貴方は私を染められるか?

表裏 水面

第1話

シャンデリアの上に左手が置き去りにされていた、鮮血/理でもっとも美しい原色に染められていた。


「君は何が食べたくて、どんな色を知りたいんだ?」


先月マジョリティSNSにて知り合った彼からラインが来てる。

素っ気ない態度か、軽く猫を被った態度か、どれにしようかと思ったけど、その後の未来が怖いから、普通に。


「気分に依りますねー」


送信した後で咄嗟にすぐタブ欄から今打ち込んでたソフトウェアを削除

人付き合いは難しい。

男子ばかりだった高校を脱獄して以来、私はいわゆるあらゆるフェチズムや興奮のそれらについてミルフィーユ並みの思考を重ねてしまった所為でわからなくなってしまっている。


<俺はさ、青が好きでハンバーグが好きだよー>


頭を抱えているうちに自動通知のメッセージが表示され、両肩に重い物がのしかかる気分に襲われる。

ハンドルネーム(kaito@社畜)は特に悪い人ではない。

こちらが嫌だとすれば準じた対応を取ってくれるし、あの映画この音楽と適当に言えばそれについて時間をわざわざ割いてしまうほどの男性。

だけど時に危うさを感じてしまうところがあって私にはそれがネックになっている。関わりたくない、とはいえなかった。今の私にはある程度好意を持ってくれている人を無碍に扱うなんて行為は出来なかった。

自動通知のメッセージを視界と記憶から消して帰りの電車に乗る。

時刻は夜の8時30分-


「ただい…まー」


何も無い蜘蛛と幾ばくか(多分)の段ボールに迎えられての帰宅。

誰もいないはずの部屋に私の声が響けば、何かが反応してくれるんじゃないか、痛いか。

冷蔵庫から水を取り出して、通勤カバンをPCデスクの横に置く。

理想がリフレインして、それから冷蔵庫を又開けてすぐに食べられるものを探す、これでもないあれでもない。

ようやく見つけた、奥の方にあった、コンビニのプライベートブランドのハンバーグを解凍して予め炊いておいたご飯と共に晩御飯にありつく。


「おいし…」


3年程続く1人の生活は、誰かがどうなの? と聞かれる前にとうに飽きてしまっている。

見かけだけの装飾/味気のない変化しない食事/結末は虚しい家具の変化/送られてくる指示と案内のメール/

時には男性からの触れはあっても、それも一瞬の金銭のやり取りから生まれる虚偽的コンタクトとさほど変わりなく映るからやがて終わる。


<あぁー仕事つかれたぁ(*´-`)>


ピコーン間抜けな音がして彼からの自動通知。お疲れ様、心で既読しながら食卓を片付ける。

食器を洗っていたりシャワーをしていたり水の音を聞いている時の感覚が研ぎ澄まされるあれはなんなんだろう、ふと誰かの悲鳴が聞こえた気がしたり。


「水が伝えてくれてるのかな」


今も誰かは泣いてるぞって、知らせてくれてるのかな。シャワーを浴びながら呟いて、痛いな、って思ってからやめる。

下着を替えながら、下を見ると又彼から通知が来ていた。


<眠い…>


それに対しては


<もう寝るから寝たらいいよ>


それだけ返した。


明日朝になると既読だけ残されたメッセが何かを私に訴えて来るだろうけど、未来の事だから今日はもう寝ることにする。

そういえば、最近変な夢を見る。

いや、生まれてからずっと私には朝焼けが離れない、朝焼けには悲しみとか愛しさとか憎しみではない何かがあるって私は確信してる。


「痛いかも。寝よう」


そう声に出して。

私は眠る。



春は遠い、夏は遥かまで、秋はあっという間なの、冬はいつのまにか。

それらは私達全てに共通する。

愛は永遠で、恋は憧れで生は尊い。


「だからって自己犠牲密度高すぎない?」


呟いた言葉は海に薙ぎ、波は凪いだ。

フィジカルブックに載ってるアーティストみたいに私は色香を漂わせる。


「それ辞めたら? メンヘラじゃん」


少しばかり生まれたのが早いqrionが茶々を入れてくる、ニヤニヤして。


「メンヘラって何? 私は私だもの。そんな俗物紛いでカテゴライズしないで」


「出ました! サブカル特有のやーつ」


…私はコイツと自分が同じ梁から生まれた存在だということを未だに信じられない。

筋が通っていないと思う。


「うっさい! さっさと仕事終わらせて帰るよ!」


「あいあいreionの仰せのままに」


加速速度60フィジカル

慣性45フィジカルで私たちはAriaに頼まれた資材を森に採取しに来た。

透明な波音(はね)を閃かせて旬の植物が開花している森を駆ける。


「ところでさ、rery(リリー)今日私達何を集めに来たんだっけ」


またqrionは私達の間だけの言葉で私を呼ぶ、今はやめなよと目で訴えるが素知らぬ風にあっちを向く。


「qon(クオン)…言ったでしょう? Ariaの家の屋根から雨漏りして、それを修繕する為の資材を集めるの」


仕返しとばかりに私は愛称で返した。

qrionは唇をこちらに見せ付けるみたいにアヒルにしながら、あぁそうでしたそうでした、と呟いた。

そう無駄話を重ねながら波音を閃かせていると目的地にいつのまにか着いていた。

辺りは夢から醒めた直後の瞼の様に霧が罹っていて目的地に着いた心境にはなれそうもなかった。


「ここ、だよね?」

qonが上目怯えがちに聞いてくるから


「そうね、オーク材が五本よ」

やや強気に私は返事を返す。


オーク材が五本、オーク材が五本…周囲の雰囲気に圧倒されないよう私達は1本1本とけれど確実にそれらを見つけた。

持参した短刀で一本を半分個し、五割ずつ背中に抱えてその場を後にしようと合図して同時に波音を羽ばたかせた。

すると、それまで凝らさなければ見えなかった一帯の霧が晴れていき、丁度視界の真正面から5mは優に超えそうな怪物が現れた。

両腕も両足もなく地からそのまま目玉だけを体躯とともに増したようなそれは、一仕事終えた私とqrionの前に絶望と諦めを示し、やがて心に芽生えたものは血が噴き出し内臓は一つまた一つと失われて行き現実のものへと変貌していく。

怪物はqrionの頭から爪先までの血液を頬張りカラカラに乾いた肉体は森のどこかへと放られた、私はそれを唯見ているだけだった、怪物に襲われる寸前でフィジカル120キロ緊急退避を波音オートマが作動したおかげで逃げ出せてしまったから。

けど、qrionは光を失った眼で今まで生きてきた肉から中身がなくなる寸前の所で私にリップシンクしてきた。

貴方はこの事を一生忘れない

油性で記憶を上書きするように

こう告げてきた。


「○○○せに…○○○いてね…」


背後からの死神の怒鳴りと虚しさの所為で読み取りたくなかった断片的感情を私は読み取ろうとはしない。

理解すれば理解出来ることは、頭でわかっていてもわかりたくないことは。

そっと蓋をして…眠ろう。

私は唯そのまま地面に突っ伏した。

感情なんてなければいいのに。

それだけを思いながら。

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