異世界王女戦記

夏空蝉丸

第1話 プロローグ

 美人で力があって権力の側にいる完璧な女子高生になってみたいと思った日々もあったけど、実際になってみるとどう? 思ったほど嬉しくも楽しくも輝いてもいない。悪役令嬢に転生したほどピンチじゃないけど、針の山を歩かされているような危うさがあって、一歩間違えればあら大変。でも、気を付けてれば何とかなるってわけでもなく、周りには罠がいっぱい張り巡らされていて、前世より長生きできるの? なんて考えてしまう王女がイライザだった。


 何処で生まれたとか、誰だったとか、記憶喪失キャラ並みに前世の記憶は無いんだけど、何故だか知識としては残っていて、前世の常識とこの世界との常識とのズレがやたらと生活するのに邪魔になったけど、小さい自分より身を守るためには役に立ったと感謝している。つか、どうなんだろ。本能的に理解している前世である異世界より転生する際に力を得すぎたってのは、存外ハッピーなことではなかったのかもしれない。ま、魔王を倒してこいとか無茶ぶり振られなかっただけましだったりするのかもしれない。そう自分を誤魔化しながらも苛立ちを感じていた。


 自室がある離れの館から主館に向かう途中で司祭に呼び止められていたのだ。


「いい加減にしてください。あなたは聖職者ではありませんか?」

「気にする必要はありません。むしろ、聖職者だからこそ。人の悩みや欲求を浄化する方法を知っているのです」

「妻帯すら出来ぬ身でどうして私を妻に出来るのです」

「妻になる必要などは無いのです」


 イライザは禿げ上がった司祭が伸ばしてきた汚らわしい手を叩き落とし脛を蹴飛ばす。多少の手加減はしたが、それでも痛かったのか司祭はしかめ面を見せる。


「悪魔に取り憑かれておりますな」


 今にも襲い掛からんばかり。自制を逸した表情の司祭に対して殺気を込めた視線で向かい打つ。


「司祭よ。私を糾弾する前に自らを神の御前に曝け出せますか。その欲望に満ちた腹部に詰まっているものを祭壇に捧げ、神の慈悲より軽いか天秤の上に乗せて差し上げましょうか?」


 徐々に口調が厳しくなるイライザが腰の剣に手を掛けると、司祭は後退りをする。


「聖職者に向かって剣を抜けばどうなるか御分かりですよな」

「勿論。もし、罪なき者が誰ともわからぬほどに刻まれれば、天罰を受けることでしょう。正しい道を歩むものならば」


 イライザの眼圧に負けた司祭は、「神はいつも見ておられますぞ」と捨て台詞を残して足早に司祭の館に向かって去っていく。やれやれ。溜息をつきつつ、切れ長の横目で確認をしてから歩き出す。無意味にこの邸宅は人が多すぎる。と心の中で文句を言ってから考え直す。


 邸宅の広さなんかは問題ではない。人がどれだけ沢山いたって言い寄ってこなければ関係ない。すれ違っている分には人数は風を避けるための壁程度には役に立つ。それが役に立つどころか害悪になりそうなのは、転生する際に得た人にモテてしまう能力のせいだ。鏡を見てもそれほど美人でもないのに男が寄ってくるのは、男性にモテる能力を持ってしまっているからなんだ。


 前世では美人が得だと思っていた。モテる女性になれば世界はハッピーになる。そんな風に世界を単純化して考えていた。だが、実際にモテるようになってみるとあまり嬉しくないことに気付く。少なくともこの世界ではそうだ。特に聖職者は鬱陶しい上に厄介だ。剣が使えるわけでもない。魔法を行使できるわけでもない。だが、権力に近しく神の名の下に人を糾弾できる。汚らわしい。煩わしさを感じながら歩いていると、新しい気配が近づいてきていることに気付くことができなかった。

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