どうでもいい猫 (猫短1)

NEO

どうでもいいお話

 銀河系間航路千三百四十二号(一級幹線)の片隅、第三十七ワープ航法出口付近にその店はあった。「牛丼 999本店」。本店といっても、支店はない。ハッタリである。

 ここの店主は、どこの星からきたのかとんと見当も付かぬ猫。名をサバトラ・ソックスという。見た目そのままなのだが、どうでもいいらしい。

 そのどうでもいい猫が作る牛丼が絶品と評判で、わざわざ数百万光年遠回りして、ここに立ち寄る、熱狂的リピーターもいる。ワープ航法の燃料代はいくらになるのだろうか。たった三百九十ペソの牛丼のために……。

 ああ、ペソというのは宇宙統一通貨の事で、ちょうどキリよく一ペソ一円くらいの価値である。

 この「999」のメニューは看板に偽りなく牛丼しかない。一杯にこだわっている……わけではなく、単に面倒臭いからという、いかにも猫的発想からだ。

 そして、今日も店内は満席……ではなかった。店舗の設計上の問題で、同時に停泊出来るドッキングポートが少ないため、店内はガラガラでもドッキング待ちの船が列を成して待っているという、なかなか壮観な光景が広がっており、これはこの辺りの風物詩でもあるのだが……それは、命がけの牛丼でもあった。


 大型貨物船 レイ・セオーン 操舵室


「三十七ワープ航法出口。空間変動確認。来ます!!」

 まだ若い航海士が叫んだ。

「ふむ、上か下か……」

 船長が顎髭を触りながら一港し、カッと目を見開いた。

「上部スラスタ全機作動。下だ!!」

 巨大な船体を揺るがして貨物船はいきなり列から離れた。次の瞬間、虚空に巨大な『穴』が出現し、宇宙軍最新鋭戦艦「コロッセオ」が姿を見せた。

 ワープ航法出口は駐停泊禁止である。こうなるからだ。


 戦艦コロッセオ 艦橋


 けたたましいアラームが鳴り響く中、必死の回避行動が続いていた。

「全く、なんでこんな所に民間船舶が固まって……」

 艦長の隣でキリキリ命令を出しながら、副長がぼやいた。なんの騒ぎだ。これは……。

「君は知らんのか。この近くの牛丼屋が評判でな。いつもここはこうだ」

 艦長が当たり前のようにいったが、副長はすぐに飲み込めなかった。牛丼屋だと?

「艦長、冗談は顔だけに……」

「回避不能、衝突します!!」

 副長の声を誰かが遮った。

「構わん。それがここの『ルール』だ」

 この日、三隻の貨物船が消滅し、最新鋭戦艦が大破したとニュースになったが、場所をみて誰もが「ああ……」と納得したのだった。


 さて、そんな命がけで店内に入ると、メニューはない。牛丼しかないからだ。

 そして、小、並、大、特とあるが全て値段が同じで、サラダと味噌汁と卵が強制的に付いてくる。漬け物や紅生姜はなく、つゆだくとか面倒な注文は無視される。

 全て、どうでもいい猫の面倒臭いからという、心からの想いが込められたサービスだ。


 牛丼に使う肉は某国産A5ランクの牛肉の適当な切り落とし、命のタレは……企業秘密だ。それとタマネギをいい加減に煮込んでいるだけなのに、なぜか異常に美味いのである。

 もし、なぜ美味いのかと聞けば、必ずこういう答えが返ってくる。「食えば分かるさ」。要するに、本人も知らないのだ。

 しかし、美味いものは正義なので、誰もこれを気にしない。どうでもいい猫の牛丼屋は今日も大繁盛だ。


 どうでも猫の牛丼屋の従業員はどうでもいい猫だけ。つまり、どこかで店を閉めて休憩しなければならない。しかし、それすらどうでもいい猫なので、店は年中無休だ。ふとお客が途切れた時に、「休憩中」のビーコンを発信してウトウト寝るだけ。起きたらまた営業である。どうでもいくせに、ある意味ワーカーホリックな猫だ。

 どうでもいいのだけど、店を流れていく様々な人を見るのは好きな猫である。

 自分が作ったなぜか美味しい牛丼を食べ、、どういう反応をしてくれるのか楽しみなのだ。

 中には、意地悪を言ってやろうというお客さんもいるが、どうでもいい猫の対応は変わらない。そして、撃沈されて帰って行く。そのまま、強烈なファンになってしまった人もいる。全く面白いと、どうでもいい猫は思う。だから、この仕事はやめられないとも。


 銀河系間航路千三百四十二号 第三十七ワープ航法出口付近 「牛丼 999本店」。

 まだ行っていないのなら、ぜひ一度行って欲しい。

 どうでもいい猫が適当に相手してくれるはずである。

 ただし、ワープ航法出口に並んでしまった時は要注意である。

 事前に生命保険や遺言書などの確認をしておく事をお勧めする。

 そこまでして行くかと問われたら、私はこう返答するだろう。「行ってみろよ。行けば分かるさ!」



(完)

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