エピローグ

 明け方の空に、星が流れた。

「とーととととー、とーととととー」

 ゲルダ・ノーマンズフィールドは百頭近い羊を巧みに誘導しながら、中央平原テールスを今日の牧草地へと移動している。乾いた風が秋から冬の訪れを匂わせていた。

 大砂蟲テールスファーマーを倒し、精霊使いエレメンタラーの儀式が終わって一月が経とうとしていた。

 大砂蟲の死骸からは多くのものが生まれた。死骸を中心に沙漠がまたたく間に緑に覆われ、ついで折りたたまれていた街が立ち上がっていった――誰も住んでいない緑化都市が開拓された。本来、大砂蟲はそうあるよう設定された存在だったのだろう。誰も住んでいない、新しい土地。人が住むことのできる場所だ。大砂蟲の胎内で見た街にそっくりだと、ゲルダは思った。ただ、そこに機械人形の姿はなかったのだが。

 村の話し合いで、新しい街ができたことだけを、王都へ報告することにした。大砂蟲を倒したことも、そんな精霊使いがいることも伏せて。

 ゲルダはもとより、ベルやリコルも村に残ることになった。それほどの力を持った精霊使いは単に軍事目的に利用されるだけだと、祖母を始めとした村の長老たちは昔からよく知っていた。

 街に住むこともなかった。余計な争いが発生することはわかりきっていたから、村は引き続き、交通の要衝を管理しつづけることになるだろう。遊牧を営みながら隊商の護衛をする――今後は移住者も増えることを見越して、村は以前と変わらない生活を選んだのだ。

 これでよかったのか、ゲルダにはわからない。

 もうわからなかった。あんな冒険を知ったあとでは――。

 だからゲルダは、草原を焼き、方陣を描く。伝統衣装の文様――精霊召喚の儀式。

 目をつむり、印を切り、精霊の魔力を意識する――ちからの奔流を制御しようと、さらに意識を込める。頬を汗がつたう。

 その時だった。

 紐を通して胸にぶらさげていた通信機が、ノイズを拾う。

 いや、これは――。

《よう、マスター、なにやってんだ?》

 ゲルダが目を開けると、そこには雷精霊トニトルスがいた。

 音もなく、黒い躯体が立っている。背はゲルダより頭ひとつ分は高いが手足は細く、より人に近い形状シルエットだった。だが、間違いなく雷精霊だと、ゲルダは確信した。

「どうして……?」

 雷精霊は赤色単眼のフェイスガードを外すと、黒髪の男の顔が現れる。右目に縦に走った傷を皮肉にゆがめ、雷精霊は言った。

「いやなに、播種船ゴリアテのお偉方がよー、未開惑星には監視が必要だから、残れってよ」

「じゃあ、」

 ゲルダは意を決して言った。

「また契約する?」

「ああ」

 いいぜ、と雷精霊はあっさりとうなずく。

「マスターとの冒険は楽しかったしな。で、今度はどこに行くんだ?」

 ゲルダは笑い出す。

「変なの、素直だね」

「なんだそりゃあ」

 ううん、とゲルダは目尻に浮かんだ涙をぬぐうと、雷精霊に背を向け言った。

「じゃあ、とりあえず村に戻ろっか」

「羊、いいのかよ」

「夕方、また来るから大丈夫」

「じゃあ侵入鞘イントルード・ポッドから物資を拾って――って、おい、待てよ!」

 ゲルダは自分でもちょっと信じられないぐらい軽快な足取りで、草原を駆けていく。雷精霊の慌てた声を置き去りにして、ゲルダは地面を強く蹴って走り続ける。息が続く限り、きっとどこにでも行けるから。



                                       了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

精霊使いと軌道猟兵《トニトルス》 川口健伍 @KA3UKA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ