるんだね」

「でも、ここの館は低いので、あまり機能するかは微妙です」

「ああ、そうなの?」

「もちろん、改築は行うのですが、何せ元が昔に出来たもので、お城というよりは本当に館、つまり寄合の為だけに集まって最低限の防衛機能を持つものにすぎないのです」

「ふうん。何でそんな場所を本拠地にするのかね? 俺ならもっと別の場所に移したりするんだけど。それにはお金が掛かるとか?」

 当然の疑問だった。

 時々出会う、常備兵と思しき者たちに挨拶をした。厄介なことはただ一つ。皆、俺の顔を覗き込んでは、これで勝てる、などと囃し立てていることだ。


「ん~、確かにそれが出来たら楽です。お金についてはちょっと……あたしでも教えてもらっていないんだけど、やはりこの土地に住む人々は元からこの武田という当主を愛してくれています」

「先祖代々の伝統を守りながら、それでも領民に尽くすっていう感じなのかな」

「そうですね。でも、結局年貢を納めてくれないことにはわたしたちは生活していけません」

「そう……だね」

 教科書に書いてあったような、重税に苦しむ農民の姿を思い出した。


「ですから、その方々の信頼に応えなくてはなりません」

「だから決裁もちゃんと自分の手で行うんだね」

「領内の揉め事は基本的に、父が行っています。きっと雄一様もお手伝いすることになるかもしれません」

 その日は確実に近づいている。日は傾き、三つ目の門にやって来る頃には茜色に木造建築が様変わりしていた。誰が見ても、良い木を使っていることが分かる。本拠地に敵が攻めてくることは今はないかもしれない。しかし、あえて館の内部を公開するということは、その危険性を俺に分からせるつもりに違いない。


「ということで、こんな感じです。他にも仕掛けのある壁とかもあります!」

 巴ちゃんは胸を張って、えへんと得意げになる。そんなに張ってはいない小ぶりなのではあるけれど……。


「ありがとう。じゃあ、俺は屋敷に戻っておいたら良いのかな」

「そうですね、お食事は専属の使用人を付けさせておいたので、ご心配には及びませんので。お話では、こちらの世界とお食事はあまり変わらないみたいなので、きっと口に合うかと思いますよ」

「ああ、ありがとう。屋敷まではさっき貰った地図を頼りにしていけば良いんだね」

「はい。分らなかったら、また近くにいる常備兵にでもお聞きください」

 そう告げると、これでもかという笑顔を振りまいて手を振る。その姿たるや、ドラマか何かのワンシーンかと思わせる様だった。夕陽をバックに、髪が小風にたなびくと一瞬にして胸を掴まれる。これが当主の血というやつなのか……。


「あ! あとさ! 気になったことがあるんだけど」

「はい?」

「俺、あまり言葉遣いとか気にしないし。その、当主の娘なんだからさ、もっと崩した感じで話してくれて良いからね」

「いえいえ! これも乙女のたしなみですから! 聖真国と女子はおしとやかで可憐でいることを良しとしていますから!」

 その言葉は、既にあなたが体現していますよ、と言いたいのをグッと堪えた。

「では」

 と言うと、手を振って門を出て、地図に書いてある場所まで歩みを進めた。


 護衛をつけるべきではないか、と源治さんが言っていたらしいが大した人間ではない俺はその様なものは不要だったので断った。それに館の中では、巴ちゃんですらごく僅かな供しかつけないということなので、俺のプライドも何よりこれを許さなかった。


 (しかし、あの時はボディーガードすらつけずに案内してくれて、俺は完全にここから信頼されている。警備の兵も、何人が声を掛けて来ただろうか)

 その様な期待に、果たして沿うことが出来るだろうか……。

 そう考えながら、目印の赤い鳥居をくぐって先に進む。少し遠くに目をやると、木々の隙間の奥から屋敷が見える。あれがこの聖真国の兵士や、幹部の住居なのだ。そう考えると、不安がやはり押し寄せて来る。けれどあの兵士や領民を大事にする晴義さん、巴ちゃんたちの期待には応えたい。


「と、ここかな」

 さほど大きくはないが、お寺の本堂の大きさの屋敷が見えて来た。そこにはしっかりと『久我 雄一くがゆういち』と記載されている。


「よし! ただいま帰りました!」

 と言って中に入ったその刹那。

 何者かに俺は首に手を回されて、包丁を突き付けられている。その背中には、柔らかな感触がある! ま、まさかこれは! と余韻に浸りたいが、事態は事態。ここで死んでしまっては意味がない。


「あ、あの! あ、あっしはですね、変な者ではございません!」

「いや、変だ」

 高い声で甘い香りがする。とても可愛い声で、その舌たらずなソフトな声が言動とのギャップを誘った。


「あ! 可愛い声!」

 俺の良いところは、思ったことを口にしてしまうところらしい。なぜ、こうもこんなことを言ってしまったのか。


「お、おまえは~! 殺してやる! 殺してやるううううう!」

 そう少女らしき女性が言うと、首元に手がすとんとぶつかった。これが……手刀! しかし一回では落ちなかったらしく、何発も打ってくる。


「ぐおおおおおおおおお、痛い!痛いから!」

 俺は14発打たれたところから数えるのをやめた。そして、深い眠りに落ちていった。これで元の世界に帰れるという、ありえない奇跡が起きるのを願いながら……。



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