第4話 桜の花びら

 高校は、長い長い坂の上にある。坂は、歩いて15分となかなかの距離だ。その距離を自転車で登っていく人たちは、大抵運動部。でも、今はギリギリの時間だからか、人は少ない。智紀の横を通り過ぎていく人たちは、息を切らしながら走っていたり、精一杯自転車を漕いでいる。

 ふわあっと、智紀があくびをすると、智紀の横を自転車が通る。ゆっくりと、のろのろと。漕いでいるのは女の子で、全く進んでいない。智紀が歩いた方が速いくらいだ。そして、その女の子は知人で。

 「……自転車通学だっけ? 息切れで自殺でもするつもり?」

 「え?! 息切れで自殺できる?!」

 「……」

 目を輝かせて振り返った女の子は、南忍だ。

 南は自転車から降り、智紀の隣を歩く。

 「……いいの、息切れで死ななくて?」

 「いいの。結構つらいし」

 「てか、なんで自転車通学? 歩きだよね、確か」

 「うん、歩きだよ。あのね、普段運動しないから、こういうことしたら寿命縮まるかなって」

 首を傾げる智紀の横で、南はのんびりと「はあ〜つかれた〜」なんてこぼしている。

 「もうすぐ、この桜は見れなくなるね〜寂しいな〜」

 南の言葉に、智紀は顔を上げる。坂道の片側には桜の木が並んでいる。なんでも、過去の卒業生が植えたとか。4月の初旬が過ぎ、もうすぐ中旬になる今は、ピンク色は少しずつなくなってきている。

 「……別に、来年見れるじゃん」

 「来年まで生きてるかわからないでしょー! 今年中に自殺するかもなんだから!」

 頬を膨らませる南に、智紀は肩をすくめた。

 静かに、二人で歩く坂道。

 不思議だ。智紀は、まさか自分が、人気者の南とこうして話して、一緒に登校なんて思いもしなかったのだ。

 小さく息を吐くと、「あ!」と南は声をあげた。

 「これ、よろしく!」

 南は自転車を智紀に押し付け、駆け足で前の方にある桜の木の下へと。桜の木を見上げながら「ねー」と智紀に話しかけた。

 「桜の木の下で、首吊り自殺ってどうかな?!」

 「……」

 目を輝かせて言う南に、智紀は大きくため息をついた。

 先ほどまで、「寂しい」と言っていた女の子の言葉とは、到底思えないものだ。

 「見ため的にも、綺麗で映えると思わない?」

 「……あのさ」

 「私の黒髪が、ピンク色の下で揺れたら綺麗でしょ?」

 確かに綺麗だろう。それが死体でなければ。

 「桜の下で死ぬのは良いかもしれないけど、この桜はやめなよ。卒業生が植えたやつなんだから」

 「あーそっかー」

 「他の桜ならいいんじゃない?」

 いや、まあ、良くはないだろうけれど。

 「ふむふむ、『桜の下で美少女が首吊り自殺!』っていう記事、なかなかインパクトあるしね」

 「まあ、インパクトはあるね」

 良いニュースではないが。

 「あーでも、やるなら、この桜がいいなー」

 「なんで」

 「学校の人たちが、自殺してる私を見た時の顔を見たい」

 「……悪趣味」

 「あれ、知らなかった?」

 悪戯っぽく笑う南に、智紀は冷たい視線を送る。けれど南は気にせず、楽しそうに笑い返す。そして、「よっ」と、南は手で何かをキャッチ。

 「やった! 見よ!」

 南は智紀に桜の花びらを掲げて見せた。

 「よくあるよね、ジンクスが。桜の花びらを空中でキャッチすると、恋が叶う〜とか」

 楽しそうに話す南に、「ふーん」と智紀は素っ気なく返す。それでも、南は楽しそうに笑いながら、桜の花びらを空に掲げて、幸せそうに見ている。

 さっきまで、桜の木を使って自殺を考えていた人間とは思えない。

 智紀が呆れた目で見ていると、南は「あ!」と目を輝かせて振り返る。

 「もしかして、これで自殺が叶っちゃったりするかな?!」

 「え、自殺に恋してたの?」

 数秒後、遠くでチャイムが鳴った。


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