UNTITLED

中原 緋色

紙飛行機

「ねぇ、知ってる?」

 そう云って彼女は振り向いた。


「……なにを?」

 彼女は俺より年下だけれど、その言論には目を瞠るものがある。俺のような理系の人間には想像もつかない思考回路を持っているのだろう。

 だから彼女がこうして長広舌を振るおうとすると、俺は少し興奮するのだ。


「飛行機ってね、どうして飛ぶのか厳密には解ってないんだって」


「ああ……」

 そんなこと、と思ったが、彼女のことだから、ここから思いもよらぬ角度で世界を切り取った持論を展開するのは目に見えている。油断すると思考回路をもぎ取られるはめになるので気は抜けない。

 案の定、その穢れを知らない唇は、「でも」と開いた。


「紙飛行機なら、それが飛ぶ理屈なんて知ってる人はいくらでもいる」


 私には解らないけど、きっと鳥さんが滑空するのと同じような感じでしょ?

 紙飛行機片手に青空を背負って笑う彼女は、白い小鳥のようだった。


「人生みたいだと思わない?」


 コピー用紙で作った紙飛行機を弄びながら、はためくカーテンの狭間で彼女は小首を傾げる。


「どうせ"正しい答え"なんてどこにもないんだからさ、1枚の白い紙で紙飛行機を折って飛ばそうが、企画書なり図案なりをしたためて金属の塊を飛ばそうが、それは個人の自由ってことだよ」


「……世間的には、白い紙で飛行機作って飛ばすようなやつを、"子ども"っていうんじゃないの?」

 俺の反駁に、彼女は笑みを深くして俺を見つめる。

「"子ども"っていうのはね。そこに紙があるのに見つけられない段階のことをいうの」

「なるほど」

 風と戯れる白いワンピースの裾から、不健康なほど白い太腿がのぞいて、俺は目を逸らした。

「でもさ、どうせ紙を使うんだったら、紙じゃない飛行機造ったほうがいいっていわない?」

「いい悪いの話じゃなくて……その人の好みだから。金属の塊造るのだって、途中で死んじゃったら意味ないわけだし」

「あー……そっかぁ」

 だんだんなにが云いたいのかわかってきた気がする。


「……ちなみにお前はどうするんだ?」

「うん?」

「白い紙」

 俺の問いかけが意外だったのか、大きな目をぱちくりさせる彼女。

 んー、と少しのあいだ首を捻って考える素振りを見せたかと思うと、ふわ、と柔らかく微笑んだ。


「私は……音符のない楽譜を書くかな。それをいろんな人に見せて、この曲を演奏してくださいって云ってみる」


「……音符のない楽譜? それただの5本の線じゃない?」

「そうだよ。だからきっと、同じ曲を奏でる人はいないはずでしょ? それでいいの。それが私の望みだから」

「……そっか」

 音符が書いてあったとしても、俺には読めないんだけどね。

 そう呟くと、タブ譜は読めるじゃない、私はそっち読めないから、と笑われた。


 開いた窓から、彼女が持っていた紙飛行機を投げる。

 小さな白い飛行機は、蒼い空に吸い込まれて、やがて見えなくなった。



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