殺し屋と自殺志願者

柿種 瑞季

春に知る

第1話 私を殺してくれませんか

 暖かい風が、一人の少女の髪を揺らす。肩まである、艶のある黒色の髪を。心地いい日差しが、少女の目を眩ませる。大きく、きらきらした黒色の瞳を。

 少女は、視線を下に落とす。下は、誰もいない校舎裏。そして、今は屋上。後ろには、緑色のフェンス。一歩前にでるだけだ。一歩、だけ。

 けれど、その一歩が出なくて、もうすぐ10分だ。

 ゆっくりと息を吐く。そして、静かに息を吸う。

 気持ちは変わらない。


 ──死にたい。


 その気持ちは変わらない。

 ──よし

 そう思った時、後ろから屋上のドアが開く音がした。その音につられ、ゆっくりと振り返る。そこには、一人の少年が。メガネをかけ、黒髪は耳を隠し、目も少しだけ隠していた。体は全体的にひ弱そうだ。だけど、少女を見て、少年は微動だにしない。慌てる様子も、青ざめる様子もない。

 ただ、まっすぐと、彼女を見つめていた。







 「あっははは! いやー! いやなもの、見られちゃったなー!」

 少女は、元気で明るい声でケラケラと笑う。さきほどまで後ろにあったフェンスに寄りかかり、少女は朝買ったサンドイッチを口にする。少女の隣には少年が座っていて、少年はおにぎりを食べていた。

 「南忍みなみしのぶ。君は?」

 「菊池智紀きくちともき

 「何年生?」

 「今日2年になった」

 「え、同い年? 私、同学年の人はほとんど知ってるけど、君の名前はきいたことないなー」

 南はそう言いながら、スマホを片手にメッセージアプリを開き、連絡先の一覧を見る。

 「僕、影薄いから。ちなみに僕は、南さんのこと知ってたよ」

 「えっ、嘘。ってか、南でいーよ。智紀」

 「……僕は下の名前で呼ばれて、苗字で呼ぶのは何か変じゃない?」

 「私、自分の名前嫌いなの。仲良い女の子にも、苗字で呼んでもらってるから」

 「……じゃあ、南で」

 「うん、そうして」

 南はそう笑い、「で? なんで私のこと知ってたの?」と智紀の顔を覗き込む。

 「知らない人の方が少ないでしょ。南、有名人じゃん」

 「えー? どんな風に有名なの?」

 「……可愛いくて、優しくて、頭も良いって。てか、知ってて聞いてるよね?」

 「あはは、バレた? やっぱ私可愛いのか、そっかそっか。照れるなー」

 「嘘だ、照れてない」

 「照れてるよ?」

 そう笑う南は、どこか掴みにくい。そんな南を、智紀はまっすぐと見つめる。智紀の目に、「そんなに見つめないでよ〜」と南はケラケラと笑った。

 「……僕からも質問いい?」

 南は、一瞬驚き、すぐに小さく笑った。「いいよ」と答える声は、とても静かで、優しい。

 「なんで、自殺しようとしてたの?」

 智紀の言葉に、南は笑顔を崩さない。

 驚きも、焦りもしない。南の笑顔は、まるでその質問がわかっていたかのようで。

 「生きるのが楽しくないからだよ」

 「……嘘」

 「本当だよ」

 「……」

 智紀の瞳を、まっすぐと見て答える南の言葉が、嘘ではないことは、智紀はわかっていた。黙る智紀をクスリと笑い、南はゴミを片付け始める。

 「意外?」

 「……うん」

 「だろうねっ! ……じゃあ次は、私が質問する番。智紀はどうして、ここに来たの?」

 「……」

 「屋上は、立ち入り禁止。鍵は先生しか使えない。今日は始業式で、お昼休みはない。部活も今日は禁止。もう一度聞くよ。智紀はどうして、ここに来たの?」

 変わらない笑顔。透き通るような瞳。

 智紀は、胸元からあるものを取り出し、地面の上に置いた。置かれたものに、南は智紀の前で初めて表情を崩す。笑顔から、目をまん丸にさせた、驚きでいっぱいの顔だ。

 「こ、れ……」

 「見ての通り、銃だよ。本物。撃って弾が当たれば、人は死ぬ」

 淡々と話す智紀は「当たった場所にもよるけどね」と小さく笑い、肩をすくめる。そして、未だに目をまん丸にさせている南に、言葉を続ける。

 「僕、殺し屋なんだ。今日ここに来たのは、依頼を達成するため」

 「……嘘」

 「本当だよ」

 智紀の瞳は、先ほどの南と同じで。

 嘘を言っている瞳ではない。

 驚きでいっぱいの南に、「意外?」なんて悪戯っぽく笑った。

 「……うん、超意外。今月一びっくりした」

 「今月まだ5日しか経ってないのに?」

 「ちなみに、誰を殺しにきたの?」

 「企業秘密」

 智紀は、そう言いながら片付けを始める。銃も胸元へと戻す。

 「あ、もしかして私?」

 「それだけは違う」

 「えーざんねーん」

 南の言葉に、智紀は思わず動きを止めた。南に視線を移せば、ニッと笑って。

 「智紀に殺してもらおうかと思ったのに」

 固まる智紀に、南は笑いながら言葉を続けた。


 「私を殺してくれませんか?」



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