4ー6.こじれた血縁関係

 ヴァロア城の中庭はアリアのそれとは違い、華やかというよりは物静かで厳かだ。だが、とてもではないがその風景を楽しめる雰囲気ではない。


 ユーシャたちの前には魔物……はいなかったが、親の仇のようにユーシャを睨む男がいた。



「こやつが貴公をロゼリア教徒と騙った者だ。転移門使用時の身分確認ではリゼル・アシュレイと名乗っておったそうだ。面識はあるか?」


「あー、ないと言いたいところですが……」



 男は縄でしっかりと縛られ、両隣に兵がついているので動けない。それでも隙あらばユーシャを殺さんと機会をうかがっているようである。


 少しくすんだ金髪に緑っぽい青の目と、それだけで由緒ある魔導士の血筋だと推測できる金髪碧眼。常に眉根にしわが寄って拗ねているような顔つき。



「こんなとこで何をしているの、リゼル」


「貴様に話すことなどない!」



 それはユーシャ・アリアのもう一人のいとこだった。アーネストがアーシュの父方のいとこであるのに対し、リゼルは母方のいとこになる。


 実の祖父に養子入りした今のユーシャ・アシュレイにとっては、甥だ。二、三歳年下だったろうかとおぼろげに思い出す。


 血縁関係を考えて、ユーシャは自分でも頭がこんがらがりそうになった。


 向けられている敵意が痛い。思い返すと王子だった頃も嫌われていた気がするが、ろくに話したことがないのでそこまで毛嫌いされる理由はわからない。ただ、その頃は殺気なんて物騒なものまでは混ざっていなかった。



「ほう……何やら因縁でもあるようだな。折角だ、手合わせしろ。皆の者! 〝みんなの勇者様〟の対人戦が見られるぞ!!」



 ユーシャが考えていると、女帝が嬉々として言い放つ。その言葉にヴァロアの兵士たちが沸き立った。


 完全に図られた。この中庭、ちょうど決闘できる感じにセッティングされている。こうも盛り上げられては断りにくい。



「ウィステリア様、私に拒否権は……?」


「そんなものあるわけがなかろう!」


「ですよねー」



 念のため確認するが、逃げられそうにない。助けを求めようにも、仲間たちはすでに観客側にいる。これは女帝を介入させたことへの意趣返しかもしれない。ユーシャは渋々と前に出た。


 せめてもの抵抗に思いっ切りため息を吐き、剣を抜く。リゼルはすでに拘束は解かれ、武器も与えられていた。


 刀身が波打つ特徴的な剣を構え、リゼルは、ユーシャを睨み据えている。刀身は短いが、喰らったらかなり痛そうだ。


 ゆうゆうと観察している様子を隙有りと見たか、リゼルが切り掛かってきた。


 大上段からの切り下げ。中々のスピードだが、アーネストの突きには遠く及ばない。


 余裕で避けられるレベルとはいえ、女帝へのパフォーマンスであることも踏まえて受け止める。



「貴様の、せいで……!」



 リゼルは唸るように言うと、これまたそこそこのパワーで押してきた。


 ユーシャがアシュレイ家に養子入りしたことで、リゼルはアシュレイ領の第一後継者から外されている。その点は恨まれるのも当然だ。


 だが、わざわざ才能のある者を取り立てたことは、リゼルがアシュレイ領を守るには実力不足だったことも意味している。



「ごめん、なんのことか分からないや。君に興味なかったからね」



 あえてシラを切ると、更に力が強まる。そのタイミングを見計らって、ユーシャは後ろへ跳んだ。


 思いっ切り力を込めていたリゼルは、踏み出した勢いを殺せずに倒れ込む寸前でなんとか踏み止まった。



「〝みんなの勇者様〟は口でも攻撃するか」


「上っ面だけでついた異名ですから」


「ふむ、性格は関係ないとな。あっはっはっ」



 聞き捨てならない会話が、思いっ切り耳に飛び込んで来た。



「観客! うるさいですよ!!」



 女帝とアルテシアへ文句を言う最中、体制を立て直したリゼルが鬼の形相で剣を振りかぶった。



「貴様のせいで母様が倒れた! 勇者になった貴様が心配で夜も眠れず、食事ものどを通らずにっ……!!」



 ユーシャは勢いの乗った一撃をかわす。どうやら知らなかった方向で恨まれていたらしい。リゼルの母というと、リーディア・アシュレイだ。


 リーディアは大のリガル好きだ。その夫もリガルの伝記を書くくらいリガル好きだ。リゼルの名もリガルを真似ているほど、二人とも重度のリガル好きだ。


 そんなリガル好きがリガルに似ているユーシャを可愛がらないはずがなく、アシュレイ邸滞在時はそれはそれは話しかけられた。



「そもそも! 貴様が現れたせいで! 母様はまた僕を見てくれなくなった!!」


「え、何? リゼルってマザコン?」



 リゼルの眉根のシワが目に見えて深くなる。


 なぜ殺意が生じるほど恨まれているのか、理解した。リゼルは両親の度を超えたリガル好きの割を食っている。リゼルに向けられるべき愛が、リガルに向けられているから。


 そしてそれは、リガルの息子ユーシャ・アリアにも、リガルによく似たユーシャ・アシュレイにも当てはまる。


 理解した上での煽りは、かわいそうになるほど効果があった。



「いつもそうだ……そうやって何食わぬ顔で奪っていくんだっ……!!」



 横殴りに振られた剣を弾き、体制を崩した腹に蹴りを放つ。それは見事に直撃し、その身体が吹っ飛んだ。


 地面に落ちたリゼルが動かなくなる。



「蹴り、か。実用的で良いが、ああも相手を揺さ振りながらでは残酷なものよ」


「ほんと嘆かわしいよな。ああいう戦い方を教えたのはオレだが、アイツは嫌な方向に極めちまった」


「決闘において騎士の心が欠片もないとは、不憫なやつ……」



 女帝とディンが好き勝手話しているのが聞こえてくる。ディンはユーシャより酷い戦法をとるくせに、どの口が言うのだろうか。



「観客うるさい! そして余計なお世話です!!」



 ユーシャが剣を納めようとすると、リゼルが立ち上がる。思いのほか上手く受け身を取っていたらしい。



「貴様が……貴様がいなければぁあっ!」



 絶叫に近い雄叫びを上げると、リゼルが懐から何かを取り出した。


 青い石のついたペンダント。


 それはアーネストが暴走したものとよく似ていた。

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