Another Story
Episode Ø - Her Wish
00
その日、とある街の小さな家の一室で、その女の子は一人絵本をめくっていた。
すると突然部屋の扉が開き、部屋の中に女の子の父親が入ってきた。
「今日から我が家に新しい家族が加わるぞ」
その女の子の父親は、にこやかな顔でそう言った。
そして、父親の後ろから真っ白な人型のロボットが女の子の部屋に入ってきた。
そのロボットはどこか惚けた表情をしていて、そこが少し愛らしかった。
「このロボットはなあに? お父さん」
そう素朴な疑問を女の子は父にぶつけた。
「このロボットはお前への贈り物だよアシュ」
父のその言葉が信じられなくて、女の子は思わず確認する。
「ほんとうに? わたしにくれるのお父さん」
「ああ。今日からこのロボットはアシュ、お前のものだ」
女の子はその言葉を聞くと素直に喜び、その父からの贈り物を受け取った。
「やったあ。ありがとうお父さん」
それから、女の子とその真っ白のロボットとの生活が始まった。
●
「あなたのお名前は?」
女の子はロボットにまず初めにそう聞いた。
ロボットは何処までも機械的に、全く感情のない答える。
「私の名前はNo.1515-15101510です」
その人間にとっては全くの的外れな回答に女の子は思わず首を傾げた。
「それがあなたの名前なの?」
ロボットは頷く。
「そうです。名前の変更も可能です」
「そうなんだ。じゃああなたのお名前、考えておくね。わたしはアシュ、よろしくね」
女の子はそう言ってロボットに手を差し出した。
ロボットはその小さな女の子の手をしばらく見つめていたが、何も反応を返さなかった。
「どうしたの?」
女の子はいつまでも手を出さないロボット疑問を抱き、そう聞いた。
ロボットは率直にいう。
「その行為を私は知りません」
その言葉を聞いた女の子は「そうなんだ」と始めに言い、少し間をおいて続けた。
「これは握手っていうんだよ。人と人が仲良くなるためにするの」
そして、女の子はロボットの手をその小さな手で握り、少し強引に握手をした。
ロボットはその様子を全く動くこともせずに眺めながら言った。
「握手。新たなコミュニケーションの項目として登録しました」
女の子はその言葉の意味をいまいち理解できていなさそうだったが、面白そうに「アハハ」とロボットに笑いかけた。
●
「あなたのお名前をようやく思いついたの」
女の子は、家事をしていたロボットの元まで駆け寄って突然そう言った。
「私の名前を変更いたしますか?」
ロボットは事務的に答える。
女の子は「うん」とうなずき、元気よく言った。
「あなたのお名前は、今日から『エウペ』!」
ロボットはその言葉を認識すると
「了解しました。私の名前を『No.1515-15101510』から『エウペ』に変更いたします」
と言った。
それから女の子は聞かれてもいないのに、ロボットに話しかけた。
「『エウペ』っていう名前はね、わたしのお母さんの生まれた国の言葉で、『白』っていう意味なんだー」
その言葉にエウペとなずけられたロボットは返す言葉をプログラムされておらず、うまく言葉を返すことはできなかった。
「そうなのですか」
「うん! そうなの」
それでも、女の子は楽しそうに笑った。
それから、何かいいことを思いついたといった顔に女の子はなり、ロボットに言った。
「そうだ! あなたにお名前を書かなくちゃ」
そしてそう言い終えると、ロボットの腕に『エウペ』と文字を刻んだ。
ロボットは抵抗するわけでもなく、されるがままになっていた。
●
それから、相変わらず機械的で不愛想なロボットと女の子の日々は続いた。
その間、女の子はしっかりとした会話になるわけでもないのに飽きもせず、毎日毎日そのロボットに根気強く話しかけた。
すると、なぜか次第にそのロボットからほんの少し人間らしい返事が返ってくるようになった。
それを境に少しずつ少しずつロボットは人間に近づいていき、女の子はそのロボットとばかり、遊ぶようになった。
だが、その様子を見ていた女の子の父親はロボットに娘を奪われたという気持ちになっていった。
そして女の子の父親は、徐々に自ら娘に与えたロボットに嫉妬心をつのらせていった。
●
「エウペ! これ見て」
女の子は自分とロボットを描いた紙をそのロボットに見せた。
きっと普通のロボットなら大した反応を返すことはできなかっただろうが、そのころのエウペは少し違っていた。
「とても上手ですね。よく似ています」
まるで人間の大人が子供に言うようにロボットは女の子にそう言った。
「ありがとう!」
女の子は嬉しそうに笑った。そして、「お父さんにも見せてくるね!」と父の部屋まで走っていった。
それからしばらくすると、なぜかロボットの耳に女の子の父親の怒鳴り声が聞こえてきた。
その理由はロボットには分からなかった。
●
「どうして、お父さん。なんでエウペとお別れしないといけないの?」
女の子は泣きながら父親にそう言い、服に縋りついた。
父親は申し訳なさそうに――しかしどこか作ったような表情で――女の子に言い聞かせた。
「うちは、お金がなくてね。このロボットを売らないといけないんだ」
もちろんそれは嘘だったが、女の子には分からない。
女の子は首を横に振り、「いやだ、いやだ。エウペとお別れなんてしたくない」と駄々をこねた。
しかし、父親は女の子のことを引きはがし「仕方がないことなんだ」と呟いた。
その日、その家には女の子のすすり泣く声がいつまでも響いていた。
*
彼女は瞼をゆっくりと開いた。
そして、しばらくシミだらけの天井をみながらベットの上で呆けていた。
その様子はまるで夢と現実との境界が曖昧になっているかのようだった。
「夢……か」
どこまでも弱弱しくて、今にも消えてしまいそうな声で彼女は静かにそう呟いた。
なぜあんな昔のことを夢で思い出したのだろう。
そう彼女は思った。
「エウペ……もう一度会いたかったな」
また彼女は一人そう呟いた。
彼女は、枕に押し付けたままの首を横に向けた。
そこには少し薄汚れた窓があった。
その窓からは一本の通りが見え、今は雪が降っていた。
それから、誰も通ることのない寂しい通りを彼女は眺め続けた。
すると、彼女は離れた暗がりに何かが立っているのを見つけた。
目を凝らすと、それは二本の脚と二本の腕を持つ、人型のロボットだった。
そして、先ほどまで夢に見ていた『エウペ』と同タイプのものだった。
まさかね……。そう彼女は思った。
ロボットは雪をその体に積もらせながら、彼女のことを静かに見つめていた。
彼女も寝たきりのままそのロボットを見つめる。
やがて、彼女は無意識にそのロボットへ向けて手を伸ばしていた。
自分でも何をしているんだろうと彼女は思った。
それでも、体は勝手に動いていた。
すると、それからしばらくしてそのロボットも手を彼女へ向けて伸ばした。
だが、二人の手が重なることはなかった。
それは、彼女は動くことが出来ず、またロボットもその暗がりから動こうとはしなかったからだ。
やがて、腕を上げていることすら出来なくなった彼女は静かにベットの上に腕を落とした。
「エウペ……」
彼女は一人、ベットの上で最後の言葉をつぶやいた。
この壊レタ世界で君と マルフジ @marumaru1212
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