魔法少女Customs――クリスマス特別篇――

秋空 脱兎

聖夜のバイクアタック

「法定速度遵守……! 法定速度遵守……!」


 オフロードヘルメットを被った舞は、全力を注いで自分に言い聞かせながら、バイクを走らせ、家路へと急いでいた。

 途中で信号が赤になり、舞は停まる事を余儀なくされた。


「はぁー……。ん?」


 ふと舞が夜空を見上げると、白く軽い、綿のような冷たい物が、ちらちらと降り始めた。


「とうとう雪降ってきたよ……。下手すると、明日雪かき大変になるかも……」


 舞は嫌そうにぼやくと、振り向いて、バイクの荷台を見た。そこには、丸みを帯びた直方体の箱があった。


「今日、クリスマスだもんなあ……。二人共、準備して待ってるんだろうなあ……。今日位、ビーストが出なくてもバチは――」


 舞がそう言った時だった。


「…………。おい、言った傍からかよ。ふざけんなよ……?」


 魔法少女がビーストが出現した際に感知する感応波――ビースト振動波を感じ取った舞が、顔をひきつらせた。


「ああぁもう……。イベントある日位大人しくしとけよ……」


 舞は悪態を吐きながら、ジャンパーの前を開いて、ジッパーを少し降ろした。

 ジャンパーの中に右手を突っ込み、蒼い宝石が嵌まったペンダント――『エボルペンダント』を取り出して、


「……変身」


 祈るように言った瞬間、舞の体をバイクごと赤いオーラが包み込み、同時に、爆風と衝撃波が発生した。降っている雪が蒸発する。


『Intellect and Wild!』


 ペンダントから音声が鳴り響き、同時にオーラが消滅した。

 中から現れたのは、紅い髪に真っ赤に輝く瞳、ループタイに変化したペンダント、雪の中だと寒そうな丈が短い赤いワンピースに黒いズボン、両腕を刃が付いた装甲のような長手袋、両足を腕と同じような刃が付いた黒いブーツ姿の舞だった。ヘルメットは、消滅していた。

 バイクも変形していて、こちらは赤と黒を基調とした、猛禽類を彷彿とさせる姿になっていた。


 舞が振り向くと、荷台の箱は消えていた。


「よし……。行くか、『ビーストアサルター』」


 ボソボソと呟くと、舞はバイク――『ビーストアサルター』に語りかけ、猛獣の唸り声と戦闘機の飛行音が混ざったようなエンジン音と共に、ビースト振動波の発生源へと向かっていった。



 大通りの中央――要は車道の中央で暴れている、異形の影があった。

 『所謂いわゆるサンタクロース』を醜悪にしたかのような姿のそれは、トナカイのようでもあった。


 トナカイのような異形は、止まっていたタクシーの運転席側のドアを千切り取ると、中にいた運転手を外に引きずり出し、宙に放り投げた。

 トナカイのような異形は、悲鳴を上げながら落ちてきた運転手を、頭部の枝分かれした角で串刺しにした。

 背骨を砕かれ、内臓を貫かれた運転手の苦痛に満ちた悲鳴が響く。

 トナカイのような異形は、追い討ちをかけるかのように、運転手をアスファルトの地面に頭から叩き付けた。首の折れる鈍い音が響き、運転手は、二度と動かなくなった。



「見つけた……! トナカイビーストか!」


 運転手を地面に叩き付ける異形の怪人――トナカイビーストを見て、舞が言った。


「今日は降りて戦う暇ないんだよ……!」


 怒りを抑え込みながら舞が言って、『ビーストアサルター』の右のグリップを一気に手前に捻る。

 四百まで増えている速度計の針が一気に右端まで傾き、それと同時に加速していった。

 最高速に達した瞬間、ヘッドライトを中心に、炎のようなエネルギーが吹き出し始めた。


「えっ……!?」


 舞は驚きながら速度計を見た。針は、とうに四百を振り切っていた。


「行ける……これなら!」


 舞は凶悪な笑みを浮かべると、そのままトナカイビーストに向かって突進を始めた。


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」


 珍しく舞が叫ぶと、『ビーストアサルター』は更に加速した。既に最高時速の倍は出ている。

 舞の叫び声に気付いたのか、トナカイビーストが振り向いた。

 その時には既に、舞を乗せた『ビーストアサルター』はトナカイビーストの眼前まで迫っていて、


「おおおおおおおああああぁぁっ!!」


 叫び続けながら、舞は出来る限り姿勢を低くして、トナカイビーストに『ビーストアサルター』を突っ込ませた。


 始めにヘッドライトがトナカイビーストの腹部に激突し、人間のそれと同じままだった内臓を、細胞レベルで押し潰した。

 『ビーストアサルター』は速度を落とす事なく、寧ろ加速し続け、ヘッドライトが激突した場所を中心に、トナカイビーストを引き裂いていった。


 文字通り轢き潰す音を反響させて、舞が乗った『ビーストアサルター』は、トナカイビーストを挽き肉に変えた。


 舞は急ブレーキをかけ、最後は後輪を横滑りさせて勢いを殺した。停まる頃には、車体が真横になっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……っ、……ふう」


 肩で荒く息を吐く舞は、強引に呼吸を整え、トナカイビーストの方を見た。

 そこに異形の怪人の姿はなく、あるのは、ただ木端微塵になって散らばった肉片だけだった。それらは、すぐにどす黒いゲル状の物質に変わった。


「…………ビーストになった人だって、クリスマス位楽しく過ごしたかったろうに……」


 悲しい表情になって、舞は言った。

 見上げると、いよいよ雪は本降りになったのか、粉雪から牡丹雪に変わっていた。


「…………。帰るか」


 舞は空しげに呟くと、変身を解かずに『ビーストアサルター』を九十度反転させて、法定速度を無視する速さで来た道を戻っていった。



「ただいまー……」


 自宅に帰ってきた舞は、楽しそうに言いながら、リビングのドアを左手で開けた。


「おかえりなさーい」「おかえりー」


 リビングから二人分の少女の声が聞こえてきた。


「心咲、椋。ただいま」


 舞はそう言うと、リビングの中に入った。

 リビングはきらびやかに飾り付けられていて、テレビの隣には舞の背丈位の大きさのクリスマスツリーがあった。テーブルには、三人で用意した料理が並べられていた。


「で、舞ちゃんや。隠してる右手に持ってる物を見せなさいな」

「そうだよー。早く見せてー!」


 椋と心咲が交互に言った。


「えっへっへー……。ジャーン!」


 いたずらっぽく笑いながら、舞は右手を出した。ビニール袋に入った、ケーキの箱を持っていた。


「んじゃ、開けてみるね」


 丁度空けてあったテーブルの中央に置いて、舞は箱を開けた。中に入っていたのは、ホール丸々一個のクリスマスケーキだった。


「思い切って六号サイズ買ってきちゃったけど……、食べきれそうかい?」


 舞が少し心配そうに聞いた。


「大丈夫だよ。デザートは別腹とか、言うでしょ?」


 心咲が胸を張って答えた。


「いや言うけど……何で胸張るし」

「張りたいからです!」

「あ、うん」


 舞は色々諦めた。


「ま、まあそれは置いといて、始めますか。クリスマスパーティ」


 椋が言って、テーブルに置いてあるオレンジジュースが入ったコップを手に取った。


「……そうだね」「うん!」


 舞と心咲は返事をすると、各々コップを手に取った。


「ほら舞ちゃん、音頭取って、音頭」

「えっ? あ、うん」


 椋に促されて、舞は軽く咳払いをして、


「えーっと、今年も色々あったし、まだ一週間あるけど、とりあえず、一つの区切りって事で! せーのっ」

「乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」


 三人は同時に言って、コップを軽く打ち付け合った。

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