集団返し

四葉くらめ

集団返し


   1


「いやぁ、何がいいのか分っかんねぇわ。こんなガキでよくもまあ元気になるもんだ」

「このさー、世の中なんて一切分かってなさそうな顔を歪めるのが楽しーんだよなー♪ 彼氏とか男とかに幻想抱いてそうなさー」

「でも最近の中学生ってそういうの詳しいんじゃねえの?」

「おいおい、そうなったら今度はこいつ小学生を狙い始めるぜ?」

「小学生とか犯罪ですわー」

「いや、中学生も十分犯罪だから」

「年齢関係なく犯罪だから」

「そうでしたそうでした。俺たちみーんな」

『犯罪者! はははははっ!』

 大勢の笑い声で目が覚める。

 頭がぼーっとしていた。えっと、私……何してたんだっけ。

「あ、起きた? 起きたならほらっ、立って」

 一人の男が私に話しかけながら、私を立たせる。そこで、初めて両手が手首で縛られていることに気づいた。

 男は私を立たせると両手を上げさせ、天井からぶら下げてあるロープにくくり付けた。

 周りを見回してみるとどうやらどこかの廃工場らしい。学校の体育館ぐらいの広さがあり、天井も高い。

 少しずつ頭が覚醒していく。

 確か学校から帰っている時に『バチッ』って音がして、そのまま気を失ったのだ。

「あ、もしかしてそろそろ目覚めてきたぁ? じゃあ状況説明しちゃっていい? それとも一回くらい水かける? 一応バケツ用意してあるけどぉ」

「おいおい、俺の○○ちゃんに酷いことすんなよなー」

「お前のじゃねえだろロリコン」

「褒められても困るぜ」

『褒めてない褒めてない』

「何なんですか……あなたたち」

 男達は私を半円状に取り囲んであぐらをかいていた。私に話しかけてくる男だけは近くに立っている。

 男達の人数は七人。年齢はバラバラで、大学生ぐらいの男から私の倍はありそうな男もいた。

「俺たちはねぇ、レイプ集団なんだ♪」

 れい……ぷ?

「集団レイプはいいよぉ。まず集団でやるとねぇ、証拠隠滅のチェックを何重にもできるんだよぉ。それに色々とコネも使えるしねぇ。他にも……ってあれ? どうしたの?」

「れいぷって何……?」

「え? レイプ知らない!? それは予想外だなぁ」

「これですよこれ! レイプっていう単語すら知らない中学生を犯っちゃうってそそるっしょ?」

「誰にも踏まれてない雪を踏みつける感じ?」

「それそれ! 真っ白な雪面にさぁ、泥で汚れまくった靴で足跡を付けるんだよ。最高じゃね?」

『へーんたい! へーんたい!』

「照れるぜ……」

『褒めてない褒めてない』

「んーっと、じゃあ『犯す』って言っても伝わらないかなぁ、『乱暴する』ってニュースとかで聞いたこと無い? ああ、でも暴力振るわれてるって思ってたのかな? 服を脱がして色々やったりするんだけど……ま、いいか♪」

 パチンと、柏手を打つ。

「じゃあ今からやるのが集団レイプだから、覚えてねぇ♪」

 その男はにっこりと気持ち悪く笑っていた。



 それから四日後、私は警察に保護された。



 その四日間に起きたことは、四年が過ぎ去った今でも、鮮明に覚えている。


   2


「んん~! 今日の仕事も終了っと!」

 俺は会社のデスクで大きく伸びをしながら、一人仕事の終わりを告げる。ここ数日は毎日夜遅くまで残業しなければならなかったが、明日からは久しぶりに三連休を入れている。ついこの間、商店街の福引きで温泉旅行が当たったので、それに行くのだ。ペアチケットだったので本当は好きな女とでも一緒に行きたかったのだが、あいにく誘うような相手もいない。

 にしても、よくもまあこの俺が、こんなきちんと働いてるよなぁ。

 帰りの電車の中でぼーっとそんなことを考える。

 大学時代の俺はちょっとばかりやんちゃをしていて、まあ、犯罪行為も普通にやってた。警察にバレないように上手くやるのが楽しかったし、その作戦を仲間達と考えるのもまた楽しかった。初めは同期の友人達と始めたことだったが、「こういう技術を持った人間がいると確実だ」とか「こういう仕事をしている人間がいれば安全だ」とかそういうの考えているうちに色々な人間が集まってきた。

 そうして集まった奴らで、色々とやんちゃをしたのだ。

 そんな俺が、今は会社員として真面目に働いている。何がきっかけでこうなったかは分からないけれど、なんとなく一生懸命に生きるのも案外楽しいなと感じてしまったのだ。

「今、あいつら何してんのかな」

 アパートに帰ってきた俺は、そんな事をつぶやく。かつて俺の周りにいた奴らはもういない。俺は別の道を歩き出したのだから。頑張って生きることに光を見たのだから。

 まあ、でもひとまずは――

「頑張った自分にご褒美ってね。明日楽しみだなぁ」

 そんな事を言いながら、俺は夢の中に入り込んだ。


   3


「へぇ、温泉旅行って聞いてたから旅館かと思ってたけど、ホテルなんだ」

 といってももちろん温泉はきちんと備わっているようだし、町を少し歩けば流石の温泉街、ところかまわず温泉のマークの描かれた店があり、そこらじゅうで饅頭が売り出されている。

 それに俺としても旅館よりはホテルの方が気も楽というものだ。

 俺はホテルに荷物を預け、町を軽く歩いて昼ご飯を食べたり、足湯に浸かったりする。普段はせわしなく仕事をしている分、やけに時間がゆっくりと流れているように感じる。

「この町に住んだら気持ちいいんだろうなぁ」

 毎日温泉入れるとか天国だろう。

 町をある程度見て回ったらホテルに戻りチェックインをする。元々がペアチケットだったから部屋は二人用だ。こんなに広い部屋を一人で使えるというのも贅沢な話である。荷物を片方のベッドに放り投げて、もう片方のベッドには自分の体を放り投げる。ほどよいクッションが体を包み込む。ああ、これだけで気持ちいい……。いや、でもちゃんとホテルの温泉にも入らないとな。もったいないし。

 ホテルの晩ご飯を食べ終わると、替えの下着と浴衣、そしてタオルを持ってホテルの温泉へと向かう。

 脱衣所で服を脱ぎ、浴場への扉を開ける。

「お、誰もいないじゃんラッキー」

 時間的に人が結構いても良さそうなものだが、運良く利用者は俺だけだった。広々とした風呂で誰の目を気にすること無く足を伸ばす。気持ちいいし、気分がいい。

「ふぅ、いいお湯だった……」

 結局最後まで誰も入ってくる事無く、俺は一人風呂を堪能することができた。

 浴衣に着替え、自販機でビンの牛乳を買う。普段飲んでいるパックの牛乳よりも数倍美味しく感じる。これは温泉効果か、それともビン効果か。いや両方だな。

 ビンを回収箱に入れ、部屋に戻る。

 部屋で読書などをしながら時間を潰し、いい時間になったところでベッドの中に入った。


   4


「ん……?」

 なんか……体が重い……。

 まるで何かに乗っかられているような……。

 ゆっくりと目を開けると真っ暗な部屋の中にうっすらと人の輪郭が浮かび上がる。その輪郭は俺の腰の辺りに乗っかっているようだった。大きさからして多分女性だ。

 突然、部屋の電気が付く。

 急な明かりに思わず目をつむる。それからゆっくりと瞼を持ち上げるとやはりそこにいたのは女性だった。

「えっと……あんた誰?」

 泥棒……だろうか。いや、でも泥棒だったらのんきに俺に乗っかっているはずもないし。じゃあなんだ?

「私はお客様にサービスをしに参りました」

「さ、サービス?」

 そんなもの頼んだ覚えはない。それとも温泉旅行のチケットにはこのサービスとやらも含まれていたのだろうか。

「サービスって……一体何を?」

 女性はにっこりと笑う。

 よく見たら女性は浴衣姿なのだが、その帯はかなり緩んでおり、浴衣も若干はだけている。わずかに顔を見せる胸元は風呂上がりなのか上気していた。

「ふふ、それはぁ、もちろん――」

 そして寝ている俺に上から覆い被さり、口を耳元へと寄せ、

「イイことですよ」

 囁いた。

 まるで体に電流が走ったような感覚がして、その直後に――



 右手に強烈な痛みが走った。



「っ!? っっ!?」

 何だ!? 何が起きたんだ!?

 なんでこんなに手が痛いんだ!?

 俺の動揺に対して女性は笑顔のまま。それが余計に怖い。

「さぁて、次はどこに『イイこと』します? 左手? それともお腹辺り?」

 そこでようやく、女が包丁を持っている事に気がついた。

 包丁は血で真っ赤に濡れていた。

「うわあああああ!?」

 俺は咄嗟に両手で女を押しのける。そのとき右手にまた激痛がよぎる。右手が女の浴衣とベッドのシーツを真っ赤に汚している。

 女はベッドから落ち、尻餅をついていた。俺はなりふり構わず部屋から出て廊下を走った。

「おや? お客様、どうされましたか?」

 従業員だ! 男の従業員だ! 俺は安堵の息を吐きながら、知らない女が部屋に入ってきて右手を包丁で刺された事を説明する。

「ほうほう、女の殺人鬼ですか。そして包丁で刺されたと。それは大変でしたね」

 50代ぐらいの白髪の混じった従業員は落ち着いた物腰で俺の話を聞く。いや、落ち着いていられないんだって! そうこうしている間にあの女が追ってくるかもしれない。あの包丁を持って!

「ちなみにその包丁というのは――こんな感じのやつでしたかな?」

 そして、今度は左肩から血が噴き出す。

「え?」

 意味が分からなかった。いや、そもそもホテルの部屋に知らない女がいた時点で意味は分からなかった。でもホテルの従業員が客を包丁で刺したのはもっと意味が分からなかった。

 でも、逃げないと……。逃げないと……殺されるッ。

 俺は叫び声なのか雄叫びなのかよく分からない声を上げながら、従業員とは反対側に向かって走り出す。本来であればそっちはあの女がいるはずなのだが、俺を追って部屋を出てくる様子は無い。もしかしたらどこかに頭をぶつけて気絶でもしているのかもしれない。好都合だ。とにかく今は逃げるのだ。

 階段を見つける。しかしなぜか上り階段しか無い。下り階段があるはずの場所は壁になっていた。意味が分からない。でも逃げないと。殺される。上る。階段を駆け上がる。

 すぐに息が上がった。一体何段上ったのかよく分からない。疲れていた。追われているからか、血が流れているからか、分からない。追っ手は見えない。けど、いる。足音がする。一つじゃ無い。二つでも無い。もっと多い。何なんだよこれ、意味が分からない。このホテルは一体どうなってんだ!

 とうとう屋上まで辿り着いた。鍵は開いていた。

 屋上に飛び出すと一人の少女が立っていた。

「やっと来たわね。会いたくは無かったけど、会いたかったわ」

 その少女は俺の顔を睨みつけながらそう言った。

「たす、けて……。包丁を持った……やつ、らが……」

「あなた、私のこと覚えてないのね。まあ、そんな気はしてたけど」

 何を言ってるんだ。この少女は。

「酷いわね。私は四年前からあなたのことを一度も忘れたことが無いわよ? 夢にまで出てくるのよ?

 あなたや他の奴らが夢に出てきて色々されて、目が覚めて、それからはもう寝られないの、怖くてね。寝ようと思っても心臓の動悸が止まらなくてとても寝付ける状態じゃないのよ。

 それほどまでにあなたは私の中を汚してるのに、あなたは綺麗さっぱり忘れてるんだものね。

 真面目に会社員なんかやって、楽しそうに仕事をして、友達と飲み会なんかして、楽しそうね?

 私とは大違いね?

 私はあれから一年間は部屋の外に出られなかったわ。

 もう一年は家から出られなかった。

 あの後は中学にも、高校にも行けなかった。

 ふと気づいたら自殺の方法なんか調べたりしてるのよ。おかげで楽な死に方とか覚えちゃったわよ。

 まあ、そんなことあなたには関係ないのよね。だって覚えて無いんだものね。

 ねぇ――

 集団のいいところって知ってる?」

 集団のいいところ?

「集団でいるとね、証拠隠滅のチェックを何重にもできるのよ。それに色んなコネを使うこともできるしね。他にもいっぱいあるのね。あなたはあのとき、これ以上の事は言わなかったけど、実際に集団を作ってみて色々やったらたくさんメリットがあることが分かったわ」

 証拠隠滅のチェック。

 色んなコネ。

 思い出した。

 この少女はあのときに――四年前に俺たちがレイプをした中学生の少女だ。確かあのときは中学二年生だったはずだ。外の見張りも合わせた十人で何度も輪姦してめちゃくちゃにした。少女は最初は泣き叫んでいた。途中からは静かに泣いていた。最後はぼーっとしていた。つまらなくなって四日目の最後に俺たちは何重にも証拠隠滅のチェックをし、捨てたのだ。

「ここのホテルにいる人はね、皆私の仲間なの。最初の女の人も、廊下を歩いていた従業員も、皆。そうそう、下り階段無くなってたでしょ? あれは昔演劇部をやっていた人に壁を作ってもらったのよ。いい出来よね。

 皆、復讐したい相手がいて、そいつを殺すのをお互い手伝ってるの。

 今回は私の番ってこと。

 あなたが福引きでペアチケットを当てたのも私の仲間のおかげ」

「わ、悪かった。本当に済まなかった! 許して貰えるとは思っていない! でもお願いだから殺さないでくれ!」

 そんな言葉が自然に出ていた。

 右手と左肩がズキズキと痛む。

 でも、このままだとこれだけじゃ済まない。

「何でもする! 何でもするから!」

「皆、お願い」

 少女がそう告げると、物陰に隠れていた男達が俺の手を縛り、つり上げる。それは俺たちが四年前に彼女にさせたのと同じ格好だった。

「私があなたに望むことは一つだけよ」

 少女の瞳は汚れていた。真っ白な雪面なんて物は欠片も無い。

 当たり前だ。それは俺たちが穢したのだから。



「死んでちょうだい」



 包丁が、俺の心臓に刺さった。


   5


 目の前で人間が、人間だったものに変わる。

 これで二人目。あと八人。まだまだ終わりは見えてこない。



 これを終えたら、私は胸を張って生きられるのだろうか。


 それとも――


 胸を張って、死ねるのだろうか。


   〈了〉


『この物語は、法律・法令に反する行為や自殺を容認・推奨するものではありません』

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集団返し 四葉くらめ @kurame_yotsuba

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