グラス・ヴィジョン

高梨來

グラス・ヴィジョン

「……千都さん?」

「ああ、ごめんなさい。眩しかったわね」

 読書灯の灯りを消そうと伸ばす手のひらへ、包み込むようにそっと触れながら私は答える。

「どうしたの、それ」

 なだらかなカーブを描く桜色の爪に触れたまま、私の視線は見慣れないべっこうのセルフレームへと釘付けになる


 少しつり目のアーモンド型のひとえまぶたの瞳を覆い隠すオーバル型のフレームの奥で、わずかにぐにゃりと見慣れたはずの輪郭がゆがむ。

 ああ、そりゃそうよね。家の中で、それも眠る前に伊達眼鏡だなんて、千都さんがいくらおしゃれだからって斜め上にもほどがあるわ。

「千都さん昔から目だけはいいって自慢してたでしょ。いつのまに? ていうかなんで見せてくれなかったの? かわいいのに」

「由真……」

 やれやれ、とでも言いたげな表情を貼り付けて、癖のついた髪をかきあげながら千都さんは答える。

「寝てたんじゃなかったの? 油断も隙もない子ね」

「答えになってないんですけど」

 むくれて見せながら頬にかかった髪をなぞる私に、返される答えはこうだ。

「寄る年波って言葉知ってるわよね?」

「まあ勿論」

 大袈裟なため息と共に、投げかけられるのはこんな返答だ。

「しばらく前からね、かけてないと細かい字が読めないの」

 ローガンよ、ローガン。

 忌々しげに答えながら、俯いた顎の下ではらりと艶やかな黒髪が揺れる。少しパサついた滑らかなその束の中できらりと光るプラチナシルバーは室内灯の暖色の光を鈍く跳ね返す。

「あんたには見つからないようにって思ってたのに」

「なんで?」

 真顔で詰め寄るようにしながら、私は続ける。

「可愛いのに」

「だからそういう」

 ムキになる姿を前に、ひょい、とべっこうのフレームへと指先を伸ばす。途端に現れるのは、いつも見慣れたフレームに遮られない姿。

「由真」

 ムキになったようにかけられる言葉を前に、強気に笑いながら私は言う

「邪魔でしょ、だって」

 ひょい、と手にした眼鏡を高く掲げると、目を開けたまま啄むみたいなキスを落とす。

「……あんたねえ」

「内緒にしてたお仕置き。これでチャラね?」

 にっこりと笑いながら、私は続ける。

「でもそういうところも好き。千都さんの意地っ張り」

 目が霞んだって、髪に白いものが増えたって、皺が深くなったって。ありのまま年輪を重ねてますます美しくなっていくあなたを愛してるのに。

「眼鏡の千都さんなんてますます好きになっちゃうに決まってるでしょ。まさかそれで隠してたの? 意地悪だなぁもう」

「だからそういうのが」

「愛してくれてるんでしょう?」

「……わかってるじゃない」

 笑いながら、今度は自分から首筋に手をかけるようにして引き寄せられる。

「もう許さない、責任取ってもらうわよ。知らないからね?」

「やだあ、千都さんってば元気ぃ」

「伊達にあんたより一回り以上生きてないのよ」


 くすくすと笑い合いながら、しきりに何度も重ね合う口づけはやがてどんどん深くなる。

 それに答えるように、滑らかに肌の上をたどる指先は次第に柔らかに沈み合うようにしたまま、波打つシーツの上であらたな航海へと旅立つ準備を始める。



 私の恋人は私よりも一回りと少し年上で、うんとおしゃれで、とても頭が良くて、とびっきりチャーミングで。

 ――そしてちょっぴり見栄っ張りで、誰よりも可愛い。

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グラス・ヴィジョン 高梨來 @raixxx_3am

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