魔女の館

 エリヴェーラとアレクセイの二人は、ラセラニルの館の前に辿り着いた。

道中、館付近にラセラニルの手下を警戒していたが、拍子抜けするほどにラセラニルの手下は見当たらなかった。

 代わりに目に付いたのは、大きな二つの門が目の前に聳え立っている。その後ろにはスラム街には相応しくないような大きな建物が建っており、ところどころ屋根に当たる部分は穴が開いている。


 その大きな門に埋め込まれているものを見たとき、アレクセイは目を丸くした。


 門に人が埋め込まれている。

 それも、一つや二つではなく、大勢の人々がまるでアクセサリーのように。

上半身だけが出ており、下半身は完全に門と融合している。

門自体はまるで粘土で捏ねたかのように形は歪で、飛び出ている人間の中には生きているものもいるのか、言葉にならない叫び声を上げているものが大勢見られる。

 その異様で不気味な光景は、確かに門番や見回りの手下を必要としないのが分かる。

 普通の感覚をした者ならば、ここまで来ても引き返すのは間違いないだろう。

それでも、アレクセイとエリヴェーラが引き返さないのは、魔女ラセラニルを殺すと言う目的があるからだ。

 それを主な目的としているのはアレクセイだが、エリヴェーラはあくまで物見遊山でついてきただけだ。


「……やけに静かだな」


「留守にしているのかもね。あるいは、どこかに調達に出かけているか。流石に隠れているとかないでしょうけど。ラセラニルの一派は、この街で一番大きいから」


 建物の中はなにか蠢いた肉のようなもので作られた、家具らしきものが多く見られる。

 正面玄関から入ってみても、人の気配一つ感じない。入ってすぐに目が入る踊り場には、両サイドに上に上がるための階段がある。

 入ってすぐのところには帽子を被り、中性的な容姿で女性的な身体つきをした女性の絵が描かれている。

 その絵が入った額縁の大きさはラセラニルと同等の大きさなのか、縦に飾られており、妖しく微笑んでいる。

 アレクセイには、その絵の主がラセラニルであることがすぐに分かった。多くの実験を繰り返すたび、本来の性別を忘れてしまった先代魔王に次ぐ魔法の使い手。


 がちゃり、と扉が閉まり、鍵がかかる音が響く。

 アレクセイが扉へと駆け寄り、魔力を込めた腕で腕力でこじ開けようとするも、それも意味を成さない。

 どころか、纏ったはずの自分の魔力が吸い取られているのを感じる。


「エリヴェーラ!この扉を蹴破ってくれ!」


 アレクセイはエリヴェーラに助けを求めるが、エリヴェーラは妖しく笑ったまま、アレクセイのほうを笑って見つめている。


「エリヴェーラ?」


 アレクセイが再度問いかけると、エリヴェーラがまるで口が裂けたかのように口端がつりあがった。


「まんまと釣ることができたわ、?」


 エリヴェーラの様子がおかしいことに気づくのは、そうは時間はかからなかった。

 エリヴェーラがアレクセイのことを呼ぶときは、この短い間でも王子様と呼ぶと知っている。

 彼女には自分が魔界の王族であることを言っていても、は言っていない。

 人間界では、魔王ヴェルサリウスの名前は悪名が届いているかもしれないが、それでも、ヴェルサリウスなりの愛情として自らの息子たちの名が知れ渡ることを阻止していたとレオンから聞かされている。

 だから、アレクセイが魔王の息子であることは魔族でなければ、知る由もないことなのだ。


 つまり、目の前の女はだ。


「お前、エリヴェーラじゃないな?」


「エリヴェーラなんて女はいないわ、?あたくしの名前はご存知でしょう?もしかして、そこまで知らなかったりする?


「貴様、魔女ラセラニルか!?」


 うつけ王子、という魔界でのアレクセイのを聞いたとき、アレクセイは顔を顰める。

 顔を剥がすように爪を引っ掛けると、エリヴェーラは――ラセラニルは皮を剥がし、同時にエリヴェーラを形作っていた皮を剥がし、肖像画に描かれていたそのままの姿のラセラニルが姿を現した。


「そうよ、あたくしが魔女ラセラニル。魔界随一の魔法の使い手。坊ちゃんと来たら、二人きりになるまで手間がかからなくて良かったわ。パパそっくりの御人好しで。……でも、変ねえ?なんで、あの過保護なパパに守られていたはずの坊ちゃんがここにいるのかしら?もしかして、?」


 アレクセイはラセラニルと距離をとろうとするが、ラセラニルは余裕を崩さない。

 ここがラセラニルのアジトだからだろう、まんまと誘い込まれてしまったアレクセイはラセラニルにとってはまさに飛んで火に入る夏の虫。

 ラセラニルの言葉にぴくり、と青筋が反応してしまう。こうした、人、もとい魔族を食ったような物言いをアレクセイは好かない。


「お前には関係がないだろう」


「冷たいわね、坊や。あのパパに習わなかった?他者には優しく接しなさい、って。敵である勇者の末裔にすら情けをかけることができるなんて、それは負けもするか。ねえ、どういう心境だったの?勇者の末裔と時間を過ごしたのは」


「何度も言わせるな。……人間たちをどうして門に埋め込んだ?聞かせてもらうぞ」


 ラセラニルの言葉にアレクセイは動揺を隠せない。

火球を投げつけるも、ラセラニルの噂のとおり、それはラセラニルが指に触れるだけで打ち消されてしまう。

 攻撃に特化した能力があればよかったが、アレクセイの能力は戦闘向きではない。

 体術で立ち向かおうにも、アレクセイのそれはただの自衛の手段でしかない。

ラセラニル自身は魔法を打ち消すことができるのに魔法を使用することができるので、すぐに立ち回られてしまう。

 そして、なによりもアレクセイが彼女(?)を厄介に感じているのは、アレクセイのようなカッとなりやすい直情タイプを煽り立てるのが病的に上手いことだ。


「?なぜって、人間をどう使おうとあたくしの勝手でしょう?坊やこそどうなの?婚約者がいるのに勇者の末裔と浮気?……そんなことしたら、坊やの婚約者ちゃんは傷つくでしょうねえ?テンペスタの生まれなんだって?女泣かせなのは親子なのねえ、パパに似たのかしら?」


 ラセラニルは、アレクセイの婚約者のジュジュのことも知っていた。

おそらく、アレクセイが人間界にいる理由もラセラニルのことだ、もう知っているのだろう。

 それを匂わせるだけでアレクセイを煽るとは、本当に性根の悪い魔族である。

魔法の扱いでは魔界随一と言われているが、煽る力も上なのではないか、とアレクセイは内心毒づいた。


「どうだっていいだろう、が!」


 アレクセイは駆ける。


 いずれにせよ、自分が目指す魔王になる為には、ラセラニルのような、あるいはラセラニル以上の敵と戦うこともあるだろう。

 自らの夢の為、そして幼い日の誓いの為、アレクセイは此処でラセラニルの手の上で踊らされているのだとしても、この建物から無事に脱出し、旅を続けなければならないことこそ、アレクセイの目的である。

 母の名誉を汚し、父を侮辱した魔界の連中に魔王となるのは、このアレクサンダー・ベールであることを知らしめるには、力を見せ付けなくてはならない。

 たとえ、得意な魔法が通用しなかったとしても、自分が知識を身につけたのは夢に近づく為。


「いらっしゃい、ヴェルサリウスの泣き虫坊や。じわじわと苦しめて、坊やを飛びっきりの飾りに仕立て上げるわ。魔王の嫡子だもの、さぞ良い見物になるでしょうよ」


 ラセラニルは、妖しく笑った。

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HEAL×HEEL 満あるこ @Jiegbright

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