4ー4.教訓活かせず
食器洗いを終え、部屋に案内される。
仮面君は元々泊まっている部屋があるようで、ようやく気まずさから解放される喜びを隠せずにいそいそと去っていた。
部屋は二つ。シダーがいないので、ちょうど半分で数としては別れやすいが……。
絶対にディンと一緒がいいというアレクの視線と、絶対にアレクと一緒はいやだというディンの視線がユーシャに突き刺さる。
助けを求めてアーティを見ると、ため息を吐かれた。
「仕方ありませんね。アレク、私と一緒にこちらの部屋にしましょう」
「わかりました……あっ、見てくださいアルテシアさんっ! ふかふかのお布団がもう出てますよ!!」
「はいはい」
一瞬残念そうにしたアレクだったが、すぐにテンションが上がっている。アルテシアに感謝しつつ、ユーシャも部屋に入ろうとしたところで呼び止められた。
「ユーシャ、少しいいですか。あの変人仮面について思い出したことがありまして」
「ああ、どうしたの?」
変人仮面とは。そういう一つのキャラクターみたいだが、ほぼ罵倒だ。
「あのハルバードに見覚えがありました。あれは恐らく元勇者です。それも、一つ前の」
「一つ前の勇者だと、〝豪腕の戦鬼〟ルイス? 確か消息不明で死んだものと思われていたはず。でもどうしてここに……」
言いかけて気がつく。仮面君もといルイスは出会ったときに勇者は殺されると話していた。
忠告してきたのはルイスが殺されかけたからで、今一人なのはそのせいで仲間を失ったからかもしれない。
そこまで考えて、もう一つ気がついた。
「あれ? 確か一つ前の勇者一行って全員女性で話題になったんじゃ……あの乱暴な言葉遣いで、まさか仮面君じゃなくて仮面ちゃん……?」
ユーシャは半ば信じられないようにつぶやく。先入観は良くないというアーネストの件で得た教訓を活かすには、少々難易度が高かった。
驚きがひかないまま、ユーシャは身の回りと明日の準備を整え、横になる。
シダーの話も驚きの連続だったが、今日一番はまちがいなくルイスの正体だ。仮面をしているのに感情だだ漏れな一挙一動を思い出し、ユーシャは微笑みながら眠りについた。
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深夜、不意に目が覚める。
「ぅ、ぐっ……あ、がぁあああああっ!」
隣で寝ていたディンが、激しくうなされている。顔は苦しそうに歪み、荒い息を繰り返しながら首を押さえていた。
「ディン、起きて。ディン!」
声をかけるが、反応はない。こうなるとディンは中々目を覚まさない。
ユーシャは詠唱し、水の鞭を出す。
「〝降り注げ〟」
ディンだけに当たるよう意識を集中し、その顔に水をかけた。魔法の水は床に染み込むこともなく、消えていく。
「……っ!! ……わりぃ、助かった」
流石に効果があったようで飛び起きると、まだ落ち着かない様子で礼を述べる。
ディンは夢見が悪い。こうしてうなされていることはよくあった。
手にだいぶ力が入っていたようで、首に指のあとがついている。回復魔法で癒すと、ディンはマフラーを巻いて立ち上がった。
「ちょっと外の空気吸ってくるわ」
そう言って出て行くディンからは拒絶の意志が感じられ、いくら疲弊した様子が心配でも声はかけられなかった。
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なんだろう、外が騒がしい。
差し込んだ光に目を覚ますと、耳に入ってきた喧騒。ユーシャは身体を起こして背筋を伸ばした。
昨日あれからいつ寝たのかはっきりと覚えていない。隣の布団を見ると、ディンはいなかった。
「おはようございます。騒がしいですね」
「おはよう、アーティ。何かあったの?」
様子を見るにしても、寝起き姿では出られない。朝の準備をしている途中、すでに身なりを整えたアルテシアが隣の部屋から来た。
「この宿に兵士が押し寄せてるぜ。ユーシャをお探しらしい」
声が聞こえたと思えば、どこから登ったのやらディンが天井から現れ、ストンと着地する。
いや、普通に入って来いよ。そうツッコミかけるが、ユーシャは気にしたら負けだと思い直してやめる。
「どこで入国がバレたかなぁ」
「門兵の口封じが甘かったのはないでしょうか。やはりしっかり脅しておくべきでしたね」
「そうだね……いや、後半は違うけど」
どうしたものかとユーシャは考えようとして、突然スパーンッと音を立てて開いたふすまに意識を取られた。
「だから勇者辞めろって言ったじゃねーか! ほら見ろ、お前たちも身に覚えのない罪で捕まるぞ!!」
元気に登場したルイスは、髪の毛が見事に爆発していても仮面はしっかり装着している。その話は、まさに自分が勇者だった時に嵌められた経験の話なのだろう。
「昨日はすげー自信だったからなんかあんのかと思ったけど、やっぱりダメなんじゃねーか」
「いや、まだ捕まるとは決まってないからね?」
「仕方ねーな。ここは俺が兵士を食い止めてやるから、逃げろよお前ら。勇者の役に立つなら本望だ」
「勝手に話を進めないでいただけませんか。それに、頼んでもいない手助けは極めて迷惑です。自己犠牲に酔うのは構いませんが、私たちに関係のないところでやって下さい」
ユーシャは呆れ気味でもまだ優しく訂正したが、アルテシアは容赦がない。冷え冷えとした笑みをくらい、ルイスは口をパクパクさせて黙った。
「さて。入国がバレたのは間違いありませんが、迎えがここまで早いのは何かあったのかもしれませんね」
「どうだろうね。でも、入国しておいて挨拶しないなんて気に食わないとかだけでもすぐに呼びつけかねないよ、あの方は。まあ、いずれにせよ兵士に話をつけに行くとしますか」
アレクはまだ寝ているのだろう。それに、シダーやアリシャにも声をかけねばならない。
話しながら身支度を進めていたユーシャが剣を身につけ部屋を出ようとしたところで、ルイスがもそもそと話しているのが聞こえた。
「なんだよそれ……ヴァロア王と顔見知りみたいじゃねーか」
「みたい、じゃなくてそうだよ。女帝、ウィステリア・ヴァロアからは覚えがいいんだよね」
「は?」
やはり仮面があってもルイスはわかりやすい。口をポカンと大きく開けたルイスを置いて、アレクを叩き起こし、外に出る。
ユーシャたちの居場所を問われてもシラを切り続けてくれていたアリシャに事情を告げ、ヴァロア兵から登城要請で迎えにきたと聞く。
「ありがとうございました、アリシャさん。また戻ってきたら泊まらせて下さい」
「ええ、もちろんよ。ちょっとシダー! 陛下にお会いできる機会なんてそうないわよ。連れて行ってもらいなさいな!」
「ん。行く」
「いや、そんな観光気分じゃ……まあ、いいか」
ちょうど外に出てきたシダーをアリシャが急かす。ここでお別れと思っていたが、女帝に顔を覚えてもらって悪いことはない。
シンシアは寝坊助なのかこの騒ぎでもまだ出てきていない。アリシャにもう一度礼を言い、ユーシャたちは兵士に従って王都へと向かった。
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