4ー5.麗しき王

「待ちくたびれたぞ、〝みんなの勇者様〟とその仲間たちよ! 不法入国とはいえ我が国へよくぞ参った!!」



 わざとらしく異名で告げられた言葉。目の前の人物はニヤニヤと笑っている。


 ヴァロア兵に連れられてからというもの、ことはトントン拍子に運び、すぐさま女帝との謁見まで進んだ。


 道中、紅色の羽織姿なこの国の兵士に引率されていたユーシャたちには、城下町の人々好奇の視線が集まっていた。


 謁見の間には、精鋭を表す紅に金のラインが入った羽織を着た兵が複数控えている。


 ヴァロア国は魔法を使える者が生まれないが、その分武術を磨き上げ、武ノ国と呼ばれるまでにいたっている。


 精鋭にもなれば、魔法を使われようが、詠唱中に首を落とせば良いと思っている剛の者が多い。



「うむ。アリアの勇者に選ばれし者共は皆死に絶えるとの話だが、元気そうで何よりだ。もっとも、お主は殺しても死にそうにないがな!!」



 あっはっはっはっ、と豪快な笑い声を上げるのはヴァロアの女帝ウィステリア。夜闇のような真っ黒な髪に同じく真っ黒な瞳のその人は、紅に金の戦装束がよく似合っている。



「ウィステリア様こそ、お元気そうで何よりです」


「うむ。この国に訪れたなら妾に顔を見せよと言うておっただろう! よもや、素通りする気だったとは言うまいな?」



 女帝は笑ってはいるが、確実に怒る一歩手前だとうかがえる。とりあえずお世辞でも言っておこうと、ユーシャは外向きの笑顔を浮かべた。



「滅相もございません。この世で最も麗しき王にお会いする機を逃す愚か者がいるなど到底信じられませんね……それより、どういったご用件で私共をお呼びたてされたのでしょうか?」



 歯の浮くような世辞と、話題逸らしのコンボ。仲間たちのしらーっとした視線が突き刺さるが、素知らぬフリをして女帝の目を見つめる。


 女帝の鋭い眼光はかなり痛い。だが、笑みを浮かべつつ耐えていれば、女帝は目を逸らした。



「ごまかされている気がするが……まあ、良い」



 上手くお小言を回避できたことに、ユーシャは内心ガッツポーズする。



「用件と申したな。昨晩、城下にお主がロゼリア教の信者だと吹聴する者が現れおってな……ふっ、あははははっ」



 女帝は真剣な表情を装いつつもどこか面白がっている様子だったが、そこまで話してから何かがツボに入ったのか笑い出す。


 少ししてやっと落ち着き、女帝は話を再開した。



「お主の信者が怒り狂って捕らえてな、城に連れてきたのだよ」



 信者とはなんだろうか、信者とは。ユーシャはこそばゆさを覚えつつ、ツッコミを飲み込む。


 傭兵を始めた頃はヴァロアを拠点にしていた。いくら戦闘能力が高いとはいえ、魔物の大量発生などは魔法で殲滅したほうが早く、常に魔導士不足のこの国では魔法が使える傭兵は重宝される。


 女帝に知られるほど名は売れたのでいくらかファンがいるのはわかっていた。だが、信者というのはいささか大げさすぎて嫌味に感じる。



「後で会わせてやろう。お主らの見知った顔の可能性もあるからな」



 そう言うと、女帝はじーっとユーシャの顔を見てきた。

 


「勇者になった途端にそのような輩が現れるとはな。お主、このような事態を想定して我が国で名を売っていたとは言うまいな」



 全くもってその通りである。ユーシャは内心焦った。


 ヴァロア国で有名になり女帝と知り合えば、ロゼリア教や勇者を巡る問題への介入を誘発できる。その結果が、ロゼリア教徒のウワサを一蹴した上に犯人まで捕らえてもらえた現状だ。


 しかし、そんなことを馬鹿正直に認めたら、次は機嫌を損ねる程度では済まされないだろう。焦りを隠し、ユーシャはいかにも傷ついたような表情をつくった。



「とんでもございません。貴女様の心ないお言葉、この上なく心外です」 


「戯言を。その程度で傷つく心の持ち主とは思えん」



 これはどうあがいても怒られそうだ。ユーシャがあきらめた時、兵士が入室してきた。


 兵士は女帝のそばに行くと、何事かを耳打ちする。



「ふむ、準備が整ったのだな。勇者一行よ、中庭へご足労願いたい。催し物を用意しておいたのでな」



 にやぁっと怪し過ぎる笑みを浮かべると、女帝は先に出た兵を追い上げて去ってしまった。



「まったく、何が待っているのだか……」


「余興として魔物とでも戦わされるのかもしれませんね」


「アーティ、洒落にならないって」


 女帝なら本当にやりかねないから恐ろしい。ユーシャは溜息を吐くと、立ち上がって部屋を出た。

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