第9話 ムダな時間と一発の銃声

 体育会系筋肉男たちの価値観を、冷めた目で見ていた者たちがいる。

 「ロズ」ことローゼンクランツと「ギル」ことギルデンスターンであった。

 ローゼンクランツは低い声でまくし立てる。

「そもそもこういった手合いには、この2つの評価軸しかないのだ。すなわち、敵か味方か、強いか弱いか。これに照らすと、ここにいる者の考えていることなど手に取るように分かる」

 ギルデンスターンは甲高い声で尋ねる。

「まず、ジョン・シルバーは?」

 ローゼンクランツは突然、ドスの利いた声で叫んだ。

「強い敵と戦いてえ! 弱い奴は敵も味方もいらねえ!」

 息をゆっくり吸い込むと、ぼそりとつぶやく。

「強い味方が眼中にないのは、基本的に自分ひとりしか頼りにしておらんからだ」

「いわゆる、おひとりさま……ね。最近では、ぼっち、とかいうのかしら?」

 ギルデンスターンの合いの手が入ったところで、ローゼンクランツは辛辣に結論付ける。

「それを考えると、世間一般の意味での説得は時間のムダでしかない」

「じゃあ、マクベスはどう?」

 ギルデンスターンが煽ってみせると、ローゼンクランツは調子に乗って声真似を始める。

「強い敵と戦いたい! 強い味方などおらぬ! 弱い味方はわが軍にはなく、弱い敵は束になってかかってまいれ!」 

 そこでギルデンスターンが茶々を入れる。

「これも、おひとりさまと言えなくもないわね」

「微妙に違うのは、友達なんかいらないとひねくれたことを言っている点と、ザコキャラを一応は相手にしている点である」

 再び始まったのは、ぼそぼそとしたローゼンクランツの解説だった。

「早い話、パワーに酔って自分探し、という面倒臭い孤高の武者修行者といったタイプである。合言葉は……男は拳でわかり合える」

「じゃあ……」

 勿体つけてギルデンスターンが挙げた名前は。

「そして最後は、タオちゃん」

 一行の自称リーダーは、こうして「ちゃん」付けされた。

 ローゼンクランツの声真似批評も辛辣である。

「強い敵と戦いたい! 強い味方と共に戦いたい! 弱い味方は俺の子分! 弱い敵は道開けろ!」

「社交性がある分、まだマシよね」

 ギルデンスターンに甲高い声で評されると、褒められてもけなされているように聞こえる。

 ローゼンクランツはというと、シニカルに分析してみせる。

「こういうタイプは敵だけでなく、味方もパワーで圧倒したいという願望が強い。それを知らずに出しゃばったりした日には、逃げ道のない仲間内でボコボコにされる。合言葉は、……オレが正義だ、黙ってついてこい!」

 

 2人の評価を総合すると、ジム・ホーキンスの哀願は、「調律の巫女」一行にとってはただの無茶振りでしかなかったということになる。

「上等だベン・ガン、フライング・ダッチマン沈めながらでも相手になってやるぜ、かかってこいやあ!」

 挑発に乗ったシルバーに向かって偃月刀カトラスを振り上げたベン・ガンだったが、その前に立ちはだかった堂々たる影がある。

「早まるな若者よ。この男、私が引き受けよう」

 大剣を一振りすると、その場に旋風が巻き起こった。スコットランド最強の戦士にして、王冠を失った悲劇の僭王……マクベスである。

「参れ。おぬしの大剣がいかほどのものか、試してくれよう」

「面白え。どっちの剣が強えか、一撃でキメてやるぜ」

 高々と振り上げられた巨大な剣が、シルバーの咆哮と共に叩きつけられる。だが、それを長い六角棍棒で受け止めたのは、マクベスでもベン・ガンでもなかった。

「おっさん、いい腕だ。燃えてきたぜ、これがロマンよ!」

 タオだった。彼にしてみれば上品そうで頼りない若者と、現役を引退した中年男の盾になってやるのは当然の使命であろう。

 だが、それは客観的に言えばただの「自己満足」でしかない。こちらも当然のことながら、仲間内での軋轢を招く。

「待て若者よ、この男、おぬしの手には負えぬであろう。余に任せるがよい、生きた女の腹から生まれた者に殺されることはないのだから」

 持って回った言い方であるが、要約すると「俺の前に立つんじゃねえ」である。

 ベン・ガンも黙ってはいなかった。

「引っ込んでな、坊やにオッサン。これは俺が吹っ掛けたケンカだ、横から割り込むとケガするぜ」

「誰が坊やだ!」

 タオはムキになったが、マクベスはマクベスで大いに感情を害したようだった。

「口が過ぎるぞ下郎、そこの子供はともかく」

「あまり舐めてかかると痛い目みるぜ、オッサンよ」

 今度はマクベスに食ってかかるタオを、ベン・ガンはなだめた。

「味方同士でケンカするこたあない、まあ、見てるんだな、俺の剣を」

「待てコラ、抜け駆けは」

 ガヤガヤといつまで経ってもケリのつかない口論に、完全に置き去りにされたシルバーのイライラは限界に達していた。

「お前ら人にケンカ吹っ掛けといて内輪もめか! ナメんのもたいがいにしろ!」

 もう誰が誰と戦っていいのか当事者さえも分からない有様に、それほど熱くない他の面々はただ茫然としているより他はなかった。


「どうしよう、あれ」

 エクスが誰にともなくつぶやいた。兄貴分の低次元な口論の様子を冷ややかに眺めていたシェインは、一言でこれに応じた。

「関わりたくないのです、正直」

 クラリスはというと、盗賊らしいボヤきを発する。

「シルバーに背中見せるあの3人も3人だけど、隙を突かないシルバーもシルバーよね」

「理不尽といえばこれも理不尽だが……はて、私はいかがすべきか」

 大真面目に考え込む白騎士エイダに、クロヴィスは囁く。

「何もしてやることはない。彼らが自ら招いたことなのだから」

 魔女ファムもうなずいた。

「どっちかっていうと、付き合わされる私たちのほうが理不尽な目に遭ってるんじゃない?」

 それは誰もが思っていても、余りの情けなさに口にしなかったことだった。それを身も蓋もない一言ではっきりさせてしまったファムに、レイナの静かな怒りが向けられた。

「だったら、あなたの魔法で何とかすればいいじゃないの」

「あ、それ言う?」

 ファムも淡々と返した。

「それなら姫様も、この場に都合のいいものを何かお持ちじゃありませんこと?」

 レイナは鼻で笑った。

「生憎、こんな低次元の争いを収めるものは持ち合わせておりませんの」

「あ~あ、この喧嘩も不毛よね」

 割って入った盗賊クラリスは、そもそもムダが嫌いである。元来が短気ということもあるが、獲物をさっと盗んでさっと逃げるのが盗賊の身上であるからして、とにかく余計なものは省いて済ます。

弾丸たまが無駄なんだけど……ま、あたしのじゃないし」

 青空に向かって高々と掲げた瑪瑙発火式フリントロックの拳銃一丁に、ジムが叫んだ。

「あ、あれ、僕の!」

「悪いけど、ちょっと拝借」

 そこは大盗賊アルセーヌ・ルパンの孫娘、情熱はあっても人を疑うことを知らない船乗りの少年から懐中の拳銃を掏り取るなど造作もない。

「ひとり残らず目え覚ましなさい!」

 クラリスが可愛らしい声で一喝、引き金を絞ると青天の霹靂かとも思われる轟音が鳴り響いた。

 睨み合っていたマクベスとベン・ガンとタオ、それに食ってかかるシルバー、環形ない所で氷の眼差しを向け合う美少女はレイナとファムの2人、その周りで為す術もないエクス、エイダ、クロヴィスの3人が一斉に我に返った。

「あ……」

 だが、1つの音をまとめてつぶやくその口は、ぽかんと上に向かって開かれている。

 スコットランド最強にして不死身の戦士マクベスが、降ってきた跳弾を軽く大剣で受け流す。海辺の砂が血のように噴き上がった。

 ジムが不吉な予感を口にする。

「やっちゃった……」 

 拳銃一発とはいえ先制攻撃を受けた空中帆船「空飛ぶオランダ人フライング・ダッチマン」が、砲塔の狙いをシルバーの海賊船と「調律の巫女」一行に定めていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アクロス・ザ・ユニバース 兵藤晴佳 @hyoudo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る