二人芝居
猫田芳仁
二人芝居
ぼくは王様になんてなりたくないんだ。
――でも、ほかのきょうだいが王様になったらきみは殺されるかもしれないよ。
でも、ぼくにきっと王様はできないよ。
――だいじょうぶ。とっておきのいい方法があるよ。
それはなぁに。教えて。
――きみが王様になって、ぼくが宰相になるんだ。
それで、どうするの。
――王様のしごとはぜんぶぼくがするから、きみはぼくのいうとおりにしていればいいんだよ。
そんなずるをしたら、しかられるんじゃないのかな。
――うん。だからね、みんなにわからないようにこっそりするんだよ。
わかった。約束だよ。それならぼく、王様になれるように頑張るね。
***
むかしむかし、大陸の北のはしにちいさなくにがありました。小さいながらもゆたかなくにで、大臣は王をよくたすけ、くにはますますさかえたのでした。
***
「全部、知っている」
「さようで」
年よりおとなびてはいるが、未だ少年以外のなにものでもない王子は、柔らかい頬を憤りで朱に染めて、宰相の喉に指をかけていた。
王子の指が鶏がらのように痩せた首に食い込んでも、壁に押し付けられた背が痛んでも、宰相はそんなことどこ吹く風といった風情で、酷薄そうな薄い唇を歪めた。
「おまえの、せいで」
震える声。言葉を阻むのは躊躇ではなく大きすぎる怒り。さらに少し指が喉に食い込む。宰相がかすかに眉を動かす。
「臣のせいで?」
掠れた声。しかしそれは楽しげ。骨ばった青白い手が王子の指を引きはがして振りほどく。咳き込みながら、宰相は笑った。
「こんなところを誰かに見られたら、一大事でございますよ」
王子は何か言おうと口を開き、だがなにも言わずに口を閉じ、宰相に背を向けてぱたぱたと走り去った。まだ頼りなげな背中に、悔しさの、陰。
「やれ、若いこと」
見送って、また咳ひとつ。喉をさすりさすり、宰相もそこをあとにした。
***
王子が駆け込んだのは王の私室。時間があるときの王はなにをするでもなくここに籠っていることが多い。王子が予測したとおり、はたして王はそこにいた。
「とうさま!」
「どうした」
「なぜです! 」
「落ち着きなさい」
公の場では派手な衣装や冠で大きく見えるが、どちらかと言えば小柄な王は、憤る王子にとりあえず砂糖菓子を握らせた。
「いったい、どうしたのさ」
王子の説明は支離滅裂だった。だが、言わんとしていることはだいたい、通じた。要するに彼は宰相の人形として操られる王というごくありふれた境遇に成り下がっている父を心配してやまないのだった。
王は自身も砂糖菓子をひとつ口に放り込み、遠くを見た。
「約束なんだよ」
「弱みを握られているのですね」
卑劣なやつ、と、王子は父の肩を掴んだ。王は困った様子で息子の肩に手を置いた。
「そういうのじゃなくて、只の、約束なんだ」
だから心配要らないのだと言うその顔が、王子にはひどく痛々しいものに見えたらしかった。
「おかわいそうなとうさま」
王子は王をきつく抱きしめた。なにがあったかは知らないが、「約束」で国ひとつ操っていいはずがない。なにかおそろしいことがあったに違いないと王子は勝手に解釈し、その勘違いを感じとって王はこっそり溜め息をついた。
「今にぼくが、あなたを自由にします」
なにやら悲壮な表情で見当違いな決意を述べる息子に、王はなんと言葉をかけてよいやらわからなかった。
***
若い意思表明を生返事で何とかやり過ごしごまかして、王子が意気揚々と部屋を出たころには王は疲れ果てていた。だらしなく寝台にころがる。意識せずため息がこぼれる。
「適材適所、じゃあ駄目なのかね」
「駄目でございますよ」
王を覗き込む、瓜実顔。冷淡な三白眼が今は笑っていた。
「……びっくりした。いつからいたの」
「話は全部外で聞いていました。物陰に隠れて王子をやりすごし、中に入りました」
「趣味が悪いね」
王は笑った。責めている風ではない。
「お褒めにあずかり光栄です」
勝手に寝台に腰をおろして、宰相はさもうまそうに煙管を吸い、恍惚の色濃い吐息に乗せて煙を吐いた。他の臣下が見たら卒倒するような行為だが、王はさして気にした様子もない。
「で、どうして駄目なんだい」
「駄目なものは駄目でございます」
「二人でいるときくらいそういうのよしてよ夙」
「はいよ、鞘」
王と宰相と、この場にはいないが将軍が、幼馴染であることは知られているが、まさかここまで緊張感のない関係を今も続けているだなんて誰が予想しよう。字ですらなく名で呼び合い、くだらない話をする。子供のころと異なるのは宰相が煙管を、王と将軍が酒を覚えたことくらいか。
「とりあえず、なんだ、その。王がいるのに宰相が幅を利かせてるってぇのはどう見てもオカシイじゃないか。将軍がいるのに、士官が全軍動かしているようなもんだろう」
「だって、できないよ、わたしには」
「だからばれないようにこっそりやってきただろ、いや、やってきたつもりだったが、油断した。あの坊主やりおるわ」
謀臣の目をして笑った宰相を、王は心配そうに見た。
「一応息子だから、つぶしてくれるなよ」
「一応、な」
機会があればつぶす気だろうと思ったが、王は言わないでおいた。言ったって、どうせ宰相の気は変わらない。
「ところで次の軍議の台本は書いてくれたかな」
「もうすぐできる。頼むよ、あんたの演技にこの国の未来がかかってる」
「どうせなら、もっと気軽に演じてみたいねぇ」
「おれも一度でいいから、喜劇の脚本を書いてみたい」
「なんで我々、王と宰相なんだかねぇ」
「おれらふたり、ただの役者と本書きで、将軍の……謐の野郎が大道具なら、もっと幸せだったと思うかい」
「ああ、いいねぇ。幸せ、だね」
この二人芝居がじきに破綻するのは目に見えている。王子はまだ子供だが、なにぶん王子なので騒げば少しばかり面倒だろう。注意はしているものの、王子以外のところからほころぶ可能性もないではない。そもそも二人して常に謀殺に怯える身の上である。演者のいない台本など可燃ごみであり、演目なくては役者など只のでくのぼうだ。どちらかが死ねば、なにもなくてもこの二人芝居は終わる。
この茶番を早く終わらせたいのか、幕が下りる時が永遠に来ないのを望んでいるのか、二人にはわからなかった。
二人芝居 猫田芳仁 @CatYoshihito
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