第5話 10分間
五月になれば、桜は全て散ってしまった。
智紀は「ああ、これで今年は、南が桜の木の下で首吊りすることはできないな」なんて思いながら、ピンク色が無くなった桜の木を見ていた。
授業が終わり、智紀は一息ついた。次の授業まで、10分間ある。この10分間を、智紀はいつもスマホをいじるか、本を読むふりをしていた。誰からも話しかけられたくない、という思い一心で。
スマホを手に取ると、生徒は何人かで教室をでていく。
そういえば、次の授業は理科室か。グループで実験するものだ。
……めんどくさいな。どうせ、グループを作る相手もいない。
そう思い、智紀はサボることを決め、スマホをいじる。
いつも通りスマホをいじっていると、前の席に誰かが勢い良く座った。智紀は顔を上げることなく、スマホをいじる。
「おーい、行かないのかい? 智紀くん」
「……その言葉、そのまま返すよ」
顔を上げると、ニンマリと笑った南が座っていて、智紀はため息をこぼし、スマホをポケットにしまった。
「サボるなんて、優等生らしくないね」
「優等生は、授業聞かなくても良い点数取っちゃうの」
そう笑う南は、足をプラプラと揺らす。しばらく沈黙が続き、教室に校庭から聞こえる学生の声が耳に届く。
「ねえ、どうして殺し屋になったの?」
続いていた沈黙を破ったのは、南だ。
「……いきなりだね」
「だって、智紀って全然殺し屋っぽくないじゃん? てか、そもそも殺し屋って本当にいるの?って感じだし」
「……じゃあ、僕も気になるんだけど、ほんとに死にたいの?」
「え? うん」
「どうしてそんなこと聞くの?」とでも言いたい顔で頷く南。その表情に、智紀はため息をこぼした。
「言っとくけど、南の方が自殺志願者っぽくないよ」
「えー? そうかな?」
「死にたいんだけどなあ」なんて笑う南。
そんな南に、智紀は視線を逸らして一言。
「……死ねば?」
「あはは! できたらいいよねー。でも、なんでだか、できないんだよねー」
不服だ。
もう少し困ったような顔をするかと思ったのに。南の無邪気な笑顔に、智紀は顔をしかめる。そんな智紀の顔を見て、南はクスクスと笑っているように見える。
「……なんで死にたいの?」
「急だね。どうしたの?」
「いや、君に言われたくないから」
「あはは! たしかにー!」と笑う南に智紀は、もはや呆れ半部でため息をこぼす。
「そーだなー、聞いても楽しくないよ? 死にたい理由なんて」
「……君にも普通の人と同じ感性があったんだね」
「だんだん失礼になってきたね」
南はケラケラ笑い、「そーだなー」と教室の前にある時計に視線を向ける。こちらに視線を戻す南は満面の笑顔を浮かべて。
「残りの時間じゃ、話せないかな」
そう悪戯っぽく笑う南は、憎たらしいほど可愛いくて。
休憩時間の終わりと、授業が始まる合図であるチャイムの音が聞こえた。
次は、もっと時間がある時に聞いてみよう。
智紀は心の中でそう誓い、この後の50分はどうなるんだろうと、少しだけ心が踊っていた。
殺し屋と自殺志願者 柿種 瑞季 @kakitaneai
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