わらわは『まま』である~a mother life story~

ジョセフ武園

わらわは『まま』である。


 わらわは『まま』である。


 この、ふにふにと動いておるのが、わらわの童『わらべ』であるな。


 ちなみに向こうのソファで、くつろいでおるのが、わらわの旦那殿である。


 童が泣きだすと、わらわ達、火事場の様に大慌てである。


 童や童。お願いじゃからしばらくふにゃふにゃと、眠っておいてたも。


 ※※※


 童や童。


 お主、急に、立ち上がるものだから、目が離せぬわ。


 わらわには『あらいもの』が山ほど課せられておると云うに…………


 これこれ、旦那殿。


 其方も童の片親であろう?


 とっとと『でぃーえす』を中断して、童をあやせ。


 よしよし、よいぞ、そのまましっかりと、そして優しく抱いておけ。


 よいよい、童よ。


 後ろ髪を引くでない。


 わらわ、ガラス製品を洗っておる。落ちるでないか。


 これこれ、旦那殿。何を楽しそうに笑うか。


 ※※※


 童や童。愛しい童。


 この頃、どうした訳か、其方が愛おしゅうて堪らぬ。


 ちいちゃいおててを、口に含ませてたも。


 これこれ、童、逃げるな童。


 おててが嫌なら、ほっぺを口に含ませてたも。


 ※※※


 童や童。


 童よわらわを『まま』『まま』呼ぶか。童。


 わらわ、其方の生まれ落ちた瞬間より、確かに『まま』であるが。


 その昔は、可憐な乙女であったぞよ。


 そして、わらわにも、父上と母上が居るのじゃ。


 いつか、其方にも教えてやろう。


 その者が、其方の『じいじ』と『ばあば』じゃ。


 ※※※


 童や童。


 いよいよ、大人への前進じゃ、童よ。


 そなた、今日から『おむつ』を外すのじゃ。


 童や童。大丈夫、其方はもう、自分で『といれ』に行けるはず。


 童や童。しかし、どうにもならんかの。夜の方。


 布団を干しても干しても、間に合わぬ。


 ※※※


 童や童。


 そうか、幼稚園で友が出来たか。童よ。


 そうじゃ、男の子は『ゆうじょう』を大切にせねばならぬ。


 『おなご』である、わらわには、到底理解出来ぬ関係じゃが。


 『おとこのゆうじょう』は、見ていて、本当に人らしさを感じるぞよ。


 ※※※


 童や童。


 今日から、其方『しょうがくせい』じゃ。


 わらわと、旦那殿の手を離れ、その集団の中で、生活を学ぶのじゃ。


 …………

 

 大丈夫じゃろうか?


 わらわの童は、優しく、そして大人しい。


 イジメられてなどおらぬか?


 ええい、旦那殿よ‼ 何気に、訊いておくんなし‼ わらわ、夜も眠れぬぅ。


 ※※※


 童や童。可愛い童。


 童が、わらわの似顔絵を宿題で描いておるぞ。


 鼻は、もっと高いぞよ。輪郭は、もっと細くしておくんなし。


 では、完成した絵を頂こうか。


 なぬ?


 提出せねばならぬとな。


 何とも、お預け気分よの。


 時よ、早う過ぎてたも。


 ※※※


 童や童。


 どうした?


 何をそんなに『まま』であるわらわに怒るか?


 なんと、部屋を掃除したのが、気に食わぬか?


 今まで、任せておったではないか?


 何ゆえ、急に怒るのじゃ?


 ※※※


 童や童。


 最近は、口もあまり聞いてくれぬな。童。


 わらわは、其方へのお弁当だけが楽しみじゃ。


 空であると、それだけで一日が倖せぞよ。


 ただ、童。


 『おいしかった。』

 そう言ってくれると。

 もっとわらわは嬉しい。


 ※※※


 童や童。


 どうした? 童よ、わらわと、旦那殿に話とは何じゃ?


 なんと、都会の大学に行きたいと申すのか?


 駄目じゃ駄目じゃ。童や童。


 其方をあんな、危険な『しゃかい』に投げ込む訳にはいかんぞよ。


 ※※※


 童や童。


 『ばあば』が、あっちへ旅立ってしもうたぞよ。


 なんじゃ、わらわはとても悲しい。


 童や、どうした? わらわを、慰めてくれておるのか?


 そうか、童よ。


 そなたは、もう、わらわ達の助けなしに生きていけるほど


 大きくなっておったのか。


 ※※※


 童や童。


 大学は、楽しいか?


 野菜はしっかりと、食べておるか?


 腹を冷やさぬよう、寝ておるか?


 悪い遊びは、しておらぬか?


 思い人は、出来たのか?


 『めーる』だけでは足りぬ。其方の声で教えてたも。


 『まま』に其方の声で聞かせてたも。


 ※※※


 童や童。


 不可思議なものよの。


 其方の居ない我が家の部屋を見ると


 わらわは、胸が痛い。


 そなたの幼い頃の記憶が、溢れ出るのじゃ、童。


 お盆には、帰ってこれるか? 童。


 腕によりをかけ、ご飯を用意しておこう。


 其方の好きな揚げなすを用意しておこう。


 ※※※


 童や童。


 なんと、大学の『たんい』が危ないと申すか。


 これこれ、旦那殿。止めるでない。叱るは『まま』の役目ぞよ。


 童や童。其方、もう、一人の男ぞよ。


 其方の足で、歩くのじゃ。


 自分の足で、歩くのじゃ。


 ※※※


 童や童。


 そう言ったものの、わらわは、心配じゃ。


 童よ。頑張れ。


 頑張れ、童。


 其方、『あまえんぼう』故、直接は言えぬが。


 『まま』は、其方の味方なのじゃ。


 ※※※


 童や童。


 そうか、童。


 無事に卒業できたか。


 しかも、『ないてい』も獲ったとな⁉


 嬉しいぞ、わらわは嬉しい。


 やはり、其方はわらわの、童じゃ。


 其方は、わらわの自慢の童じゃ。


 ※※※


 童や童。


 どうした? 今日は、やけに堅苦しいな。


 おや? 隣のおなごは誰ぞや、童よ。


 何と、其方の連れ人とな⁉


 腹には、童の『わらべ』が居ると申すか⁉


 なんと、めでたい。それは、めでたい。


 しかし、旦那殿よ。あまりに童の連れを見過ぎではないか?


 わらわの気のせいと申すか?

 

 ほう…………そうか。


 ※※※


 童や童。


 童のわらべは、いつぞや産まれる?


 わらわ、こんなに『うきうき』するのは、久しぶりじゃ。


 最近は、其方も優しくわらわと旦那殿に、喋ってくれるな。


 童や童。


 其方は、やはり。立派な童じゃ。


 ※※※


 童や童。


 今日から、わらわと旦那殿は『じいじ』と『ばあば』か。


 しかし、困ったものよの。


 それでも、其方はわらわには、童なのじゃ


 ※※※


 童や童。


 この頃、熱っぽさが、とれぬ。


 いくら寝ても、とれぬ。


 旦那殿よ、そんなに心配するな。


 わらわを何方と心得る?


 ※※※


 童や童。


 今昼より、突然に身体が動かぬ。


 困った。


 旦那殿は、「しるばぁ」の仕事に出ておる。


 童や童。この声届くなら。


 助けてたも。童。


 ※※※


 童や童。


 旦那殿には、困ったものじゃ。


 大した事も無かろうに、この様な立派な病院に、わらわを匿うか。


 早く、家に帰らねば。


 のう? 旦那殿。


 長い事『まま』じゃったから、少しは『つま』にもならねばのう?


 ※※※


 童や童。


 見舞いに来てくれたか。童とその連れ、そして童のわらべ達よ。


 『ばあば』は、嬉しいぞよ。


 童や童。そんなに、心配そうな顔をするな。


 わらわは、其方の『まま』ぞよ。


 のう、童。昔から『まま』は強かったろう?


 ※※※


 童や童。


 苦しい………


 息が苦しい。


 何気に、いつもしている。呼吸が苦しいとはこれ如何に?


 いつも、世話をしてくれる『かんごし』殿も、『どくたぁ』殿も、何をそんなに慌てるか?


 旦那殿。よかった、旦那殿そこに居ったか。


 どうした事じゃろう?


 無性に、

 童に会いたいのじゃ。


 のう、旦那殿よ。童は居らぬか? 居らぬのか?


 ……………


 …………そうか。


 そうか、童よ。


 其方は、今この時も


 其方の大切な者の為に働いておるのじゃな。




 よい。


 よいのだ、童よ。


 それでよい。


 わらわは、誇りに思うぞよ。


 其方を誇りに思うぞよ。


 ※※※


 童や童。


 其方は、もう幼子ではあるまい?


 だから、童よ。


 もう泣くな。


 其方が、泣くと


 わらわも涙が止まらぬ。もう、身体が動かぬとも。

 

 心しか、ここになくとも。


 涙が止まらぬ。


 童や童。わらわの童。


 其方達との思い出を持って逝ける


 わらわは幸せであったぞよ。


 ※※※


 童や童。


 わらわ、毛頭神を信じぬ。


 信じぬが。


 もし


 もし、神が居るのなら


 今までの無礼を、生きた年月詫び続けよう。


 だから、二つの願いを聞いてたもれ。


 一つは


 童達が


 わらわ以上の幸せを感じ、死ぬる事を。


 もう一つは


 わらわをもう一度





 童の


 『まま』に

 


 産み落としておくれ。

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