君の実(すいぞう)を物理的にたべたい

ちびまるフォイ

悪魔の実の栽培者

背骨の延長線上に芽が出始めたのはつい最近。

会社でパソコンを操作している時に後輩にしてきされた。


「先輩、なんか脊髄から芽出てますよ?」


「はぁ?」


合わせ鏡で確認すると確かに双葉が出ていた。

気にせず放っておくと目はみるみる大きくなり木になった。


「先生、これって……」


「引っこ抜いたり、切ったりしたらダメですよ、

 どういうわけかあなたの神経ががんじがらめに入っているので」


「ええ……。ずっと真面目に生きていたのになんでこんな目に……」


「鳥の糞を落とされる人に抽選なんてないでしょう?」


背中の木を医者にも相談してみたけれど放置推奨という身もふたもないことが分かった。

こんな風体なので街に出れば人目につくし、恋人もできない。


「はぁ……なんだよこの仕打ち……」


木はこれ以上大きくはならなかったが、

葉が生えてそのうち実がなった。


りんごのように丸い実はフルーツのようでありながらも見たことない実だった。


「……なんの味もしない」


むしって食べてみるも、無味無臭。栄養もなさそう。


「先輩、実なってるっすよ」


「ああ、最近なったんだ。食べても味しないし、捨てるのももったいないから

 とりあえずこのままにしてるんだ」


「それこそ捨ててるのと一緒じゃないっすか?」


後輩は1つをもぎ取ってかじった。


「あ、おい!」


「かわった味っすね。なんていうか……」


「なんていうか?」


「ゲームがしたくなります」


「味は!?」


リア充と引いたら後輩と出てくるほどの人間なのに

ゲームがしたくなるのもある種の大事件ではある。


「先輩の実を食べたら、なんだかすっごくゲームがしたくなります。

 アニメも見たくなります。あと定時で帰りたくなります」


「俺の性格のまんまじゃん」


「自分でもわからないっすよ! マジで先輩になっちゃってるんっす!」


「……え?」


後輩だけでなくほかの人にも自分の身を食べさせて確認した。

実を食べた人は俺に近くなることが分かった。こんな効能があったなんて。


ヒステリックな女も、怒りっぽい男も、内気な人も。


俺の実を食べればたちどころにローテンションになり精神的に安定する。

俺という存在が食事により浸透するのだろう。


「これなんかに有効活用できないかなーー」


需要があるのかはわからないけど、ネットで自分の実を販売してみる。

ほとんど買うこともなかったがある日急に大量の依頼が押し寄せた。


【箱でもらえないですか!?】

【生産可能な数だけ欲しいです!!】

【言い値で買います!!】


「俺の実のどこにそんな需要が!?」


相手を調べてみると、どこも刑務所ばかりだった。


「売るのはいいんですが、何に役立てているか見せてもらっていいですか?」


「ええもちろん。本当に助かっていますよ」


そのうちの1つの刑務所へ視察に行ってみた。

囚人には俺の実が配給されて、みんなおとなしくなっている。


「ここは世界でも荒くれ物が集まる刑務所なんですがこの落ち着きようです。

 あなたの実を食べたおかげですごくおとなしくなって管理がしやすくなりました」


「お役に立てて光栄です」


「これからもどんどん生産をお願いしますね」


「もちろん!」


あまりに実を求める声が大きいので、大量に生産を始めた。


外に出ると実が痛むので1日中家の中でおとなしくしながら健康に過ごす。

実を作りやすくするために栄養ドリンクもどんどん飲む。

できた実はすぐに箱に入れて発送していく。


普通に働いていた時の数倍の収入となった。


こんなにも実を売っていても相手が満足することはなく、

売れば売るほど生産が間に合わなくなっていった。


【新しい犯罪者が収監されました。実の追加をお願いします】

【凶悪な犯罪者なので実が大量に必要です】

【いつになったら次の実はもらえますか?】


「こんなの……とても間に合わない……」


実を作るだけの毎日なのに体はどっと疲れてしまう。

買い出しにいく力すら出なくなり、後輩に買い物を頼んでしまうほど。


「先輩、栄養ドリンクと食べれる肥料買ってきたっすよ」


「ありがとう」


「なんかますます影薄くなってますね」


「そう」


「いやツッコミましょうよ。”誰が影薄いんだ!”っていつも言ってるじゃないですか」


「なんでやねーん」


「……重傷っすね……」


病院では体は元気だし、精神面のストレスもないらしい。数値的には。

後輩が言うには、


「先輩らしさがなくなってる気がします。

 前はことあるごとにわかりにくいアニメで例えたりしてたじゃないですか」


「へぇ」


「ほら、今じゃ何を言っても薄い反応じゃないですか。

 前だったら”うるせぇ彼女が欲しい”とか言ってたじゃないですか」


「ふぅん」


「自分の実を与えすぎて、自分が無くなったんじゃないっすか?」


「そうかも……」


あれだけ好きだった趣味も今ではやらなくなり、

イライラすることも落ち込むこともなくぼーっと毎日過ごしている。


これが生きているのかと問われても答えられない。


元の自分を取り戻すため、自分の実のまとめうりはきっぱりやめた。


「これからは量を売るんじゃなくて、質で勝負する!! いちご商法だ!!」


高級ないちごは厳しい環境で育て上げたものほど甘く仕上がり

小さな実ひとつでも高値で取引される。


俺も同様に自分の実を1つだけにして厳しく育てる。


食事を制限し、体を健康に保ちつつも、頭はフル回転。

自分の考えや趣向を実へと反映していく。


2つ、3つ目の実が芽吹く前に間引いて、

自分をどこまでも1つの実へと集中させていく。



やがて完成したのは恐ろしいほど色が濃くなった自分の実だった。


「完成した……。劇場版アニメ『君の実は。』のような完成度だ」


「先輩、わかりにくい例え方やめてください。

 でも先輩が戻ってきたっすね」


「ああ。今じゃゲームもアニメも時間が足りなさ過ぎるくらいだ。

 自分の意見も目標もつねに意識している。自分が好きすぎてたまらないんだ」


自分の実を完熟させるために、自分の事ばかり考えてきた。

自分で自分の意見を尊重し自分で肯定し続ける。そうして実に栄養を伝えた。


「それで、その実はどうするんすか?

 言っておくっすけど、俺は食べないっすよ」


「こんな高級な実を誰がお前なぞにくれてやるか」


「じゃあ極悪非道の凶悪犯罪者の更生に使うんすか?」


「やっとできた実を誰かに譲るなんてもったいないだろ」


「え、自分で食べるんすか!?」


「バカ。そんなわけないだろ、まぁ見てろよ」



実を持って街へ向かうと、通勤電車で一目ぼれした女性を見つけた。


この実を作っている最中もこの方法を試すことだけで頭がいっぱいだった。


「先輩、まさか……」


「ふふ、この実を作っている間は俺は俺自身を肯定し続けていた。

 ってことは、この実を食べた人は俺に近づく。だって俺は俺が大好きだもん。

 つまり惚れ薬ならぬ惚れ実になるわけだ」


「あくどい……真実の愛じゃないっすよ?」


「そんなものは恋愛映画だけの中にある偶像だ」


細かな手順は省くが俺は女性に声をかけて実を食べさせることに成功した。

濃厚な俺の実を食べた女はみるみる顔つきが変わっていく。


「ああ、なんて素敵な人なの!! あなたの意見も趣味趣向も私にぴったり!!

 彼女……いえ、妻にするなら自分と近い方がいいはず!!

 どうか私と結婚してください!!」


女性はあっという間にとりこになった。



 ・

 ・

 ・


その後、女性と別れると遠くで見ていた後輩がやってきた。


「先輩、どうして女性ふっちゃったんっすか?

 先輩の言う通り、実を食べたから先輩と同じになったじゃないっすか。

 同じ趣味、同じ好みで自分を常に肯定してくれる存在なんて最高っすよ?」


「ひとつわかったことがある……」


「なんすか?」



「濃すぎる実だと、顔そのものも、俺と同じになるんだな……」



その日は俺と同じ顔になった女性に告白されるドッペル体験日となった。

青髭の生えた顔を見て、燃えていた恋愛感情は瞬間凍結された。

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