エピローグ

エピローグ

「それではこれより、新入生オリエンテーションを始めます。まず司会を担当致しますのは、本年度を務めさせて頂きます私、団六花です。よろしくお願いいたします」


 団さんが丁寧にお辞儀をする。恋人が出来た去年の秋から伸ばしはじめた髪の毛は、もう少しで肩に掛かりそうなぐらいになっていた。


「それではまず、の三名からご挨拶を申し上げます」


 おっしゃ行くぜ、と古川さんが気合いを入れる。真奈さんは大勢の人前で話すことに慣れていないためか表情がいつになく固い。


「真奈さん、これ」


 私はVサインを作った指を口にあてがい押し上げた。真奈さんがそれを真似して人為的に笑顔を作るが、やがて自然な笑みに変わった。


 実質的に平成時代最後の新入生となった前期課程の生徒160名、後期課程からの編入生10名が、私たち生徒会執行部役員を拍手で迎える。


 まず古川さんから挨拶をした。


「えー生徒会執行部共同代表、緑葉女学館の腐った毒キノコこと古川恵です」


 笑い声が起きる。掴みはOKといったところで、マイクから離れた。


「挨拶の代わりに一発芸を披露しまーす! 館長先生のマネ!」


 館長の牛田由美子ですと声色を使うが、唐突に両手を組み人差し指だけ立てて、中腰の態勢で叫んだ。


「カンチョー!」


 子どもが喜びそうな下品なネタが、体育館を笑いの渦に変える。


「どうもありがとうございました。この後お上から死刑宣告が下されると思いますが、みんな喜んでくれたので私も喜んで磔になります」


 物凄い拍手と歓声が、体育館をヒートアップさせる。この後がやり辛くなるな。


 続いて真奈さんが演台に立った。


「同じく生徒会執行部共同代表の黒部真奈と申します。先程は大変失礼いたしました。緑葉にはこんなのしかいないとは思わないでくださいね」


 ニコニコしながらもこんなの呼ばわりと結構酷い言い草で、生徒たちがまた笑い出す。


「面白いと思うことは何でもやってみる、それが自由にできる環境が緑葉女学館にはあります。まずは遊び心を育んでください。そうすれば辛い勉強も乗り切ることができると思います」


 昨年度の首席の言葉には重みがある。きっと辛い受験勉強を乗り切ってここに来た170人の心も響かせたに違いなかった。


 真奈さんの挨拶が終わって、いよいよ私だ。国旗と校旗と藤瀬みや先生の肖像画に見守られながら、新たに緑葉女学館の一員となった若葉たちの前に立つ。


「生徒会執行部共同代表の菅原千秋です。みなさまご入学おめでとうございます」


 私はあの選挙の日、立会演説会で使う予定だった原稿の一部を抜粋して挨拶の代わりとした。


 人と人との繋がりを大切にして欲しい。これこそが新入生たちへの願いであり、私の願いである。願いを叶えるための環境作りをこれから古川さんと真奈さん、団さん、そしてサブの後輩たちと一緒に取り組んでいくのだ。


 特に古川さんと真奈さんは、決選投票でも260票を分け合った仲だ。前代未聞の二度に渡る投票で三者同票という結果に終わり、結局当日中に会長を決めることができず、一年生のスキー実習が終わった週明けに急遽、臨時生徒総会が開かれて投票結果について話し合った。再々投票実施とか、教師に指名してもらうとか、果てはくじ引きなんて意見も出たけど、結論として今年度は特例で私たち三名を「生徒総会執行部共同代表」として、会長の権限が与えられることになったのである。


 組閣では団さんを会計か書記どちらにつけるか迷ったけれど、古川さんの「どっちもやらしてみりゃいいんじゃね?」という一声で兼任となり、「事務局長」の肩書きが与えられることになった。何もかも新しい試みだが、こういうことを自由に気軽にできてしまうのが緑葉女学館ならではの強みだ。


 自分でも長いと思う挨拶だった。古川さんや真奈さんみたいに笑いは取れないけれど、みんな私の言葉に耳を傾けてくれている。


「最後になりますが、少し個人的な話をさせてください。今年は後期課程からの編入生が10人いますが、昨年はたった1人しかいませんでした。それがこの私です。よそ者の身ではありましたが、先輩の熱心な誘いを受けてサブとして生徒会に入りました。一年間で得られた経験は言葉では言い表せないほど濃密で、しんどいこともありましたけれど、楽しかったです。なので、この楽しさを、えーと……」


 本当はもっと言いたいことがあったのに、飛んでしまった。思い出そうにも時間という制約がある。だから仕方なしに、一番伝えたいことだけを伝えることにした。


「サブの枠を一つ、編入生のために開けています。生徒会活動は本当に楽しいですよ。もし興味がありましたら、気軽に生徒会室に来てください。以上です」


 私は深々と頭を下げた。少しトチったけれど、まあ及第点だろう。そう自己採点した。


 *


 部活動紹介に入ったところで、私たちはお役御免ということで引き上げ準備に入った。


「どーよ、私の渾身の学校生活の紹介は?」


 古川さんが団さんに絡んだが、お尻をつねられて痛みで顔を歪ませた。


「資料を作るの大変だったのに、スライドを無視してテキトーに変なことしゃべって……何がどーよ、よ」

「いててて、アドリブと言えアドリブと! しかし役員になってもサンドバッグ役のままかよ……」


 私は真奈さんに言った。


「こんなやり取りを一年間ずーっとやってきたんだよ」

「文芸部は大人しいのばかりだったからかえって新鮮でいいわ」


 真奈さんもそのうち古川さんをサンドバッグにするのだろうか。全く想像できないけれど。


「さ、早く撤収しよう」


 体育館から出るとそよ風が私たちを包んだ。春の暖かさが体の中に染み入って心地よく、つい伸びをしてしまう。その最中に、声をかけられた。


「みんな、お疲れ様」


 声の主の姿を見て、私は慌てて姿勢を正した。


「美和先輩。始業式までまだ時間があるのに、もう学校に来られたんですか?」

「実は様子を外からこっそりと見てたんだ。特に千秋の挨拶とOG紹介が良かったよ」


 それは贔屓目というやつだろう。他の二人に少し申し訳ない気がした。


「編入生をサブに登用するって言ってたけど、誰かめぼしい子はいるの?」

「わからないですね。美和先輩と違って編入生のチューターになれませんでしたから」


 昨年は私だけだったからマンツーマンで指導できたけれど、今年は10人もいるからか教師がチューターを務める。だから編入生たちの人柄についてはまだよく知らない。


「ま、どの子が入ろうとも千秋ならうまく育てられるよ」

「先輩みたいにうまく育てられるように努力します」

「ふふっ、口まで上手くなって」


 美和先輩はそう言うと自然な流れで、でも私にしてみれば突然すぎて目を丸くしたのだが、私に抱きついて頬を擦り寄せてきた。


「せっ、先輩ちょっと何を。古川さんと真奈さんが見てますって……」

「後輩を育てるなら、スキンシップは大事にしないとね」


 教育法の伝授のつもりにしては腕に込める力が強すぎるし、手はさわさわと背中を撫でている。それでも抵抗できない自分がいた。正直なところ、先輩の頬が春の陽気みたいに暖かくて気持ちが良かったからだ。


 先輩が名残惜しそうにゆっくりと体を離した。


「じゃあ、しっかりお勤めを頑張ってね。菅原代表」


 私の頭をひと撫でして、美和先輩は立ち去っていった。


「菅原さん、高倉先輩とやっぱりそういう仲なの? 二人きりで旅行に行ってたぐらいだし……」

「お硬い真面目ちゃんだと思ってたのに隅に置けんなー」

「い、いや断じて違うから!」


 共同代表たちに身振り手振りで否定しても、ただニヤニヤと笑われるだけだった。


 



 果たしてこの先、これからどのような出会いを迎え、どのような別れを迎えるのだろう。


 果たしてこの先、どのような楽しいこと、どのような辛いことが待ち構えているのだろう。


 でもその全ての思い出は、緑葉生い茂る大樹になるために必要な水となり、養分となる。


 若葉たちは思い思いの大樹になるべく、今日も学び舎で勤しみ励む。


(終)

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緑葉の少女たち 藤田大腸 @fdaicyou

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