宙に浮く四角い箱

斉賀 朗数

宙に浮く四角い箱

 紗英さえは仕事の休憩時間にコンビニエンスストアへ昼ごはんを買いに行こうと会社を出た。

 雲ひとつない空を見るともなしに見ていると、飛行機が飛んでいて、それに追随ついずいするように四角い箱が浮いているのが彼女の目に入った。不思議な四角い箱は飛行機より少し遅れてはいるが飛行機と同じルートを通過しているように見受けられる。気にはなったが、気にしたところで仕方ないような気もして、会社の最寄りのコンビニエンスストアに入った。


「ノアの方舟はこぶねだよ、それ」

 先程見た未確認飛行物体四角い箱について紗英が同僚の未来みらいに話をするとそんな答えが返ってきた。

 ノアの方舟。それは旧約聖書『創世記そうせいき』における記述によると、神が行なった地上に広がる堕落だらくした人間の一掃をはかる洪水から逃げ切る唯一の方法であり唯一の場所である。三階建ての小部屋が多くもうけられたその方舟には、すべての動物のつがいが載せられていたらしいが、さぞかし狭かった事だろう。

「それじゃあこれから世界を巻き込む大洪水でも起きるっていいたいの?」

 紗英は不安そうな表情をしてみせるが、そのままおにぎりに噛り付くその素振りからは、そんな事はありえないと高をくくっているのがまるわかりだった。

 未来は少しあごを引いて眉間に皺を寄せにやりとした顔で不安を誘おうとしているようだ。しかし、顎を引いた事で上目使いになってしまい、不安を誘うほどの迫力がないままいう。

「文明の利器が身の回りにあふれているから、人間は堕落したと言われても否定しようがないんじゃないかな?」

 そういわれたらそうかもしれないと、ぼんやりした表情で、紗英はもう一度おにぎりに噛り付いた。


 会社を出て帰路きろに着いた時には、もう外は暗くなっていた。

 紗英は昼間の未確認飛行物体四角い箱を探すように、空を眺めながら、ふらふらと危なっかしく歩いていた。

 空には綺麗だが今にも消えそうな危うさではかなともる光が見える。ほとんどが一等星と二等星の比較的明るい星々ではあるが、中には動きをともなう光も見えた。それは飛行機のランプだ。この近くにはあまり大きくはないが、地方にありがちな寂れた空港が一つだけあり、そこで離着陸を行う飛行機がいくつか見えている。

「あの中のどれか一つくらいはノアの方舟だったりするのかな」

 環境汚染の影響か、昔に比べて輝きが少なくなった空を、どこか寂しそうな横顔で見つめる紗英の視界の外で、一際強い光を放つ四角い箱が不自然な動きで移動していた。


 最寄り駅から徒歩十分、築二年の三階建てRC構造マンション。一つの階に部屋は四室あり、紗英はそのマンションの三〇一号室に住んでいる。

 結局、未確認飛行物体四角い箱を見付ける事が出来ないまま自宅に着いたようで、少し不満そうな表情を浮かべている。

「結局、人間って地球にとって必要ない存在なのかな。文明の利器を活用して、自然を破壊して、自分たちだけよければいいってスタンスなのかもね。人間だけだよね、自分達の幸せのために環境と生態を破壊する生き物なんて。いない方がいいのかも」

 なんて事をいいながら、RC構造のマンションは冷えるので、暖房のスイッチを入れる。

「でも、やっぱり文明の利器には頼っちゃうよね」

 外では急に雨が降り出し、強い風と共に窓を打った。空には雲が立ち込め、綺麗な星の輝きを隠していく。その空には不思議な四角い箱は見当たらない。あの未確認飛行物体四角い箱は今接近しつつある嵐から逃げ出したのだ。この嵐の意味を知って。

 どごろろぐるるぐ。

 遠くで響く雷鳴らいめいかすかに聞こえる。

 紗英はその音に気付かず、テレビの電源を入れた。

 嵐は確実に、こちらに向かってきている。

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宙に浮く四角い箱 斉賀 朗数 @mmatatabii

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