第3話 放課後、教室にて

 「首吊り自殺、ってあるじゃない?」

 「うん」

 「あれって、結構平和だよね」

 「……へー」

 「ちょっと、何その返事。失礼」

 「放課後の静かな教室で、そんな話題を持ち込む方が失礼だ」

 智紀の言葉に、南は「もう!」と頬を膨らませる。放課後の教室、窓側の一番後ろの席に、智紀と南だけ。智紀は、机に日誌を広げ、ペンをはしらせていた。そんな智紀の前の席で、南は足をぶらぶらさせながら楽しげに話す。

 「ほら、他人に殺してもらうのって、相手が罪悪感を抱いちゃったり、他殺とかで面倒じゃない? 首吊りは一人でもできるから、そういうのはないでしょ?」

 「僕に殺して欲しいって頼んだ君が言う?」

 「殺し屋に罪悪感なんてないでしょ?」

 得意気に笑う南に、智紀はため息をこぼす。

 「わかんないよ、殺したことないから」

 「そーだった」

 南は相変わらずニコニコしている。そして、ポケットからスマホを取り出し、弄り始める。

 やっと静かになった。

 そう思い、智紀は日誌に真面目に取り掛かる。しかし、「見てこれ!」と、南が日誌の上にスマホを置いた。

 「……あのさ」

 「これ! ロープなんだけど、これなら、跡も綺麗につきそうじゃない?」

 「跡?」

 「首吊りの跡!」

 「……」

 まだその話が続いていたのか。

 智紀は頭を抱えたまま、大きくため息をつく。仕方なくスマホを手に取り、少しだけ見て、南に返した。

 「どう? どう?」

 「どうって言われても……」

 「殺し屋目線からして!」

 「殺し屋はロープなんか使わないし。てか、それ通販じゃん。通販で買うの?」

 「あ、確かに。家に届いたら、親にバレて大変だもんね」

 「さっすが専門家!」と親指を立てる南に、智紀は冷たい視線を送る。そんな視線を気にせず、南は「じゃあ、帰りにホームセンター寄ろうかな〜」なんて、楽しそうに話している。

 「その話、ここでする必要ある?」

 「あるよ〜。だって、自殺の相談を受けるって言ってくれたのは、智紀でしょ? こんな話、智紀にしかできないんだから、こういう時に話さないと!」

 嬉しそうに笑う南に、智紀は顔をしかめる。

 確かに、智紀は言った。死に方の相談くらいなら受けると。でも、実際に受けてみると、なんとも微妙な気分だ。

 「でもー、首吊り自殺って、どのくらい時間かかるのかな?」

 「……あれって、動脈を圧迫して、窒息死に持ち込むんでしょ? まあ、気を失うまでは1分あれば十分じゃない? もっと早いかもだけど」

 「気失った後は?」

 「脳が停止するのを待つ」

 「えー! うーん、なんかこう、もっとすぐに死にたいんだよねー」

 「……交通事故に遭えば?」

 「痛いじゃん! 嫌だよー」

 首吊りはいいのだろうか。

 南の思考が全く理解できず、智紀はため息をつき、視線を日誌へと落とした。

 「あーあー、首吊りは無理かなー、お金かかるしなー」

 不思議だ。

 南は、残念そうに、またスマホをいじり始める。

 そんな南が死にたいと思っているなんて、到底思えない。

 「おーい、智紀ー? どうしたのー?」

 「いや……」

 「考え事?」

 「うん、まあ。南のこと」

 「えっ、なになに? 告白? きゃー」

 「……」

 両手を頬に当てながら体を揺らしている南。智紀は、大きくため息をつき、日誌の最後のコメントに手をつける。

 「お、なんて書くの?」

 「あー、南さんがうるさかったです?」

 「え、私のこと書くの?! だったら、『南さんに良い自殺の方法を教えてあげてください』って書いて!」

 「絶対に嫌だ」

 智紀が即答すると、「んだよー」と南は唇を尖らせた。

 本当に南は自殺をしたいんだろうか。

 その疑問を抱かずにはいられない。

 「ほんとにさ、死にたいの?」

 智紀の言葉に、南は数回瞬きをして。

 「うん、死にたい!」

 そう満面の笑みで答えた。

 南の笑顔は、嘘を言っているような顔ではない。

 「てかそれ、屋上でも聞いたよね? そんなに気になるのかい?」

 ケラケラ笑う南は、さっきまで首吊り自殺について話していた女の子とは思えない。

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