第2話 また明日

 「無理だよ」

 智紀の答えに、南は瞬きを繰り返す。

 そして、ぐっと顔を近づけて。

 「えー?! なんで?! 殺し屋なんでしょ?!」

 「……南の依頼は、受けられないこともないけど」

 「じゃあ、いいじゃん!」

 「達成できそうにないから」

 「……どういうこと?」

 きょとんと首を傾げる南から智紀は距離を置く。南も、体制を戻し、座り直した。

 「……殺したことないから」

 「殺し屋なのに?」

 「うん。毎回、殺せなくて怒られる」

 「……殺せないの?」

 「……」

 「それとも、殺したくないの?」

 「嫌な質問だな、それ」

 「やっぱり?」

 「答えたら、僕の質問にも答えてくれる?」

 「なんでしょう?」

 「自殺しなかったのは、できないから? それとも、本当は死にたくないから?」

 「……なかなか、意地悪だね。さっきの質問は、なかったことにするよ」

 「そうして」

 二人の間に、沈黙が流れる。そんな沈黙を破ったのは、チャイム音。

 「……お昼が、終わったね」

 「……」

 「ねえ、私、死にたいよ」

 「……俺も、仕事をしたいよ」

 南は小さく笑う。その笑いに、智紀は息を吐く。

 「……練習させてあげる」

 「は?」

 「私を殺しの練習にしていいよ。もし殺せても、私は死にたかったし、ちょうどいいでしょ? そのかわり」

 「そのかわり?」

 「私に、死に方を教えて」

 「死に方?」

 「あ、殺し方でも可!」

 そうニッと笑う南。その表情は、どこからどう見ても、普通の、どこにでもいる女の子だ。

 けれど、智紀にはその笑顔が、狂気じみていているように見えて。一瞬、背筋が凍った。

 「おーい、智紀ー? 智紀くん?」

 顔を覗き込む南は、やはり噂通り顔は整っている。

 可愛い笑顔を見せる南。そんな笑顔に、智紀はため息をこぼす。

 「僕は、これだけが専門だから」

 そう言って、智紀は銃を見せる。

 「だから、死に方、殺し方は教えられないけど、死に方の相談くらいなら乗るよ」

 智紀の言葉に、南はきょとんとした表情をみせる。口をポカーンとさせ、驚きでいっぱいの顔だ。そして、次第に下を向き、肩を震わせた。

 「あっはは! 本当に、変な人! おもしろすぎ!」

 そう声をあげて笑う南。智紀は小さく「そっちもね」とこぼす。

 南は、笑いが収まると、大きく息を吐いた。そして、「あーあー」と空を仰ぐ。目をつぶり、小さく呟く。

 「死にたいな」

 「……そこは、死にたくなくなるところじゃないの?」

 「ううん、死にたいの」

 「……そう」

 満足気に笑いながら、「死にたい」と呟く南は、智紀にとってはやはり変人だ。再び沈黙が流れ、智紀は耐えきれず鞄を持って立ち上がった。

 「帰るの?」

 「うん」

 「私は、もう少しいるよ」

 そう言って南は、フェンス越しに下を見る。その姿に、智紀は視線を逸らして。

 「……僕が殺すまで、死なないでね」

 誰を、とは言わずに。

 「また明日」

 南はそう、ニカッと笑って手を振った。

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