一:黒髪に赤みがかった褐色の光彩を持つ者

 人型種族をラライーナであると定義する理由の一つに外見的特徴が挙げられる。黒髪であることと、赤みがかった光彩を有していることがその条件だ。

 尤も、第一紀において、一般的に中世時代と称される新シルダ歴七百年代から一千年代の四百年間であるが、九百年代には既にラライーナでなくとも黒髪の者が多く存在した。彼らはラライーナの身体的特徴を受け継いだ者達である。


 私とアミリアが滅亡したイーリスを去って新たに定住することとしたレファントと呼ばれる深い森の奥だが、我が子孫であるラライーナ達は約二百五十年後の新シルダ歴二百四十七年、レファントの森の中に建設された城郭のない小都市を去る。その決定を下したラライーナであるトレアン・レフィエールの時代から、ラライーナ達はバルキーズ大陸各地に散らばった。中には海を渡ってサントレキア小大陸に向かった一団もおり、ローゲ、リンドブルム、ワルトブルクといった家名の黒髪の人々はトレキア・サントゥール国境間の地域や、サントゥール首都アウロスにおいてよくみられる。アミリアの死を切欠に新シルダ歴百年代から定住生活に終止符を打ち、バルキーズ・サントレキア両大陸間を行き来していた私であるが、先述した地域で黒髪の者を見かけるようになったのは新シルダ歴四百年頃からである。第一紀統一グラマスカ歴一年に出版され、昨年、第四紀イェルミアード歴百九十七年に再版された『サントゥール史記(ラ=サルジスタリエン著)』には、特にサントレキア大陸の北部に存在していたサントゥール王国において、小大陸南部から徒歩或いは騎馬によって北上してきた先祖の存在に関する貴重な資料が掲載されている。読者諸氏におかれましては、新シルダ歴三百年頃からの記述の項を御覧頂ければお分かりかと思うのであるが、彼らは皆一様に黒い髪であったという記述も明確に存在している。

 ラライーナである外見的な条件はもう一つ存在する。高名な民俗学者であり、先述した『サントゥール史記』の著者でありラ=サルジスタリエン氏が生を受けたのが第一紀新シルダ歴千五十六年であるということも相俟って、史記そのものはサントレキア大陸各地、とりわけラライーナに所縁のある地方に存在する文献や民間伝承を集めて編纂し直したものである為、残念ながら、私の記述を裏付けるような、ラライーナ達の事実上の最後の定住地となったバルキーズ大陸の森であるレファントについての彼の記述は存在しない。だが、サントゥール王国の建国から滅亡まで、代々の王や将軍達などの為政者の風貌や食べているもの、騎馬民族としての民族の形成過程、狩猟・採集文化からアウロスへの定住に伴う文化の変化と確立までを詳らかに記述した書物である。特に為政者は、髪の色は勿論、肌の色や目の色、年を経るごとの体つきなども事細かに描写されている。

 『サントゥール史記』によると、彼ら為政者は押し並べて黒髪であったが、目の色については、赤みがかった褐色であったのはサントゥール王国の祖であるシュトゥルム・ラインラントとその二代先までであり、以降は青や緑、灰や紫といった、バルキーズ大陸の民族の特徴であることが多い、ということである。第一紀統一グラマスカ歴末期の学院都市国家ラ=レファンスにおける遺伝学の祖デジル・エールフォルク氏の著作『サントレキアの血』においては、統一グラマスカ歴末期におけるサントレキア小大陸の人々の遺伝子には、サントレキア大陸ミニョン村周辺固有の者しか所有していない魔力循環を司る配列が卵子系の方に、バルキーズ大陸固有のものである魔力貯蔵を司る配列が精子系の方に見られる、ということである。事実、第一紀新シルダ歴四百年代はバルキーズ大陸からサントレキア大陸へ向けて開拓船団が出発しており、その船には他ならぬ私も身を預けていた。このことから、バルキーズ大陸からサントレキア大陸に人々が移住し、サントレキア大陸北部でラライーナの末裔と交わって子孫を残していったということは明白である。


 ここまで、ラライーナの外見に関する事項を述べてきた。ところで、混血などによって髪の色と目の色が合致しない場合、ラライーナである、と定義し難い条件が発生するのだ。それについては、次の項で述べていく。

 尚、先に挙げたトレアン・レフィエールについては、アミリアとよく似ている風貌であったが、光彩の色は全く異なっていた。赤みがかった褐色の目を持つ子供達とは違い、アミリアのそれは濃い緑であった。この、世代を跨いだ光彩の色の変化に関する経緯については、五つ目の項において詳しく述べることとする。

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イーリス興亡記 久遠マリ @barkies

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