コンビニバイトを続けよう

「お金って何のことですか?」


「こないだ捕まえた魔王の息子の懸賞金とか私の傭兵の仕事料とか」


「そんなことやってるんですか」


 毎日赤字確定の中全然潰れる気配がないとは思っていたけど、そんなことしてたなんて。っていうかお昼だって触手があるとはいえしっかり働いているのに、どんな体力をしているんだろう。人間の基準で考えちゃいけないのかもしれないけどさ。


「だって、このお店ほとんどお客さんがこないんだもの。経営は私が傭兵で稼いだお金で成り立っているからね。あとは廃棄になりそうな商品を異種族チームに買い取ってもらったり」


「こないだの黒服の異種族の方たちですか」


 ケンカ売っただけじゃなく押し売りまでしているとは。そりゃMIBにも相当な恨みを買っているんだろう。まぁ、店長ならそれでもやっていけるだろうし、黙っておくことにする。


「さぁさぁ、着替えておいでよ。高橋くんがあと三人はいればお店ずっとお客さんが来てくれそうなのになぁ」


「結構難しいと思いますよ、それ」


 なんてったってここの仕事は大変だ。

 お客さんの相手はほとんどしなくていい。クレームだってまず入らない。掃除も在庫確認も補充も全部店長がやってくれる。その代わり、大切な仕事があるのだ。

 俺はロッカールームで着替えを済ませ、まずは休憩室の障子戸を開けて、一言。


「こら、働きなさい!」


「あ、要くん。おはよ」


「またごろごろしてるよ」


 この間はあんなにしゅんとして可愛げがあったっていうのに。すっかり元に戻った富良野さんはまた休憩室でごろごろする日々だ。


「だってー、あたしこないだ変な薬嗅がされて体が本調子じゃないんだもーん」


「もう何日同じこと言ってるの?」


「高橋さん。姫は体調が芳しくないんです。大声はやめてください」


「小木曽さんは甘いなぁ」


「そーだそーだ。あたしをもっと甘やかしてよ」


 これ以上甘やかしたら、糖分過多になってしまう。でも、引っ張り上げたところで何かやってくれるわけじゃない。俺はやれやれ、と首振って、店頭へと向かった。

 ぐるりと店内の様子を確認していると、秋乃さんがおにぎりコーナーの前で固まっている。


「仙台牛タン、仙台牛タン。ありませんね。私のデータではこの辺りに置いておくはずなのですが」


「おはよう、秋乃さん」


「おはようございます、マスター」


 どうやらまたデータと現実に違いが出て混乱しているらしい。こうなると同じ言葉をうわ言のように繰り返して仕事ができなくなってしまう。そこをフォローしてあげる。


「仙台牛タンおにぎりなら期間限定で、昨日で販売終了したよ」


「そうだったのですか。ではデータを更新しておきます。さすがはマスターです」


「休憩室にイベント一覧あるんだから最初からデータに入れておけばいいのに」


「日々の業務に追われてなかなか気が回りません。マスターはいろんなことに気がついて素晴らしいと思います」


 そのうち慣れる、と思っていたけど、やっぱりロボットに慣れなんて感覚的なものは身につかないらしい。でもこうして完璧でない方が秋乃さんらしくていいのかもしれない。


「そうかな。あんまりそんな気はしないんだけど」


「それに先日の一件から積載兵装を大幅に増加させたので体が重くて」


「それは置いてきなさい!」


「そんな。マスターを守るためですのに」


 しゅんとした秋乃さんにちょっと罪悪感を覚えるけど、兵装なんて物騒なものを常に抱えた人と一緒に仕事はしたくないよ。そのうち核爆弾とか持ち込んだりしないよね? 俺は非核三原則に賛成だ。

 次は窓側に並んだマガジンラック。今日は店長が並べてくれたみたいで、特に間違っているところはない。


「あ、今日この雑誌の発売日だっけ。最近色々あったから忘れてなぁ。ちょっとくらい読んでもいいかな?」


 今日も今日とて窓の外にお客さんが入ってくる様子はない。数もあるし、一冊くらい、とラックに手を伸ばすと、後ろから誰かに抱きつかれた。


「か、な、め、様」


 声を聞かなくてもわかる。この身長はジーナさんしかいない。神出鬼没な人だ。鬼じゃなくて悪魔なんだけどね。


「うわぁ! びっくりした」


「そんなところにある本なんて読まなくても私がお相手いたしますわよ」


「お相手? ってなんで一冊だけ青年誌が混ざってるの!?」


 俺が引き抜いた雑誌はマンガ誌じゃなくて青年雑誌。ここにあっちゃダメなものだ。ちゃんと一番奥側のゾーニングされたところに置きなおさないと。


「そんなわざとらしい反応をなさらなくても」


「ジーナさんが混ぜたんでしょ?」


「え、いえ、まさかそんな」


 目が泳いでいる。まったくなんでこう遠回しなことをするかな。それにこういうのをちゃんとしていないとお店の信頼に関わってくるのだ。


「未成年のお客さんが読んだらどうするの!」


「うぅ、すみません。でもお客さんの心配をする要様はお優しいです」


「そういうこと言ってるんじゃないの!」


 混ぜられていた青年雑誌をきちんと端に移しておく。これでよし。とはいってもこのコンビニに小さな子どもなんて来たことないんだけどね。


「もうちょっと構ってくださいな」


「わがまま言ってると駄々こねてる子供みたいですよ」


「そんなー!」


 へなへなとしおれるように座り込んだジーナさんを無視して俺は最後にレジに戻ってくる。今日もみんなのお世話係は大変だ。


「まったくもう、みんな好き放題やってるんだから」


「今日も巡回お疲れさま」


「店長にやってほしいんですけどね」


「でも私が店内歩き回ってるとお客さんが逃げちゃうし」


「難儀ですねぇ」


 これが毎日続いていく。一癖も二癖もある異種族たち相手にうまくいなしながら被害も受けちゃいけない。それができる人間が他にもいるんだろうか。それもこの近くに。


「それに曲者揃いで私にもなかなか簡単にはいかないよ」


「じゃあしっかり時間をかけて社員教育してくださいよ」


「高橋くんがやった方がうまくいくんじゃないかな?」


「これ以上仕事増やさないでくださいよ」


「ははは、それにしても」


 俺の困った顔なんてもう見慣れたと言わんばかりに店長は豪快に笑い飛ばす。


「またすぐに逃げられちゃうかと思ったけど。こうしてここで仕事と続けてくれるなんてね」


「何を急に感慨深く言い出すんですか」


「やっぱり高橋くんはまともな人間じゃないんだな、ってね」


「そんなことないですよ! 俺はまともですってば!」


「うんうん。それじゃお店の方は頼むよ」


 俺が言い返した言葉にも楽しそうに頷くばかりで少しも手ごたえがない。店長はその笑顔を向けたまま、すぐにバックヤードへと逃げていった。俺からじゃない。これから来るお客さんに姿を見られないためだ。

 まったく、店長まであんなこと言うんだから。


 もちろん俺もこのコンビニは嫌いじゃない。ちょっとどころじゃなく変わっている仲間ばかりだけど、こうして真正面から向き合えば、人間じゃない相手でもどうにかうまくやっていけるものだ。

 窓の外の青空を見ていると、あの広大な青に比べれば、自分たちの違いなんてほんの少しだけだなんて言葉も浮かんでくる。


「さて、今日も一日頑張りますか」


 気合を入れるために頬を叩くと、ちょうど自動ドアが開いて入店音が鳴る。


「いらっしゃいませー!」


 俺の威勢のいい声にお客さんがビクリと殻を震わせる。なるほど、どうやら初めてのお客さんみたいだ。俺は苦笑いを浮かべながら小さく頭を下げる。


 今日もまともじゃない人々とまともな俺の仕事は続いていく。

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コンビニバイトをはじめたら、まともな人間が俺しかいないんだが!? 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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