第一章:約束を守る者

はじめに


 アミリア・シルダ・レフィエールという人物を語る上で避けては通れないのが、ラライーナという人種についての説明である。彼女の名の後に続く家名を見れば明らかであるが、アミリアはシルダ家とレフィエール家双方の名を抱いており、シルディアナとイーリスのどちらに対しても非常に影響力の大きい存在であったことが伺える。そして、実際に彼女は、王であったジアロディス・クロウの崩御に伴うイーリスの滅亡と、イーリス王家と同じように存続の危機に瀕していたシルディアナの更なる繁栄に、多大なる影響を及ぼしている。

 この章では、第一紀にそれを確認出来るラライーナという種族の誕生の理由、彼らの保有していた能力、歩んだ歴史、形成した文化、このバルキーズ大陸世界において周辺諸国に残した影響、アミリア・シルダ・レフィエールに至るまでのラライーナの外見の変遷について、詳しく述べていく。シルダ家の仔細及びアミリア・シルダ・レフィエールの出自についても気になるところではあるが、それは第二章と第三章で詳しく述べることとする。尚、この章及び第二章を拝読せずとも、三章のみでイーリス興亡記は完結していると私個人としても断言出来るが、第一章、第二章で述べる事柄を踏まえた上で第三章の話は進行する。全て一章ぶんに盛ってしまえばよいではないかと考える読者諸氏も当然おられるだろうが、我が母なる星と海に誓って、ここに記すのは私の記憶や遺物、遺跡、当時の文献などから導き出された事実であり、読んで楽しむだけの物語ではないということに留意頂きたい。


 これに先んじて、頻出する“ラライーナ”という言葉の語源について、説明しておかねばなるまい。その為には我々の民族の成り立ちに関する話をする必要が生じるので、ここに記しておく。

 我が母の名はイェーリュフラ、我が父の名はイェーリュフルという。海の上に神秘の珊瑚礁の砂を固め、海の恩寵という名のまじないによって建設されたネレイリア神殿に、双方の身柄は存在している。そして、今日も何ら不自由なく生活を送っている――母なる星と海との盟約によって神秘の珊瑚の砂で造られたネレイリア神殿の領域に縛り付けられたままであるということ以外は。我が両親は古イェーリュフ語を扱えた古イェーリュフ族の最後の二人であり、古イェーリュフ語は、ネレイリアの神殿を中心とした島々と大陸の端に建設されたエルフィネレリアという国で我々が現在話しているイェーリュフの言葉の源とされる言語である。

 今や一種族のことを表す“ラライーナ”という言葉は、古イェーリュフ語で“約束を守る者”という意味である“ラル・ラ・イー”という四つの音節を持つ連語から成り立っている。最初の“ラル”は“生きるもの”という意味を持っており、ここでは“人”と表しても構わないだろう。次にある二つ目の“ラ”は動詞で、ここでは後続の単語を“守る”という意味となる。最後の“イー”に関しては“約定”や“盟約”などといった大陸共通語への翻訳が相応しいが、平易な表現で“約束”と記述するのがよいかもしれない。直訳だと“生きる者、守る、約束”という単語の羅列となるのだが、古イェーリュフ語は単語間の繋ぎのないまま成立した言語であるので、単語間に子音と母音一つずつから形成される様々な音に役目を与えて繋ぎとして設定している現在のイェーリュフ族にとっても読み難いことこの上ない代物である。

 このように、古イェーリュフ語で“約束を守る者”という意味の“ラル・ラ・イー”なる言葉が残っていることから、ラライーナと呼ばれた彼らが生まれたのは、我が両親が私に対して海の秘儀を実行し、神殿に封じられる以前の出来事であったことがわかる。ネレイリア神殿にはイェーリュフルとイェーリュフラの為だけの場所であるが、二人の世話をするイェーリュフ族の者や他の人型種族は勿論、ありとあらゆる生き物が遠浅に広がる珊瑚礁の海を渡って訪れることの出来る場所であるので、ラライーナという種族の存在がいつ頃から確認出来たかについては、二人の正確な話を聴くことも可能だ――尤も、イェーリュフでさえも難解であると宣うような古イェーリュフ語の習得が可能であるならばの話だが。

 結びつくことの叶わぬ双子の間に育んだ愛を禁断であると一族の長老達に断じられ、両親は私を救って永命のものとする為に、我が父イェーリュフルが密かに提案し、我が母イェーリュフラが実行した海の秘儀によって、古イェーリュフ族は滅びた。生まれたばかりの私であったが、星と海の恩寵は、まるで光無き夜の空のような色をした高く押し寄せる濁った津波の記憶でさえも、私に遺している。

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