4ー3.二人の望み
「シダーは私の息子じゃないの。五年ほど前に行き倒れてたところを助けたのよ」
「ああ、だから……」
黒髪が一緒でも、シダーの顔立ちはアリシャとシンシアに似たところがない。
「シダーは俺たちについてきた理由も予言だから、ってくらいしか答えないんですよ。その予言もなんのことやらですし」
「あらまあ。ダメじゃないシダー、お友達にちゃんと事情を話さないなんて」
「正直、シダーとはここで別れようかと思っています。意図がわからない相手に背中は預けにくいので」
「あらやだ。代わりに説明しようかと思ったけど黙ってようかしら」
アリシャが現金なほどに手のひらをくるくるしている。
旅の道中、シダーはずっと協力的だった。指示には従ってくれるし、リベア国でしっかり小瓶を回収しアルテシアが助かったのも感謝している。
しかし、シダーはあまりにも無口と無表情がすぎた。感情が読めず、意図がわからないのは仲間としては怖い。
初めてここで別れる話を出したが、シダーは相変わらず何も言わない。
「だめっ! シダにぃはユーシャお兄ちゃんたちについて行くの!!」
立ち上がって声を張り上げたシンシアに注目が集まる。恥ずかしさで真っ赤になりそうなところだが、今はそれ以上に興奮しているようだ。
「シダにぃ、お兄ちゃんたちといて笑ってたの……笑ってたんだよ!」
「あー、たまに震えてるときあるよね」
「ちがうの! にぃーってしてたの!!」
「にぃー……? 表情変わるの見たことないよ?」
ディンやアルテシア、アレクを見ても、同意するようにうなずいている。興奮しすぎていて、シンシアの話は分からない。
「こら。ユーシャさんたち困ってるでしょう? ごめんなさいね。この子、また未来の話してるみたいで」
「シンシアはシダにぃとずっと一緒にいれたらうれしいよ。でも、シダにぃが笑えるようになって帰ってきてくれたら、もっとうれしいの」
シンシアが落ち着きを取り戻しはじめ、声が段々と小さくなっていった。
「シダーって、そんなに表情に出なくなったきっかけとかあるの?」
「知らない」
「ええ……?」
「行き倒れていた時より前の記憶がないのよ。なんでアヤカシの森で倒れていたのか、私たちも知りたいくらいなんだから」
言葉が足りなすぎるシダーに、アリシャさんのフォローが入る。
「アヤカシの森で倒れてた? よく見つかりましたね」
「シンシアが夢に見たの。森に人が倒れてるって」
「そうそう、それからシンシアったらシダーの未来ばかり見るようになっちゃって。昔は干ばつとか魔物の大量発生とか、危険な未来がよく見えたから預言者様なんて言われてたのにね」
「お、お母さんっ!!」
「ああ、それで色ボケ預言者様な」
開けっぴろげに話すアリシャをシンシアが責める。空気を読まないディンの追撃に、シンシアは今にも泣きそうだ。
今までシダーが語らなかったばかりに、アリシャとシンシアから得られる情報が多すぎる。聞いた内容を整理しながら、ユーシャはまだわからないことに思い当たった。
「どうしてアリアの闘技大会に参加したの?」
勇者一行に加わる原因となったそれへの参加理由だ。
「シンシアの夢」
「え? ああ、それもシンシアちゃんが夢で見たからってことね」
「あら、ユーシャ君すごいわねぇ。シダーの省略会話を理解しちゃうなんて」
「ははっ、慣れてきちゃったんでしょうね」
シダーはこくりとうなずく。
シンシアがシダーに表情筋の動きを取り戻してほしいように、シダーもシンシアのその望みを叶えてあげたいのだろう。
なかなかすごい覚悟だ。義理の妹のためだけにその予知に従い、必要とあらば一国の王にまで逆らったのだから。
「こうなると、なおさらシダーは連れていけない気がするね」
こんなに愛してくれる人がいるのに、危険な旅に同行させるのはいかがなものか。
ヴァロア国は国民に魔導士がいないために、ロゼリア教が流行っていない。また、アリア王が下手に手を出せば国際問題に発展する可能性もある。このまま一緒に旅するよりはよほど安全だろう。
「シンシアが幸せなら、それでいい」
シダーは彼にしては長い言葉をつぶやくと、ごちそうさまと手を合わせて立ち去ってしまった。
「シダー! 自分が使った茶碗くらい下げなさい!!」
「僕が一緒に片付けますよ!」
「あらあら、アレク君はちっちゃいのに偉いわねぇ」
「ち、ちっちゃ……」
アレクがとても傷付いた表情をしながら茶碗を下げる。自分の部屋にでも行ったのか、シダーは戻って来ない。
シンシアが幸せならと言ったが、それでは置いていかれても良いのかついてきたいのかわからなかった。いくら慣れてきたとはいえ、つくづくシダーは仮面のように無表情で感情も考えも読めない。
実際に仮面装着してる仮面君のほうがよほどわかりやすいなんて、いっそ笑えてくる。
現にずっと話に入れなかった仮面君は、口をキュッと引き結んで居心地の悪さに耐えているのがわかる。それでも律儀に茶碗を下げるあたり、そう悪い人には見えなかった。
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