やまぎらいのヨイチ

香椎千早

▲1:登山なんか嫌いだ

あれは、中学の記憶だ。学校指定のジャージと運動靴を身に付けた集団が、列をなして、山道を登っている。その列の中にはヨイチもいる。


ひたすら、前を歩く学友の足の動きを目で追いながら、無心で歩いた。ただただ、きつかったのだ。


前の方にいる集団は、能天気にも歌を歌いながら楽しそうにしている。きっと、クラスの中心にいる男女グループだろう。


耳障りだった。


グループの女が転倒でもして、気まずい空気が流れる妄想をしてみる。少し、気持ちが落ち着く。しかしその瞬間、自分が転倒をした。


肘を岩にぶつけ、打ち身と擦り傷が一遍にできている。赤い血が滲む。


なんで、こんなことしてんだろう。


傷口をタオルで抑えながら、ひたすらそう思った。


望んでいない自然教室。自分に合わせてくれないペース。怪我をしても、誰も心配してくれない。


一体これはなんなのだろう。どうしてこんなことが必要なのだろう。


残酷にも集団は進む。山頂を目指して進む。先頭はもう山頂に届きそうだ。

最後尾からは、山頂までの道筋がはっきりと見える。その道を埋める人の群れは、まるで蛇みたいにうねりながら、ちょっとずつ進んでいく。

まるで、ここにいる人間たちの総意かのように。山頂を目指さなければ死んでしまう生物かのように。


悪いのは自分のような気がしてきた。この生物の一部になれない自分が異質なのだと。いっそのこと、排泄物として放り出してほしい。


「おい、ヨイチ。どうした!あと少しだぞ!!」

後ろからやってきた教師が、背中を押す。皮肉にも心配をしてくれたらしい。


もはや、それすら残念だった。やはり、この生物の一部にならねばいけないのか。

前方からは、さっきと違う歌の合唱。ヨイチの大好きな曲だ。ますます、耳障りだった。


ヨイチは、自分以外の全てと抵抗をしながら、必死に無心になって歩いた。歩き続けた。


これが、ヨイチにとっての登山だ。


控えめに言って、登山なんか嫌いだ。

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やまぎらいのヨイチ 香椎千早 @kashi_chihaya

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