4ー2.夢見る少女

「シダにぃーっ! お帰りーっ!!」


 ふと、女の子の声が聞こえる。両サイドの真っ黒な三つ編みを揺らしながら、少女が駆けてくる。


 シダーが実家の話をしたときに言っていた妹だろう。十歳前後のその子は目当ての人物に飛びつこうとして自分の服の裾を踏み、凄まじい勢いですっ転んだ。



「シンシア!」


「わわっ、大丈夫ですかぁっ!?」



 シダーが駆け寄って助け起こすと、余程恥ずかしかったのか顔が真っ赤に染まっている。兄の帰省を喜ぶ妹。見ていて微笑ましい限りだが、少しの違和感が生じた。


 まだ門を通ったばかりだ。門兵から伝わるにしては、出迎えが早すぎる。



「手紙を出していたの、シダー?」



 シンシアの擦りむいたひじを魔法で癒しながら問うが、シダーは首を振る。


 手紙が違うとなると、一体どういうことだろうか。考えようにも、周りをうろちょろするアレクがうっとうしい。ディンが転んだときに脱げた靴を拾ってあげていた。



「ありがとう、ユーシャさん! アレクさんも心配してくれてありがとう! それから、ディンさんも!」


「どういたしまして」



 赤みのひいた顔に満面の笑みを浮かべるシンシアはかわいらしく、とてもこの無愛想変人の妹とは思えない。


 微笑ましく思ってから、ユーシャは気がついた。



「ディン、名前教えてないよね」


「教えてねぇな」


 ユーシャたちは元より有名な上、勇者になってさらに名前が広まっていることはわかる。だが、ディンの名は露出していない。



「〝夢見ゆめみ〟だから」



 それだけで察しろよと言わんばかりにシダーが話す。いつものことながら言葉が足りない。

 〝夢見〟は眠っているときに夢のような形で未来を見るという力を持つ者を指す。ひとえに夢見と言っても見えるものの傾向は人それぞれらしい。


 その力は重宝されることよりも気味悪がられたり、嫌悪の対象にされることが多い。嫌な未来への否定感情や未来を知る力への畏怖が、夢見へと向けられてしまっていた。


 未来を語った子供を親が絞め殺した。夢見の力が露見した者を魔物と罵って火炙りの刑に処した。などなど、おぞましい話が残されている。


 力を発現する条件が判明されておらず、過去の排斥もあってその数はとても少ない。



「シンシアちゃんは今日この時間に俺たちがここに来るのを見たんだね」


「うん! 夢の中では転んでなかったのになぁ」



 そう言ってシンシアは嘆息するが、夢見でそこまで分かるとなると中々の精度と才能だ。



「ね、早く行こ? お母さんが待ってるよ!」


「ああ」


 シンシアがシダーの腕を引いて走り出す。シダーはいつも通り無表情だったが、なんだか嬉しいオーラが見える気がした。


 すれ違う人たちが手をつなぐ二人を微笑ましそうに見て、あいさつする。



「よっ、色ボケ預言者様は今回もお兄ちゃん予報的中だなあ」


「な、なんてこと言うんですかおじさんっ!!」



 かけられた言葉を、シンシアが真っ赤になって否定する。その言葉の意味が気になったが、シンシアの顔はかわいそうなくらい赤く、とても聞ける雰囲気ではなかった。











 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎












「お、俺は結構だ。いや! マジで! お構いなくっ!!」


「ご飯、まだでしょう? いつも魔物を退治してくれるお礼もしたいわ。一緒に食べましょう。ほら、早く!」


「お前の母ちゃん強いな」


「ん。アリシャさん最強」



 ディンの言葉に何度もシダーはうなずく。


 あれから少し歩き、ユーシャたちはシダー宅に着いた。すると、出迎えに立っていたシダーの母、アリシャが相変わらず尾行を続けていた仮面君を目敏く見つけてしまった。


 仮面君は逃げようにも叶わず。結局根負けして引きずり込まれたものの、肩身が狭そうに小さくなっている。


 シダーの家はアリシャとシンシアが二人で切り盛りする、傭兵向けの宿屋だった。ユーシャはヴァロアにも拠点があったため利用したことがなかったが、料理が美味しいと評判の宿屋らしい。


 仮面君もあんな見た目でいて傭兵なそうで、少し前からこの宿に滞在していたという。ユーシャたちを待ち伏せていたのは、前に夢見の内容を話したからだろう。そんな経緯を道中でシンシアから聞いた。



「ふふっ、あのシダーにこんなにお友達ができるなんてねぇ。腕によりをかけた甲斐があったわ!」



 ニコニコと微笑むアリシャ、そして大量のヴァロア料理。綺麗に整えられた天ぷらとか、色とりどりの煮物が並んでいる。そんなおもてなしがとてもありがたい分、困ったことが一つ。



「この箸ってのが使いこなせないんだよね……」


「ユーシャ君もフォーク使う?」


「いえ、もう少し頑張ってみます」



 以前傭兵の仕事でヴァロアに滞在していたときに教わった持ち方で構え、野草のテンプラを何とか掴む。手がかなり震えるが、何とか小皿にまで運び、緑色の粉に付けて口に入れる。ハシ使いに神経がすり減って、せっかくの料理も味がよくわからなかった。


 ふと、他の皆はどうしているのか気になってユーシャは周りを見る。


 シダーは流石と言うべきか、自然な動作で黙々と食べていた。



「アリシャさん! これすっごくおいしいです!!」


「ふふっ、それは良かったわ。あら、アルテシア君はハシ持ちが上手いのね」


「以前この国に来た時に教わりましたので」



 アレクがフォーク使っているということは、先程のアリシャさんの〝も〟はアレクだったようだ。そして、アルテシアは天才過ぎて怖い。



「ちょっと、ディン。食べ方汚いよ」


「ああ? 食えれば良いだろ」



 そう言いながら、ディンが煮込まれたイモに箸を刺して口に運ぶ。持ち方が明らかに無作法だった。

 その隣の仮面君もディンと大差がない。一体どうやったら目元の仮面にゴハンの粒が付くのだろうか。



「すみません、アリシャさん。やっぱりフォークお願いします」



 あまりに時間がかかり過ぎるため、結局フォークを使って目の前の料理をあらかた腹におさめた時だった。



「本当はシダーが家に残ってシンシアと結ばれてくれれば嬉しいんだけどねぇ」



 シダーと仮面君は終始無言のまま、それぞれが話していた時だった。アリシャの言葉に場が一瞬で静まる。


 ユーシャたちが言葉を失うなか、顔を真っ赤にしたシンシアが怒鳴る。



「お、お母さん!! 何言ってるのよぉおっ!」


「んー? だって、昔はいつも大きくなったらお兄ちゃんと結婚するって言――」


「きゃぁああっ! やめてぇえっ!!」



 シンシアが首まで真っ赤にして、泣きそうになっていた。



「ヴァロアでは兄妹の婚姻が認められているのでしょうか?」


「あら! シダーったら話していなかったの!?」


 アリシャはアルテシアの当然の疑問に、驚きの声を上げた。

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