さいごはきっとクリスマス

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

Merry,Xmas!

「みなさんこんばんは。聖なる夜となった2017年の12月25日。本日はクリスマスですね。今年はあいにくの月曜日。仕事終わり、まだまだ仕事だよって人も多いんじゃないかな。お疲れ様です。昨日にパーティを終わらせてしまった人も、これから楽しもうって人も。ラジオの前のあなたに、今日はクリスマスソング特集で流していきますよ。メッセージもお待ちしております。今日はどう過ごしているのか。みなさん教えてください。あて先は――」



「すみません。注文いいですか?」

「はい。少々お待ちください」



 雪が一向に止む気配のない札幌のファーストフード店にやってきたのはカップル一組。腕をがっちり組み、その口元は互いに違うことを期待しながら緩みっぱなしだ。彼らは――彼女らと言わなかったのはその女が大して可愛くもなく、男の方がイケメンすぎて鼻についたからである――当然のごとくチキンを注文した。全部で三十本。パーティでもやるのだろうか。ハンバーガーをメインに売っている店とは思えないチキンの売り行きに彼らも加担したのである。レジが押ささると――押ささるって北海道弁らしい。この間初めて知った――愉快な音が店内に鳴り響き、表示された画面を見て裏担当がここ数日酷使され、何度油を入れ替えたか分からない油に放り込み、タイマーを押す。


「ありがとうございました」


 彼も注文票の画面を確認し、ドリンクの注文が一切ないことを認めると、山のように積み重なった昼から続く洗い物を再開した。裏で忙しく商品を作り続けている彼女を少し気にしながら、ラジオの音が耳に入る。店内に流れていたラジオはちょうど一曲目の「ラストクリスマス」が流れ終わったころだった。わけのわからない女優のカバーではなく、本家を流すあたりセンスがいいな、と彼は思った。


 その曲をタクシーで聞いていたサラリーマンの彼はこう言った。


「これは積もるなぁ」

「お客さん真駒内ですか?」

「ええと、簾舞です。これは明日の朝大変だな。雪かきしないとドアが開かなくなる」

「そうですね、今日は積もるかもしれないですね」


 車はちょうど大通公園のイルミネーションに差し掛かったところで、窓から見えるのは観光客とカップルと外国人と騒ぎ損ねている大学生たち。手元にハンバーガーチェーン店で購入したチキンとケーキがあることを確認したサラリーマンの彼は、懐かしい音楽が聞こえてきたところでひと眠りすることにした。曲はビートルズの「Love is all you need」だった。


「オールユーニーズラーブ。テッテテレテー」


 調子はずれながらも可愛らしくテレビのコマーシャルで流れているビートルズを歌うのは六歳の息子だ。九歳の息子はサンタから貰った今年発売の携帯ゲーム機に夢中である。夕食を作る二児の母である彼女は昨晩子供が残したチキンをアレンジして簡単に料理できるというとある料理の先生――テレビの夕方にいつも登場し、奥様ここでもう一品と紹介する番組の料理の人という認識で彼女はいる――のメニューを参考に今夜の夕飯を作っていた。ふと思い出したように母親は父親に「ケーキは買ってきてくれた?」とメッセージを送る。彼女は返信が来るまでの間にもう一品作ろうと、冷蔵庫を開けて材料を取り出した。今日はキリストの誕生日だそうだが、同時に今日で六歳の誕生日を迎える息子の誕生日でもあるのだ。ビートルズは完全に父の影響である。


「ラーブ、ラーブ、ラーブ」

「……なにがラブだよチキショウ。いい話じゃねえかチキショウ。いいな羨ましいな」


 涙を必死にティッシュで拭っている彼はこの週末を利用してクリスマスをテーマにした映画を片っ端から見ていた大学生である。今年度の授業は既に終わり、彼女という幻想に抱かれて死んでいった昨年を思い出さぬように今年は映画に没頭したのだが、愛の国であるアメリカ映画は彼にとって逆効果であった。ラブ・アクチュアリーで泣き崩れた彼は、そういえば映画ばかりで何も食べていないことに気が付いた。近くのファーストフードでいいかと、彼は耳にイヤホンを差してことを羽織って飛び出した。


「……うわ、降ってる」


 雪は無風状態の夜の空気を壊さないように、音を立てないようにそっと振り注いでいた。ラジオではビートルズが終わり、ちょうどメインキャスターがお便りを読みあげるところだった。


「それではここでお便りをご紹介したいと思います。札幌市二十二歳。ラジオネーム『ファーストフードから片想い』さん。ありがとうございます。『こんばんは』こんばんはー。『いつも楽しく聞かせていただいています。私は今日、アルバイトです。ハンバーガーチェーンに務めているのですが、注文はチキンばかり。この時期は毎年大変です。店内に流れているラジオを楽しみに頑張っております。今ようやく休憩を貰ったので、お便りいたしました。最後まで頑張ります』といただきました。そうですか、お仕事お疲れ様です。いやー、月曜日のクリスマスは大変ですね。もうね、私も最後までね、頑張りますのでね、お仕事頑張ってくださいね。この方のペンネームが片想いということで、何が込められているのかというのも、老婆心ながらですが気になってしまいますね。『片想いさん』またお便り送ってください。札幌はますます雪が強まってきていますから、帰りは気を付けてくださいね。それでは『片想いさん』からリクエストをいただいていますので、お掛けしますね。BZで『いつかのメリークリスマス』です」


 店内には来店の軽快な音が流れる。やってきたのは若い男性が一人。休憩を終えたばかりの彼は接客の対応をした。注文を打ち込み、作り始めたのは店長だ。彼女はつい先ほど帰っていった。無論、約束があるとのことだ。俺は彼女のために自らの労働時間を伸ばしたのだ。幸せを祈ってなどという、決して報われることのない俺の行動は一般用語では若気の至りというのだろうか。こうも下らないことばかり考えている時点で、諦める言い訳を探しているに過ぎないのは自分でわかっている。だからこそそんな自分に浸ってぬるくなるのだ。

 

 若い男性にテイクアウトの商品を渡したころに俺のリクエスト曲は終わり、宇多田ヒカルの「HEARTSTATION」が流れ始める。もうただの冬曲集だ。

 

 懐かしい曲を耳に流しながらハンバーガとチキンを提げて彼は帰路に着いた。食事をしながら見る映画をどれにしようかと、今度はネットで検索し始めた。

 

 タクシーのサラリーマンは家の前に着き、運転手に起こされた。彼は何か曲が流れている程度に思っただけで清算をした。家には今日誕生日の息子が待っている。クリスマスと誕生日を別に祝うのが我が家の習慣で、最高に幸せな二日間だ。

 

 大量のチキンを手にしたカップルは目的の場所に着と、大勢の人に迎えられた。しかし彼ら彼女らのことを彼は知らない。彼と腕をがっちり組んでいるこの女性のことも知らない。すべてはクリスマスを楽しむためのとある企業のビジネスパックを購入したものだった。スマートフォンから投稿された画像は誰もかれも巻き込んできらきらしているだろう。


「ただいま」

「…………」


「ただいま」

「「ぱぱ! おかえりなさいっ」」


「ただいま」

「「「おかえりーっ! いえーい、ふぅー!」」」


 そして残業を無事に終えた彼もまた、帰路に着こうとしていた。


「今日はすまなかったね。予定とか、大丈夫だったの?」

「ええ、大丈夫です。店長こそお疲れさまでした」

「うん、お疲れ。鍵よろしくね」

「はい」


 あれから三時間以上経った。もうすぐ日付が変わる時間である。

 電気を消し、戸締りをして鍵を所定の位置に戻す。そして降り止むことない雪を見上げた彼はとても驚く。そこには片想いの先輩がいたからである。初めは忘れ物でもしたのかと瞬間的に思い、鍵を取ろうとした。しかしそれは行動には移されなかった。彼女が差していた傘を放り出して抱きついたからである。


 クリスマスに彼女は失恋したのだ。


 ただ行くところがなくて、帰りたくなくてここに来たのだと泣いて、それから謝った。



 多くの人が過ごしたはずである今年のクリスマス。俺の販売した商品を買った人は今頃何をしているだろうか。幸せだろうか。不幸であろうか。




 今年、俺のクリスマスの最後に訪れたのは不幸の上に成り立つ幸福であった。



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さいごはきっとクリスマス 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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