第30話 エピローグ
宮白神社での一幕から、またしても三日たったある日。
神隠しの空間に、山頂を目指して並んで歩く二人の影があった。
彼らは山頂近くの参道をのんびりと歩いて上っていく。
その道に霧は出ておらず、真っ直ぐで、何より開けていて見晴らしが良いという点で前までの参道と大きく違っていた。
心地よい風が吹き抜け、草木を揺らす。日の光が遮られて日中でも薄暗かった参道には光が差し込み、夏だというのに春のような穏やかさを見せる。
静かなところは相変わらずなものの、もうそこに不気味さはなく、平穏が戻っていた。
そんな道を歩く二人の人影の小柄な方は、夜刀上ゆらとなったユウだ。
歩きながら話していた彼女は、相方を見て意外そうな声を上げる。
「へぇ、それなら自分のこと、まだ誰にも言ってないのか、ゆら?」
そう聞かれた背の高い方、ゆらは最近の事を思い出しながらそれに答えた。
「うん、まあね。あんまり家族に気を遣わせたくないし、別に何も困るような事ってないしね。昨日は友達皆で遊びに行ったんだけど、誰も気付くそぶりすら無かったよ」
なんの気負いもなく、先日あったことを教える。
実際、葛葉悠一としての生活を三日ほど送ってみて、困難な場面は一つも無かった。自分でも意外なほど、ユウを装うのは簡単だった。心の持ちようの問題だという彼女の言葉が正しかったのだろう。
「そっか、気付くそぶりすら……。いや、それで良いんだけど、それはそれでちょっと複雑だよな」
「あはは……でも、その点お母さんはさすがだよね。何かあった?ってこの前聞かれたよ」
「へえ、何て答えたんだ?」
「普通に、特に何もって答えたよ。お母さんもそれ以上は何も言わなかったしね」
「ふうん。まあ、うまくやれてるみたいで安心したよ。でも、無理して俺の真似を続ける必要はないからな?」
「大丈夫!無理なんてしていないよ。あ、でも、大学に入ったらちょっと口調とか性格とか変わるかもだけど」
「はは、そうだな。それがいいよ」
ゆらは何の問題もなく葛葉悠一としての生活に馴染んでいた。
ユウは心配事が減ったと楽しそうにゆらの話を聞いている。母親の様子が聞けたことも嬉しかった。
「それはそうと、ユウの方はどうなの?ボクの方よりも大変だったんじゃない?十五年ぶりに目が覚めた訳だし」
「俺か?……うん、まあ、確かに大変だったな色々と」
うんうんと頷くユウに、ゆらが話をせがむ。相手が心配だったのはゆらも一緒だ。
ユウもそれが分かっているのか、目が覚めてからあったことを説明していく。
「一晩中大騒ぎして……で、翌日は病院だな。そこで色々と検査とか。あ、それと愛梨から聞いたんだが、前野くんと木山くんの記憶喪失もちゃんと治ってたぞ。篠原さんの暴走も止まってた」
「あ、そうなんだ。よかった!」
「ああ、本当に」
……ただし、篠原さんは余計に前野くんが苦手になったらしい。彼の恋路は更に前途多難になった気がするが、めげずに頑張って欲しい。
できるならもう少し素直な気持ちを持って貰いたいところだ。
「……しかし、それはそれとして俺の方はそれくらいしか言うことはないかなぁ。何しろまだベッドの上から動けないから、家族と話すくらいしかしてない」
「あ、そっか。まだ動けないんだね……」
「いやまぁ、今の俺には忘れ蛇の力があるし、やろうと思えば今すぐにでも走り回れるけどさ……」
しゅんとしたゆらにユウがすぐにフォローを入れた。神様の力を使ってしまえば、すぐにでも回復するのは事実である。
しかしそれはさすがに自重しているのだ。
ただでさえ医者から「驚きの回復力」だの「十五年昏睡だったとは思えない」だの驚かれていると言うのに、これ以上変な目で見られたくはない。
ただし、知識の方はまた別だが。
「とは言っても、さすがに知識面の方では自重してないけどな。わざわざ三歳児の振りとか嫌だし誰の得にもならないし」
「大丈夫なの?怪しまれたりはしてない?」
「意外とないな。うちの家族も、結局は内心で俺が神隠しに遭ったって考えていたみたいでさ。俺が普通に高校生らしい振る舞いをしても驚かれなかったな」
ユウとしても心配だったが、今のところ困ったことは起きていない。
愛梨の話やこのところの宮白神社での事件も相まって、ユウの「神隠しで遠い所に行っていた」と言う怪しさ満点の証言を、皆がすんなりと受け入れてくれた。神隠しに遭ったならそう言うこともあるだろう、と。
三歳のまま成長していないはずの娘が何故か教養を身につけていた事は、当然喜ばしい事のはずで、歓迎はすれど理由を追求しようなどとは思わないのだろう。
「その辺のこと、智惠さんは奇跡だって喜んでるよ。むしろ怪しんでるのは愛梨なんだよな。ほら、宮白神社で俺たちと会ってるからさ。あの時のことが気になってるらしくて口調が変って言われるし、呼び方がユウとゆらで逆だった理由を尋ねられるし……」
「あー……」
頭を抱えるユウにゆらは苦笑する。
さすがに男口調は拙いのでユウも家族と会ったときは女性らしい言葉遣いを気を付けたのだが、愛梨は不満だったらしい。曰く「元の方が格好いい」とのことで、二人きりのときは素で喋るよう頼まれてしまった。
なお、呼び方の方はひたすら誤魔化し続けている。
「さっさと忘れてくれないかなー、あれ。いや、最終手段、あの時の記憶を消すって事も出来るけどさ。でも、それは出来るだけ使いたくないし」
「忘れ蛇の力だね。そんな事も出来ちゃうんだ」
「そう。便利だけど、強力過ぎて恐い力だよな。俺としても、お礼参りで隠し狐に奉納してしまおうかとも考えたんだが……」
「でも、駄目だったんだよね」
「まあな」
せっかく手に入れたとは言え、人の身には過ぎたる力だ。
さっさと手放した方が良いかも知れないと考え、隠し狐にも話を切り出して見たのだがすげなく拒否されてしまった。
出来ないのかしたくないのかは不明だが、隠し狐はユウに忘れ蛇の力を持っていて貰いたいらしい。
「でも、今では持ったままでいいかって思ってるよ。使い方次第では本当に便利だからな。体の回復をかなり早められたし……それに、こんな風にお前と会えてるのもこの力のおかげだしな」
「ボクもそれはすっごく嬉しいよ。夢の中でキミに会えるなんて、それこそ夢みたいな事だよね。もっと毎日でも来てくれればいいのに」
「俺は通い妻か何かか。……まあ、会いたいと思ったときにメールでもしてくれれば迎えに行ってやるよ」
「むしろ逢い引きっぽいよね。……ふふ、それなら毎日メール送らないとなー」
「おいおい……」
お礼参りのあとに話していた、毎日でも会いに行く、が現実になろうとしていた。
勘弁してくれ、と苦笑いになるユウだが、もちろん嫌なはずはない。何だかんだで結局は、これからも頻繁に会って話す事になるのだろう。
ただし、ユウは便利だから、と言う理由だけで力の継承を受け入れた訳では無い。少し真剣味を増した顔で、彼女は先を続ける。
「でも、このままでいようって思った理由は別にあるんだよな。いや、むしろこのままでいるべき、が正しいか」
「ふうん。その理由を聞いてもいい?」
「もちろんだ。……これは昨日の話なんだけどな、お婆ちゃんに話を聞いて、忘れ蛇の神社があったらしいところまで行ってきたんだよ」
「ふうん、忘れ蛇の……え?動けないんじゃなかったの?」
「あはは、ずっとベッドの上ってのも暇でさ……。誰も居ないときを見計らってこそっとな。今の俺は移動とかスニーキングとか楽勝だし」
「ユウ……」
……こっそりとベッドを抜け出して歩き回っていたらしい。
そのときの事を話すユウは、微妙にナーバスな顔をしていた。
忘れ蛇の神社があったはずの場所は閑静な住宅街となっており、当然ながら神社も湖も消えていた。
しかし代わりに見つけた物もあったのだ。
「住宅街の片隅にさ、小っさい祠みたいなのがあったんだ。元あった神社とは、そりゃ比べ物にならないくらい小さくて目立たないやつだけど、ちゃんとお供え物が置いてあった。それを見せられると、何というか、複雑でさ……」
神社が無くなっても、忘れ蛇は人々から忘れ去られた訳では無かった。町の片隅で今でもひっそりと信仰を集めているのだ。
それを見せられて、ユウは何ともやるせない気持ちに襲われた。
「忘れ蛇って俺たちが倒しちまって、もういない訳じゃん?それを知ってると、その祠もお供え物も、すごく虚しい物に見えてさ。申し訳なく思ったんだよ。理由はどうあれ、その人たちが大切にしていた神様を消してしまった訳だからな」
「それで……力を継ごうと?」
「そんなところだ。俺が力を手放すと、それで完全に忘れ蛇って神様は終わってしまう。神殺しを成してしまった者として、せめて後を継ぐくらいのことはした方が良いかも知れないって思ったんだよ」
神様として何が出来るかは分からないが、しかし何か良くないモノが現れたときにそれを打ち払う事くらいは出来るだろう。
忘れ蛇の代わりが務まるなど思いはしないが、何もしないよりかは人々からの信仰に報いる事が出来るはずだ。
……もしかしたら、隠し狐はこの事が分かっててお礼参りを拒否したのではないか。自分に忘れ蛇のあとを継がせるために……
「(は、まさかな)」
そんな考えが一瞬だけ浮かんだが、ユウはすぐにそれを切って捨てた。
あの神様に限って、そんな事まで考えていたとはあんまり思えないのだ。
隠し狐について思い出したユウの曖昧な顔をどう受け取ったのか、ゆらは目を輝かせて話をまとめた。
「つまり、ユウが忘れ蛇として皆を護るって事だね。うん、ユウなら絶対にいい神様に成れるよ!」
「か、神様にかぁ。いや、単に力を持っておくってだけで、そこまで考えてた訳では無いんだけどな。……と、そろそろ宮白神社に着くな」
「あ、本当だ。早くない?」
「そりゃ、すぐ着くように作ったからな」
「え?」
……作った?
聞き間違いかとユウの台詞に首を傾げながら、ゆらは朱い鳥居を潜る。
その先に広がるのは円形の境内に、後ろの建物を隠すように建つ真新しい本殿。木々に囲まれて外と区切られたそこは、つい三日前に忘れ蛇と戦った、宮白神社の分社だ。
……そのはずなのだが。
「あれ、何か違うような……何だろう、何か変わってない?」
「はは、そりゃそうだろうな。ま、後ろの建物を確認してみれば分かるさ」
「後ろの?」
変わらないはずの風景に、ゆらは何故か強烈な違和感を感じた。本殿の位置とか特に、どこか変わっているような気がする。
それはユウにとって予想済みであったらしく、彼女に促されて本殿の後ろに回った。
そこにあったのはやはり、隠されるように建つもう一つの本殿。
……それは合っているのだが、その向きが180度変わっていた。
「え、何これ。後ろの本殿が回転してる?しかも向こうに参道の入り口っぽいのが見えるけど、あれって……」
「そう、あっちが三日前まで俺たちが使ってた参道だよ」
ゆらが驚くのも無理はない。
後ろの建物の向きが逆になり、その向こうに別の参道があった。
円形の境内の真ん中に背中合わせに建った本殿が二つ並び、向いている方向に二つの参道がそれぞれ伸びている。
三日前には確かにこんなものは無かったはずだ。
「えーっと、ユウ、これどういうこと?」
「んー、まずその前にこの場所の説明からだよな」
呆然と変化した境内を見つめるゆらに、ユウが面白がるように説明を始める。
「そもそも、本当は隠し狐と忘れ蛇の神隠しはまったく違うんだ。隠し狐は夢の中で、忘れ蛇は現実で神隠しに遭わせる。でも忘れ蛇が宮白神社に取り憑いた事で、両者の神隠しが混ざり合った領域が生まれたんだ。それがここなんだよ」
「混ざり合った……そう言えば最初に遭った神隠しは現実だったっけ」
「そう。だからこの場所には夢からでも現実からでも入れたんだ。本殿が二つあったのもそれが原因なんだよ。前に建ってたのが忘れ蛇の神社の本殿だったってわけ。参道も隠し狐の道と忘れ蛇の道が混ざって余計に分かり分かりづらくなってた」
「ふーん。じゃあ、今のこれは?」
「忘れ蛇は居なくなったし、俺としてもこれ以上我が物顔で余所の神社を占拠しようとは思わなかったから、本殿も参道もさっさと撤去しようとしたんだよ。でも、その前に隠し狐の方から神社の裏手半分を使って良いって言われてさ。そんなわけで本殿を裏に移動させて、ついでにそっち側にも参道を作っといたんだ」
「え……じゃあさっきボクたちが歩いてたのは……」
「ああ、俺が作っといた二つ目の参道だよ」
……なんとまあ。
短くて上りやすかっただろ?と、あっけらかんとのたまうユウに、ゆらは目眩がしてきた。この親友は、自分が知らない内に思ったよりずっと神様っぽい事をしていたらしい。
神隠しの中とはいえ、さらっと道を作ったと言われて驚かない方が無理だろう。普通に神様やってるんじゃないか。
「そ、それはまた……すごいね。もうすっかり神様じゃない」
「いやー、俺は単に、隠し狐の指示通りに動かしただけなんだけどな。……と、噂をすれば、お出ましだ」
「あ……隠し狐?」
ユウが後ろの方に視線をずらして口元を緩めた。
ユウの目線を追ってゆらが振り返る。
見ると、本殿の方から飛び出してきたらしい子狐が、ちょうどゆらの方に駆けよって来たところだった。
猫と同じくらいの大きさで、薄茶色の毛並みが美しい、可愛らしい子狐だ。しかしその尻尾は三本もあり、ただの狐ではないことを伺わせる。
「キューウ!」
「わっ、とと!」
その子狐はゆらの方にちょこちょこと走って来たかと思うと、ピョンと軽やかに跳躍して彼の腕の中に収まった。まるで猫のように体を丸め、目を細めて気持ち良さそうに鳴き声を上げる。
隣にいたユウは呆れたようにその様子を見ていた。
「キュウ!」
「あはは、よしよし。可愛いなぁ。あ、そうだ、今日はお土産に油揚げ持ってきたんだよ。食べる?」
「キュウ!?」
「はいはい、すぐに出すから、ちょっと待ってよ。焦らない焦らない……そうら!」
「キュウ!キュウ!!」
「はあ、すっかりゆらに懐いちゃって……まさかコレが神様とはなあ」
生暖かい目で油揚げにはしゃぐ隠し狐を見ていたユウが、ぼそりと呟いた。
見ての通り、隠し狐の正体は三本の尻尾を持った子狐だった。そしてついでに、その中身もだいたい子狐だったのだ。要するに子供っぽいのである。三日前の一件のあと、ユウとゆらの二人、取り分けゆらは助けて貰ったからなのか、かなり懐かれていた。
もちろん、隠し狐の正体が可愛らしい小動物だったというのは嬉しい。この無邪気な神様とは上手く付き合っていけるだろう。
しかしそれにしても忘れ蛇との落差が半端じゃない。あれだけ想像を膨らませて敵視した隠し狐の正体がコレというのは、脱力せずにはいられなかった。
「可愛くて良いじゃない。ふふ、こんなに美味しそうに食べてくれるなら、持ってきたかいがあったなあ」
「確かにそうだけどな。……まあそれはそれとして、だ。隠し狐も来てくれた事だし、さっそく始めないか?」
「あ、うん。……そうだね」
「キューウ」
ユウが仕切り直し、ゆらも声のトーンを落として同意する。隠し狐も油揚げを咥えながら器用に鳴いた。
今日ユウとゆらが宮白神社を訪れたのには、きちんとした理由がある。それを思い出し、三者の目が自然と本殿の方に集まった。
視線が集まった本殿の隅に、白い脱皮した蛇の抜け殻のようなものが置いてある。しかし、よく見るとそれは干からびた蛇の死骸だった。
ーーカピカピに乾いた、蛇のミイラ。
あのとき忘れ蛇が消えた場所に、唯一残っていたのがこれだった。
「……これが忘れ蛇の正体だったのかな」
「……そうだな、元々の姿がこれなんだよ。昔々、人から崇められた一匹の白蛇が忘れ蛇になったんだ」
ゆらの言葉に、妙に確信に満ちた様子でユウが頷く。
つまりこれは、自分たちが殺してしまった神様の亡骸なのだ。ユウの願いによって力を奪われ、奪われたその力で滅せられた哀れな神様の、最後に残した残滓。
「それじゃあ、ちゃんと弔ってやろうぜ」
そう言って、ユウが神妙な面持ちで蛇の死骸を持ち上げた。
ーーーー今日、彼らは忘れ蛇の供養をしに来たのだ。
忘れ蛇の亡骸は、神社の片隅に埋めることになった。もしかしたら本殿に納めて御神体などにするのが正しいのかも知れないが、隠し狐とも相談してこうすることを決めた。
神社の裏手、ユウが貸して貰った方の領域の隅っこに集まり、ゆらが準備していたスコップを取り出してザクザクと穴を掘る。
ユウは隠し狐を抱いてモフモフしながらそれを見ていた。
「キュウー……」
「何だよ。俺に抱かれるのは不満なのか、お前?……なあゆら、掘るの代わろうか?」
「いいよ、これぐらいはボクにやらせて」
「そうか。じゃあ頼む」
ユウの申し出に、ゆらは首を横に振る。
どちらにせよ、小さな穴を掘るだけだ。この場所は疲れることもないし、交代しなくても一人で掘れる。せめてこれくらいの簡単な事は自分がやろうと、張り切ってスコップを振るう。
……それに、ユウ本人は自覚が薄いが、彼女は今や寝たきり状態レベルで弱々しい女の子の姿なのだ。
いくら神様パワーでどうとでもなるとは言え、男が肉体労働を押し付けるのは問題があり過ぎる見た目である。
もちろん、本人には言わないが。
「ふう、よし。……深さはこんな感じでいいかな?」
「掘れたか。うん、十分だろ。じゃあ、入れるぞ」
ゆらが体を避け、ユウがそっと忘れ蛇の亡骸を穴の底に置く。粗末過ぎる棺に納められたその亡骸は小さく干からび、もう神様のものには見えなかった。
ユウは亡骸を置いたあとそっと目を伏せ、穴から離れた。入れ替わりにまたゆらがスコップを握り、掘った土を戻していく。
土を運ぶたびに忘れ蛇の白い亡骸が隠れていくのを見ながら、ゆらは漠然とした哀しさを感じていた。
祟り神になって子供たちを神隠しに遭わせ、最後は因果応報で倒される。伝説になるほど古くから語り継がれて来た神様の最後としては、あまりに哀しく、情けなく、呆気ないではないか。
もちろん倒したことは仕方ないと思うし後悔などしていないが、それでも何故こうなってしまったのかと思わずにはいられない。忘れ蛇は何で、祟り神なんかになってしまったのだろう。
「忘れ蛇は……そんなに神社を取り潰されたことが許せなかったのかな。信じてくれてる人が居ても、祟り神になってしまう程に」
つい、そんな疑問を呟いていた。
忘れ蛇が死んだ今、もう知る方法もないが、そんなにも許せないことがあったのだろうか。
そんなゆらのしみじみとした問いかけに、いつものようにユウが答える。
しかし、それはとても意外で、はっきりと確信に満ちた返答だった。
「それなんだけどな。別に忘れ蛇は祟り神じゃなかったんだよ。宮白神社にとってはまごう事なき疫病神だけど、人を恨んでいたって訳じゃなかった」
「……え?」
土を運ぶ手を止め、ゆらがユウの方に振り返る。
祟り神じゃなかった?
それはどういうことなのだろう。いやそもそも、何故にユウはそんなことが分かるのか。
混乱して固まるゆらを見て、ユウがトントンと自分の頭を指さした。
「実はな、俺、忘れ蛇の記憶を持ってるんだよ。あいつが倒れたとき、自分の記憶と一緒に回収しちゃったみたいでさ」
「え、えええ!?」
驚きにゆらが目を丸くして叫んだ。
確かに、妙に忘れ蛇の力を使いこなしているとは思ったが、まさか記憶を丸ごと手に入れていたとは。
もうそれ、本格的に神様じゃん、とゆらは思った。
「それは……びっくりしたよ。大丈夫なの、ユウ?」
「ああ、問題ない。あくまで記憶だけだからな。でも、その記憶を読むに、忘れ蛇は人を祟る神様じゃなかった」
「祟り神じゃない?どういうこと?」
「……こいつは、嫉妬に狂ったんだよ。隠し狐への嫉妬にな」
ユウは自分の手のひらに視線を落とした。
白魚のような細くて綺麗な手。しかしそこには、忘れ蛇の強大な力が宿っている。
その手をぎゅっと握り、ユウは口を開く。
「……まず、忘れ蛇ってのは俺たちが思ってた以上に古くからいる、強い神様なんだ。鬼に打ち勝ったのは伊達じゃないって事だな。言っちゃあ何だけど、隠し狐よりもずっと古くて強大な神様だよ」
「そんなにすごい神様だったの?」
「ああ。……日本神話に出てくるヤトノカミって言う神様を知ってるか?ツノは無かったけど、あれの流れを汲んでいる。それこそ、国ができた頃からいたようなやつだよ」
「ヤトノ、カミ……」
ゆらが哀しげな目をする。
そんな神様が、何故こんなことに。
「本気で人を祟ったら、もっととんでもない災厄を引き起こしてたと思う。あの願いにしても、“人から力を乞われる”っていう伝説の弱点を突いた願いでなければ、効かなかっただろうな」
「えっ、あの願いってそんな意味もあったの!?」
「ああ。って言うか、元はそっちの方から考えた願いだよ。忘れ蛇が願えって強制してきてる時点で、願いによって忘れ蛇を倒すのは難しいと思ってたからな」
ユウがこくりと頷いて補足する。
……ゆらは驚くが、考えてみれば当然のことだ。
忘れ蛇はこちらを追いつめ、願いを言わせようとしてきた。そんな状態で自身を害するような願いを言われた所で、大人しく倒されるほど忘れ蛇も迂闊ではあるまい。
だからこそ、願いの内容はしっかりと考える必要があった。
「それが力が欲しいって言う願い……そう言えば、忘れ蛇は伝説で人に自分の力を貸し与えたんだっけ」
「そう。それで持ち逃げされて、困って記憶を食べたってな。いやあ、咄嗟だったけどあれは我ながらマジでファインプレーだったな。あの願いじゃなければ倒せなかった」
忘れ蛇の力と記憶を得たユウは、それを深く実感していた。
もし単純に忘れ蛇を倒して、などを願っていても何も起こらなかっただろう。人に力を乞われてそれを与え、返して貰えなくなったという伝説の弱点を突いたからこその勝利だ。
人を守った逸話が倒される決め手になってしまうとは、皮肉なものである。
閑話休題。
「話を戻すが、忘れ蛇はそれだけ強大な神様だったんだ。それこそ昔々は今よりずっと広範囲に根を張り、多くの人々に崇め奉られる神様だった。でも、その分神様の矜持というか……プライドが高かったんだろうな」
「プライドかぁ……人間みたいだね」
「そうだな。でも、時代が進むとだんだん稲荷信仰が広まってきて、この地にも隠し狐がやってきた。そして忘れ蛇と人気を二分するようになっていった。それが忘れ蛇は不満だったみたいで、隠し狐をずっとライバル視していたみたいだよ」
忘れ蛇にはこの地をずっと守ってきたという矜持のようなものがあった。余所者に人気を取られれば、もちろんいい気はしないだろう。
だが、この頃はまだ良かったのだ。
忘れ蛇は隠し狐の存在に不満と焦りを抱きながらも、由緒正しい神様として人々を守っていた。
しかし更に時代は流れ、やがてある決定的な出来事が起こる。
「……なるほど、つまりそれが、忘れ蛇の神社の取り潰しなんだね」
先んじたゆらの言葉に、ユウが頷く。
……しかし、それだけではないのだ。
「それが一番の理由だな。でもさ、実は忘れ蛇がおかしくなった原因はもう一つあるんだよ。…………忘れ蛇の神社が取り壊されたのと、ほぼ同時期だったんだ。隠し狐の神社、つまり今の宮白神社の本社が新しくできたのがさ」
「なっ……!」
思わずゆらは呻いていた。
それはいったい、忘れ蛇の目にどう写っただろう。
開発の波に押されて消える自分の神社と、人里近くに新しく建てられるライバルの神社。それは人々が隠し狐を選んだも同然で、深い屈辱を与えたに違いない。
それは、プライドの高かった忘れ蛇が狂うに足る出来事だったのだろう。
「それは本当に……哀しくて、悔しかっただろうね」
「だろうな。で、忘れ蛇は隠し狐に嫉妬した。深く深く嫉妬した。もちろん人間への憤りもあったろうが、それよりずっと深く隠し狐を恨んだ。逆恨みだけどな。そして忘れ蛇は、宮白神社に取り憑いた。……そこから先は、知っての通りだよ」
……要するに、神隠しに関するすべてが、嫉妬に狂った忘れ蛇による、隠し狐への単なる嫌がらせだったのだと、ユウは言った。
本来は隠し狐がささやかな願いを叶えてあげるはずの子供から、自分の関与の隠蔽も兼ねて記憶を奪い取った。
隠し狐の力を利用し、わざと願いを歪めて関わった子供が不幸になるよう仕向けた。
お参りに来ただけの者まで、ただでは帰さずに迷わせた。
元々は自分の歌だった隠れ歌すら利用し、神隠しの悪評を流そうとした。
ぜんぶぜんぶ、隠し狐の神としての尊厳を踏みにじり、その姿を嘲笑うため。そのためなら、自ら姿を現して願いを強制することすら厭わない。
子供が好きな隠し狐に、自分の力によって子供が不幸になるのを目の前で見せ付け、その悲しむ姿を見てほくそ笑んでいた。
「忘れ蛇は、俺たちの事なんて眼中に無かったんだろうな。ただただ隠し狐を貶められればそれで良かったんだ。俺たちは運悪く、神様同士の諍いに巻き込まれたって訳だ」
「傍迷惑だよね。でも、何でだろう。余計に哀しいや」
「まったく。醜くて、嫉妬深くて……本当に人間臭い神様だったよな」
ゆらがスコップで土を被せ、忘れ蛇を埋めた穴が無くなっていく。
あまりにひっそりとした、寂しい最後かも知れないが、しかしユウはこれでいいと思った。
醜い嫉妬で身を滅ぼした神様にはこれでいい。「忘れ蛇」という神様は、まだ終わっていないのだから。
長く人々に慕われた神様は嫉妬に狂って人に退治された。
そんなことを知るのは、自分たちだけで十分だろう。
忘れ蛇の供養が終わって、ゆらが持ってきていた用意で簡単にお茶してから、ユウとゆらは帰る時間になった。
二人はまた新しい参道の方へと歩き、もと来た道を辿り始める。
「じゃあな。また来るよ」
「それじゃあね!」
「キュウ!キューウ!」
見送りに朱い鳥居の所まで付いてきてくれた隠し狐に手を振り、参道を下り始める。
目線を前に戻すと、山のふもとが見えた。
「わ、けっこう良い景色だね」
ゆらは来るときは意識していなかったが、この参道は真っ直ぐで傾斜も急で木も少なく、見晴らしが良かった。
そんな参道を歩きながら遠くを見通したゆらが、意外そうな声を上げる。
「あれ……でも、町は見えないね」
「ここから見えてるのは昔の風景だよ。綺麗だろ?」
「うん……そうだねぇ」
見えていたのは、緑の平地だった。
今どき日本では目にすることが難しい、何もない平野。家もなく、畑もなく、牧場もなく、無秩序に緑が茂る自然そのままの光景。何も無いけれど、何も無いからこそ心に訴えかけてくるものがある。
「すごいね。ユウが作ったの?」
「いや、単に邪魔なものを取っ払っただけだ。ここを使わせて貰えるのはありがたいよな。隠し狐に感謝しないと」
「本当にね。でも、何で半分も使うのを許してくれたんだろ。寂しかったのかな」
「あの神様ならあり得そうだな」
日本の原風景を眼下に、雑談をかわしながら階段を下りる。
なるほど、隠し狐ならそうかもと、ゆらも思う。昔から生きているくせに、まるで子供のような神様だ。子供好きと言うよりか、単に一緒に遊びたいだけなのではなかろうか。
遊びに来てくれる仲間が、ずっと欲しかったのかも知れない。
……と、そこまで考えた所でゆらは二つほど、気になる事を思い出した。
「あ、ねえ、ユウ。少し聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「構わないけど、何だ?」
「結局まだ分かってない事があったじゃない?あの子供たちの事と、あの変な夢のこと。あれ結局何だったのかなって。忘れ蛇の記憶があるんなら、正体が分かったりしない?」
「ああ、あれな。……一部憶測が混じるけど、だいたい分かるよ」
何かを思い出すように目を細め、ユウが頷いた。
神隠しの中で案内してくれた二人の子供と、そもそもの発端となった参道を歩く不思議な夢。
正体も理由も分からず、どちらもずっと気になっていた事だ。
「……と言っても、子供たちの方は簡単だよな。あれは俺たちだよ。俺たちの、奪われた三歳までの記憶だ」
「やっぱりボクたちなんだ……でも、記憶だけで動きだすなんて、そんなことがあり得るの?」
「あり得ない事はないだろ。記憶ってのはそれまでの自分そのものみたいなもんだ。忘れ蛇の抜き取った記憶が、ずっと神様の傍にいることで亡霊みたいなものに変わることもあるかも知れない」
「ある……かなあ?」
「さあな。あるのかも。……もしくは忘れ蛇が知らない内に、隠し狐が関わったのかもな。あの子たち二人と仲が良かったみたいだし」
「ああ、それはありそうだねぇ」
ユウの推測を聞き、ゆらも隠し狐の事を思い出して納得した。
キュウキュウと鳴く子狐と幼い子供が一緒にじゃれ合う姿が容易に想像できる。同じ忘れ蛇に囚われた者同士、通じる物があったのかも知れない。
やっぱりあの子狐、割と寂しがり屋なのではなかろうか。友達欲しさに忘れ蛇が奪い取っていた子供の記憶に手を加えて遊び相手になって貰うとか、結構ありそうで困る。
「クス、隠し狐らしいね」
「だな。俺も割と可能性高いと思う」
「そうだよね。……じゃあ、あの夢はどう思う?やっぱり寝てる間に神隠しに遭ってたのかな?」
「……ああ、それは間違いない」
ゆらの二つ目の問いに、ユウはあごに手を当てて考えながら頷いた。
あの変にリアルな夢がただの夢だったなんてことはあり得ない。神隠しに距離など関係ないのだ。間違いなく、夢の中で宮白神社に来ていたのだろう。
……しかし、
「間違いない……でも、一回目の方は簡単なんだけど、二回目の夢に関してはどうなんだろ?これについては忘れ蛇も知らなかったみたいだな」
「ふうん……じゃあその一回目の夢は?」
「それは単純にゆらが俺のところに来たからだ。お前は俺の中で眠ってたんじゃなくて、十八歳になるまでは宮白神社にいたんだよ。で、あの日夢を通じてやって来たって訳だ。その時に俺もうっかりあの参道に迷い込んで、あの二人の世話になったんだろうさ」
「なるほど、そういうこと」
自分がずっと宮白神社にいたことは知らなかったゆらだが、納得して頷いた。
どうやら愛梨ちゃんが言っていた、「姉を宮白神社で見つけたのか」という問いは、あながち的外れでもなかったらしい。彼女の姉でなく葛葉悠一になってしまうが、確かに十数日前までは宮白神社に捕まっていた。
ゆらはまさしく、あの夢と共にユウの元へやって来たのだ。
「じゃあ、動物園に行った日の夜にみた夢は分からない?」
「そうだなぁ。少なくとも忘れ蛇は関わってない。だから推測になるんだけど……でも、あの二人がいたから、多分あいつらが原因じゃないかな」
「三歳のときのボクたちだね。覚えてるよ。可愛いなって思いながら見てた」
少し迷いながらも、ユウは当たりをつけた考えを口にした。
ゆらも見ていた夢を思い返す。確かに、並んで歩く子供の後について参道を下っていく夢だった。あの夢が本当にこの空間であった事なら、あの二人が関わったのは間違いない。
「お前が来たときに使った“道”が残っていたのか、もしくは隠し狐の力を借りたのか。どっちにせよあの二人が俺たちを引き込んだんだと思う。理由は分からないけどな」
「理由かあ……遊びたかったから、とか?」
「さあ……子供の考える事だし、分からないなあ。でも、一つ考えた事があるんだ。ほら、隠し狐とあの二人って仲が良かったみたいなんだよな。もしかしたら……」
そこまで聞いてゆらもあっと声を上げた。
なるほど、確かに憶測でしかないけれど、もしかすると……
「ボクたちに、助けて欲しかったのかな。隠し狐を」
「かもな。成長した自分たちに、友達の助けを求めに来たのかも知れない」
……結局のところ、これも憶測でしかない。
しかし、ゆらは多分正しいと、半ば確信を持った。神隠しの中で現れた彼らは、おそらくそのために手助けをしてくれたのだ。
自分の昔の記憶がそんなことになっているのは不思議な気分だが、友達を助けようと行動してくれた事をゆらは嬉しく思った。
「……ねえ、ユウ。あの二人、忘れ蛇が倒された後どうなったのかな。ボクたちの中に戻っちゃったの?」
「さて、どうだろうな?三歳以前の記憶が戻ったかなんて分からないし、別に必要性もないからな。もう単なる記憶ではなく亡霊のようなものみたいだし、今もこの神隠しの中で遊んでるのかも知れない」
「そうか……だと良いね……」
ゆらはしんみりと二人に思いを馳せた。
あの二人の無邪気な姿を思い浮かべる。別に戻ってくるなとは言わないが、このまま神隠しの領域を遊び場に隠し狐も合わせて三人で仲良く過ごしていくというのも、それはそれで良いのではないか。
……できれば、そっちであって欲しい、ような。
「うん。そうだとしたら、今頃何してるんだろうね、あの子たち。また隠し狐と遊んでたりするのかなぁ」
「さて、な。……ただ、この空間を作った忘れ蛇として言わせて貰うと、ちょっと離れた所でわくわくしながら俺たちを見てる子供が二人いるな」
「……え、ちょっと、ユウ!?」
ゆらはニヤニヤと笑いながらそんなことを暴露するユウに驚き、そしてすぐにほっぺたを膨らませた。どうやらユウはあの二人がこちらを見ているのを知っていてゆらをからかっていたらしい。
しかし、すぐにゆらも表情をほころばせた。あの幼い少年と少女が消えていなかったのが、何とも嬉しかった。
「もう、からかわないでよ、ユウ。でも良かった。あの子たち、消えてはなかったんだね。何で出て来てくれないんだろう?」
「さて、何でだろうな。でも、あいつらが何でこっちを見て楽しそうにしてるのかは分かるぞ。ほら、あれ見てみろ」
「え、あれって……」
ユウが指さした方には、道の脇に置いてある紙の包みのような物があった。わざわざ木の枝を置いて、こちらが気づくように目立たせている。
ゆらが近寄って手に取ると、紙に文字が印刷してあるのが分かる。『銘菓』の文字が見えた。
「これって……お饅頭の箱に入ってた説明の紙?お皿代わりにしたやつだよね?」
「そうだな。開けてみろよ」
「うん」
ユウに促され、ゆらはそっと丸まっている紙を開けた。
中を見ると、そこに入っていたのは、
「わあっ、ドングリだ!」
「へえ、こうしてみると綺麗だな」
中には、たくさんのドングリが入っていた。どれも大きく、形が良く、傷も無く、キラキラと輝いて見える。これだけ綺麗なドングリだけを集めるのは、さぞかし時間がかかっただろう。
それを手に取ってみると、二人とも何故か、笑いがこみ上げてくるのを感じた。
「ははっ、あはははっ、お礼なのかなあ、これ。嬉しいや。ねえユウ、これ持って帰れる?」
「ふふっ、あははっ。まったく、出て来てくれるんなら幾らでも遊んでやるってのにな。任せろよ。ちゃんと持って帰るさ」
ドングリという、非常に子供らしいお礼。
純粋な気持ちがこめられたそれが、何よりの報酬だった。
木漏れ日の中に、二人分の笑い声が響く。
ひとしきり、二人で笑いあって。
そして、
ーーさて。
ーーじゃあ帰ろうか。
ユウがそう言って、二人はまた、帰り道を歩き出す。
一つの道を、二人並んで歩いてゆく。しかし、その行き先は別々の場所だ。
二人が帰る場所は、もう同じではない。ゆらもユウもそれぞれの家に、それぞれ帰る。
でも、それでいい。二人はそれぞれの居場所があって、迷った末にそれを取り戻した。
二人には別々の歩む道があって、今はこの場所で逢えればそれで十分なのだ。
でも、願わくば、いつか。二人の道が交わることがあれば。
いつか、同じ帰る場所に向けて、同じ帰り道を歩く事が出来ればいいな、なんて。
そんな事を考えたのは、果たしてどちらだったのかーーーー
「あれ?」
「どうした、ゆら?」
最後にふと、ゆらは立ち止まって後ろを振り返った。どこかで誰か、手を振っていたような気がしたのだ。
振り返ってみても、誰も居ない。
けれど、
「ううん、何でもない。さ、行こう!」
ゆらは小さく手を振り、また歩き出す。
きっと気のせいではないのだろう。
ゆらは心の中で、また来るよ、と呟く。
ゆらが見た方をちらりと見て、ユウはクスリと笑った。
何もいないように見える木々の隙間。
そこには確かに、手を振る幼い少年と少女と、小さな三本尻尾の狐の姿が見えていた。
ユウも軽く手を振って、ゆらを追いかける。
ゆらに追いつき。
並んで歩き。
そうして。
二人は一緒に、外の世界へ帰って行った。
ー完ー
行きはよいよい、帰りは同じ @esm0106
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