4ー7.失言と追及と

「待て! リゼル!!」


「殺す……! 殺してやる……っ!!」


「ウィステリア様、お下がりください! みんなも気をつけて!」



 今のところ殺意はユーシャだけに向いているが、あの時のアーネストのようにタガが外れて暴れ回ったらマズい。早期に決着をつけるべきだろう。


 リゼルはペンダントを身につけ、構える。得意らしい大上段だ。迫るリゼルを尻目に、ユーシャは剣を鞘におさめた。



「何してるんですかユーシャさんっ! 死ぬ気ですかぁっ!?」



 ギャンギャンと喚くアレクの声をシャットアウトし、意識を集中させる。



「死ねぇぇえっ!!」



 リゼルが間合いに入った瞬間、剣を鞘ごと取り、力任せに薙ぎ払う。ゴッ、という鈍い音を立て、鞘付きの長剣がガラ空きの胴に決まった。


 リゼルの身体が再び吹っ飛んでいく。



「あ、やり過ぎた……」



 その勢いは先程よりも激しく、リゼルは地面の上で転がる。そして、ぼちゃん、という大きな音を立てて庭の池に落ちた。



「直ちに引き上げろ!!」



 女帝の対応でリゼルは即座に救助される。ピクリともしていないが、致命傷には至っていないはず。


 リゼルは殺気の勢いこそ増したものの、スピードにさほど変化がなく、拍子抜けしてしまった。あのペンダントは元の実力も関係するのだろうか、警戒し過ぎてしまった。


 あっけない決着に、ユーシャの元へ仲間たちが集まってくる。



「手加減ってご存じでしょうか」


「ひゅー。年下にも容赦ねぇとかさっすがー」


「なんで剣しまったんですかぁっ!? 心臓とまりそうになったじゃないですかぁあっ!!」


「かわいそう」


「はいはい、うるさいうるさい。シダーはそれ何に対しての哀れみ……?」



 駆け寄って来るなり茶化すやら非難するやら。労いの欠片もなさにユーシャはため息を吐いた。


 なおもわめくアレクを無視していると、女帝も近付いてくる。リゼルは兵士たちが連れて行ったのか、すでに姿はなかった。



「ユーシャよ、やけにあの首飾りを警戒しておったが……」


「はい。あれは装着者の戦闘能力を高めながらも、殺意も強めてしまう魔道具のようです」


「ほう、戦闘能力を。殺意がコントロールできれば使えそうだな……」


「私も見せていただいてよろしいでしょうか。魔道具には多少の知見があります」



 女帝の目がキラリと光った気がした。アルテシアの申し出に、ぜひともとうなずく。


 ペンダントを回収するよう女帝が指示へ向かう間に、アルテシアがユーシャへ近づいた。



「少しよろしいでしょうか」


「どうしたの、アーティ」


「城下でリゼルが大人しく捕縛されたとは思えません。被害があったのなら、代わりに賠償しておいた方がよろしいのでは?」


「ああ、それもそうだね」



 お家のごたごたを全く関係のないヴァロア国で起こしたようなものだ。このままではアシュレイ家の名に傷がつく。アルテシアの言う通り、ここは身内がフォローしておくべきだろう。



「ウィステリア様、リゼルを捕らえた時に被害はございませんでしたか」


「露天の商品が散らばったくらいだな。我が兵に負傷はない。それがどうした?」


「その損害の埋め合わせ、私が代わりに致しましょう。リゼルは私のいとこです。アシュレイ家の者として責任を取らせていただきたく存じます」



 申し出ると、女帝は目を細めた。



「ほう……実は、あ奴の正体はすでに調べて知っておった。お主との関係もな」



 女帝がにやぁっと笑う。嫌な予感しかしない。



「お主、あ奴を〝いとこ〟と申したな。調べによると〝甥〟のはずだが、どういうことだ?」



 やってしまった。ユーシャは後悔するが、時は戻らない。色々と考え事をしていたせいで、関係がごっちゃになっていた。



「ええ、その通りです。リゼルとはそう歳が離れていませんので、つい間違えてしまいました」



 とっさに出たのはずいぶんと苦しい言い訳だった。焦りを顔に出さないように微笑む。当然ながら、女帝は納得のいった様子など見せない。


 しかし、これだけの失言からユーシャの正体を導き出すことなどできないはず。落ち着いて慎重にごまかしていけばきっと何とかなる。



「あの男のいとこと言うと、ユーシャ・アリアではないか」



 いきなり核心を突かれてしまった。


 ユーシャはポーカーフェイスが辛くなってきた。一人ではどうにもできないと思い、そっと仲間へ視線を送る。


 一番頼りになりそうなアーティは、自業自得だから自分でどうにかしろと目が語っている。


 ディンはユーシャの窮地を見て、それはそれは嬉しそうに笑っていた。 後で絶対に殴ると心に決める。


 シダーは土いじりをしていて話すら聞いていない様子。


 残るはアレクのみ。しかし、アレクが口を開いたら状況が悪化するような気しか……。



「な、な、何を言ってるんですか! ユーシャさんが王子様なわけないですよっ!!」



 二進も三進も行かないところまで進んでしまった。今や、女帝は満面の笑みだ。



「詳しく話を聞かせてもらうぞ、ユーシャ?」



 くはっ、と独特の笑い声が聞こえる。


 ユーシャはあまりの他人事さにディンを睨むが、その隣でアルテシアも肩を震わせていた。



「お手柔らかにお願いします、ウィステリア様」



 どうして今まで話さなかったか問い詰められると思うと頭が痛いが、観念するしかなかった。

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勇者だって人間だ 餅々寿甘 @kotobuki-amai

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