八 そして伝説へ

  八 そして伝説へ


 その日の昼休み、ノッポは校舎の屋上で黄昏れていた。屋上の縁に張り巡らされた金網に手をかけ、青ずんだ空を漠然と眺めている。

 さよちゃんの死からすでに二日が経っていた。昨日のお通夜には参列させてもらったが、今日は平日の月曜日ということもあって、親族でもないノッポが葬式に出席することはできなかった。もう正午を過ぎたから、さよちゃんは今ごろ荼毘に付されて、空と雲に溶け込んでいるのだろうか。

「はあっ」

 ため息が白い息となって零れた。そのとき、ノッポの後ろからツンデレの声がした。

「いつまでこんなところにいるつもりよ。寒いじゃない」

 ノッポはもう一度ため息をついて振り返った。栗色のおかっぱ頭にブレザー姿のツンデレがそこにいる。他には誰もいない。

 ツンデレはスカートが短く、タイツも穿いていなかった。そんな格好で寒気も極まるこの時期に、強風がまともに吹きつけてくる屋上に出てくれば、それは寒いだろう。ノッポも普段なら屋上になど近づかなかっただろうが、今日ばかりは違った。風に吹かれたかったのか、さよちゃんのいる空に近づきたかったのか。

「なんとか云いなさいよ」

 ツンデレがノッポの向こう臑を軽く蹴ってきた。ノッポは苦笑して口を切った。

「寒いんなら、先に教室に行っとればええがな」

「相方が落ち込んでるのに一人でお昼ご飯なんてのは、さすがに薄情じゃない?」

「お笑いコンビは継続中か?」

 ノッポが笑いを含んだ声で尋ねると、ツンデレは心外そうに指摘してきた。

「あんただってまだ関西弁喋ってるじゃない」

「まあ、そうなんやけどな」

 ノッポは三度目のため息をつき、うっそりと云った。

「俺、あれでよかったんやろか」

「よかったのよ」

 さよちゃんのパパもママも、ノッポたちを責めはしなかった。むしろ「さよは楽しんでいたのだから」とノッポを慰めてくれた。

 だがノッポは思うのだ。

「俺がアホなことせんかったら、さよちゃん病気治って長生きしたんちゃうやろか」

「馬鹿ね。あの子はあれが寿命だったのよ。あんたは最後にいい思い出を持たせてあげたの」

 だがノッポは顔を横向け、ツンデレからも目を逸らして、憂色の濃い眼差しを虚空にさまよわせた。ツンデレはしばらくそんなノッポの様子を窺っていたが、やがて「仕方ないわね」と口のなかで小さく呟き、ノッポに手を伸ばした。

「ちょっと顔、そのまま動かさないで」

「なんや、また閃光魔術か?」

 ノッポは顔を横向けたまま、片目でツンデレを見た。ツンデレはノッポに身を寄せると、その両肩に手をかけ、うんと背伸びをした。

 ちゅっ、という音が聞こえた。

 同時に頬に熱く柔らかいものが押し当てられたのを感じて、ノッポはたちまち湯だったように顔を真っ赧にした。

「お、おまえ」

「元気出た?」

 踵を地面につけたツンデレは、少し恥ずかしそうな上目遣いでノッポに尋ねてきた。ノッポは心臓の鼓動が高まるのを感じ、生唾を呑み込んだ。ツンデレのノッポを見上げる瞳は、これまでにない熱情の色を帯びている。

 ――あれ? これもしかして、ええ雰囲気ちゃうん?

「ツンデレ……」

「な、なによ」

 ツンデレの頬が紅潮しているのを見て、いけると確信を持ったノッポは、思い切ってツンデレを抱き寄せようと、その華奢な背中に手を回した。

 その直前!

「ここにいたのね!」

 屋上と階段を隔てる重たげな鉄扉が勢いよく開かれ、お嬢と黒江が姿を見せた。

「うわあっ!」

 それはノッポとツンデレ、どちらの口から放たれた叫びだったろう。ノッポはツンデレの背中に回そうとした腕を大きく開き、大の字になって金網に貼り付いた。ツンデレは三メートルも後ろに跳んでいる。

「ななななな」

 ノッポはだんだんと冷静に頭が回り出すのを感じながら、屋上に入ってきたお嬢と黒江に向き直って叫ぶ。

「なんやねん、急に!」

「あんたなにしに来たのよ!」と、ツンデレ。

 お嬢はそんな二人を交互に見つめると、ノッポの前まできて不遜な笑みを浮かべた。

「勝ち逃げなんて許さなくてよ」

「お嬢様は蛇のように執念深いですからねえ」

 そう発言した黒江にきつい眼差しを据えたお嬢は、手にしていたものを高々と振り上げた。

「おだまり!」

 スパコォン、と楽しげな音がする。それはまさしくハリセンの音だった。

 お嬢が振るった光り輝くように白いハリセンを見て、ノッポとツンデレは揃って目を丸くする。先に口を開いたのはノッポだった。

「それを持っとるっちゅうことは、お嬢、まさか……」

 ノッポの声は震えていた。いやな予感がする。

 果たしてその予感を裏打ちするように、お嬢はハリセンをノッポに突きつけながら高らかに云った。

「再戦を申し込むわ」

「再戦って」

 そう鸚鵡返しに呟いたツンデレにも軽く眼差しを据え、お嬢はハリセンを持っているのとは逆の手で一枚のチラシをノッポたちに突きつけてきた。

「これに出るのよ」

 そのチラシに顔を近づけたツンデレが、チラシの文面を口に出して読み上げていく。

「東京お笑い大会。優勝者には――」

 ここで一瞬息を呑んだツンデレの声が高まった。

「新潟魚沼産コシヒカリ一年分!」

 ツンデレは勢いよくノッポに顔を振り向けた。その勝ち気な瞳がいつにもまして強烈な光りを放っている。

「やるわよ、ノッポ!」

「待てや!」

 ノッポは足で屋上のアスファルトを思い切り踏むと、ツンデレに食ってかかった。

「すっかり忘れとったけど、俺はまだ約束のもん、もろとれへんで!」

「ああ、おっぱい? 揉ませてあげてもいいけど、これに優勝したらもっとすごいことさせてあげるわよ?」

「もっとすごいことって、なんや?」

「耳貸して」

 ノッポはツンデレの背丈に合わせて上半身を横に曲げた。ツンデレが背伸びしてノッポの耳に囁いてくる。

「ごにょごにょ」

 話を聞いているうちに、ノッポは興奮に目を見開き、息遣いを浅間にし、だんだんと血の巡りが活発になっていくのを感じていた。

「生……乳……乳首……ぱふ、ぱふ……」

 そしてついに、煩悩が沸点を超える。

「よっしゃあ! やったるわ! お笑いコンビ『ノッポとツンデレ』続行や!」

 ノッポは高らかに宣言し、拳で男らしく天をついた。その隣でツンデレが顔を輝かせる。

「決まりね。これであんたの人生、オッパラペッポーよ!」

「なんやて!」

 閃光魔術が炸裂した!

                                     (了)


▼あとがき

 本作は私が二〇一〇年に書いたものです。「人を泣かせるのは簡単だが笑わせるのは難しい」という話を聞き、「難しいなら笑いを題材にしたものにチャレンジしてやろう」という気持ちで書き始めたのを憶えています。

 その後、暴力ヒロインになりがちなツンデレにツッコミという役割を振ってみたり、小説でツッコミ動作をわかりやすく表現するために閃光魔術に集約してみたり、笑って死ねたら笑いとしては最上級だろうと考えてさよちゃんをああいうことにしてみたりと、自分なりに色々工夫を凝らしたのですが、新人賞には通用しませんでした(一次通過が何度か、二次通過が一回だけですね)。

 やはり漫才は難しかったです。

 でもせっかく書きましたし、前作の『バーチャルレーシング、オンライン・フォーミュラ!』の完結から一年空いているので、二〇一七年中になにかネットで発表したいと思い、こうして公開させていただきました。

 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


 二〇一七年十二月二十四日 太陽ひかる

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オッパラペッポー 太陽ひかる @SunLightNovel

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