第2話 腐れ縁の2人

 就寝時間前の日課である己の武器の手入れをしていると、同期である男が横にドカッと座る。


「よお、死に急ぎ野郎」

「ああ、今朝ぶりだな、死にぞこないめ」


 いつもの挨拶を交わす。軽口など、奴との間ではいつものことだ。

 しかし、『いつものこと』がいつまでも続くとは限らない。こんな地獄で、旧友が生き残っているこの奇跡を、毎朝起きるたびに痛感しているのだから。

 もちろん、奇跡と幸せが同義であるか、なんていうくだらない論議は、しないに限るのだが。


「どうした、こんな時間に」

「しばらくは休みだろ、時間なんて気にするこたあねえよ。『世間話』をしに来たってだけだ」

「お前が『世間』に興味を持つなんてなあ。天災の前触れか?」

「酷えこと言いやがる」


 話が長くなりそうだと思い、手入れをおざなりに終わらせる。明日、また念入りにやってやろう。拗ねるんじゃないぜ。

 俺が片づけを始めたのに気付いたのか、奴は酒の用意をする。床に並んでいく様々なウイスキーの瓶を見て、こいつの趣向は死んでも変わりそうにないな、と笑う。


「俺は手前てめえみたいにどんな酒でも飲めるわけじゃあねえからな。何ていったか……あの透き通った酒、あれはどうも苦手でなあ」


 数年ほど前に、俺の酒で酒盛りをした時を思い出す。ああ確かに、こいつは悪酔いしたあげく、二日酔いも酷かった。


「あれは好みが別れるからな。お前が好きなウイスキーとは作り方が違うんだろう」

「よく分からんが、俺は死んでもウイスキー一筋だ。浮気なんてしねえに限るぜ」

「はは、経験者は語るってか?」

「うるせえ」


 キン、と軽い音をたててグラスがぶつかる。ごくり、と一口。

 相変わらず、うまい酒を持ってくる。


「それで、何を話しに来たんだ?」


 奴がグラスを下ろしたのを見計らって話を促す。すると、呆れた顔をされた。


「手前よお、そのせっかちなところ、いい加減直したらどうだ」


 肺いっぱいの空気を出すようなため息のあと、唸るように言われた。しょうがないさ、性分だ。


「これで前線でも生き残ってこれたんだ、直す理由がない」

「へいへい。まあなんだ、ただの確認だ……一か月前、手前のところに配属されたやつがいただろう。氷の能力者だ」


 それは、さかのぼるまでもない記憶だった。


「ああ、とても強力で、且つ美しい能力の……水瀬みずせ千穂ちほ、彼女のことだろう」


 彼女のことは、徴収されたときから印象的だった。稀に見る強力な能力に加え、それを操る才能。そして、自らの意志で共にやってきた彼女の幼馴染の存在。


「俺と彼女は能力のカテゴリが違うから、直接話したことはない。だが、彼女は戦場でよく目立つ……いい意味でも、悪い意味でも」

「遠目でしか見たことないが、噂ならよく聞いてたぜ。それで、そいつの幼馴染、青木あおき晴行はるゆきの件で詳しく調べねえといけなくてなあ、ったく」

「お前は彼の指導をしたんだったか?」

「少しの間だ。奴も氷の――水瀬に劣らない稀有な能力を持っててなあ」


 成程その件で、と相槌をうつ。

 青木の件は、俺たち能力者の間でひそかに話題になっていた。


「確か、彼の能力は機密だったはずだ。つまり、潜り込むのに適した能力だったんだろう?」

「ふん、驚くなよ。簡単に言っちまえば、他人に化ける能力だ。姿形、声ならまだしも、対象と少しでも接触するだけで思考もコピーできる」


 恐ろしい。


 一瞬、その言葉だけが脳内に映った。細く息を吐き、酒で口を湿らせる。


「想像以上だ……言いたくはないが、本当に、彼らを失ったことは、国にとって絶大な損害だったわけだ。上がその自覚を持っているか分からんが」

「もっと早くに徴収されるべきだった、だとよ。論点はそこじゃあねえだろうが。相変わらず使えねえ脳みそしやがって」


 苛立たし気に酒をあおる奴は、相当根を詰めているようだ。


「愚痴を吐き出すのはいいが、グラスを割るなよ。それで、お前は何が知りたいんだ?」

「……理由だ」


 奴はジトリとこちらを見つつ、わざとらしくゆっくりとグラスを置き、酒を注ぐ。次いで俺のグラスにも注ぎつつ、続けた。


「青木は向こうの『誰か』に成りかわり、スパイをしていた。決して気付かれることなく、戦場に出て兵を動かし、中で情報を得る……奴は巧くやっていた。新人とは思えねえぐらいにな」

「それなのにあの日、彼女が戦死した直後……」

「そう、偶々同じ戦場にいた青木は、近くにいた大尉と中佐、他数名を道ずれに自決した。もちろん、そんな作戦はなかったんだぜ。そして青木の能力は死んでも持続され、相手方は混乱を極め、撤退」


 ぐしゃり、髪を乱し、腕を組む。目を閉じ眉間にしわを寄せた表情に、成程こいつは青木のその行動に納得がいかないらしい、と思い至る。相変わらず、人のそういった感情に疎い。


「どうして青木はあんな行動をとったんだ。今でこそ状況は有利に進んでいるが、あまりにも突飛すぎるぜ。どんな綻びがあるか分かったもんじゃねえ」

「2人は、幼馴染みだろう」

「……それがどうしたってんだ」

「他所の国のおとぎ話と同じように考えてみろ。幼い頃両親を亡くし、支えあって生きてきた男女。将来を誓いあっていてもおかしくはないさ」


 おとぎ話と聞いて眉をひそめた奴は、そのまましばらく考え込む。人間特有の感情に関して思考する奴を見るのは、少し面白い。


「将来を誓いあっていたら、片方が死んだ時後を追うってのかい」


 心底不可解だという顔をしながら聞いてくる。


「そういうこともある」


 くいっとウイスキーをあおり、しばらくの静寂を静観する。俺の答えを飲み込んだのか、捨て置いたのかは分からないが、奴は再度質問してきた。


「しかし、おかしい。同じ戦場にいたからといって、水瀬が死んだ事をどうして青木はすぐ気づいたってんだ? 奴は直後に死にやがったんだぜ?」

「おそらく、いや俺の想像にすぎないが、どちらかの能力によって知ったんだろう。青木は死んでも能力が解除されないというのなら、彼女の方だろうな」

「――ああなるほど、氷の能力で作った何かを持っていたってわけか」


 少し前の戦場を思い出す。彼女が敵方の能力者によって心臓を貫かれたその瞬間。氷の盾や地面から突き出た氷柱は途端に消え失せ、敵の狂喜の声が響いた。しかしその直後、敵軍は撤退。混乱に乗じて戻ってきた諜報員によると、によるものらしい、とのこと。

 今までにない、奇妙な交戦だった。

 戻ってきて、青木のことを噂で聞き、なんとか理解して納得したものだ。


 奴はもう1度髪をぐしゃぐしゃにした後、勢い良くグラスを空にした。

 やってらんねえ。そう小さく呟き、また酒を注ぐ。


「クソッタレな世の中だぜ」

「全くだ」


グラスの音が鈍く響いた。

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奇跡とは 月乃宮 @tsukino_miya

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