一瞬百撃

「で、人質とやらはどこにいるのかな?」


「あ、えっと、いざ尋常に!」


「やれやれ」


 もう人質はいなくなった。どうしようもなくなった自称魔王の息子は真っ向から勝負をしかけてきた。振り下ろされた剛腕を二本の触手で受け止めて、店長は余裕の表情を見せる。


「ちょっと痛いかもしれないよ?」


 柔和な微笑みは戦いの最中には見えなかった。百の腕を持つ英雄。その名前が嘘ではないことを改めて思い知らされる。

 天をくようにまっすぐに伸びた触手が、世界と二人を切り離すように渦を巻いて襲いかかる。新しい星でも生み出すのかというように黒い球体が二人を包み込んだ。


「一瞬百撃」


 球体の中から店長の声が聞こえる。激しい打撃音がやんで、また光の下に帰ってくるときにはもうすべてが終わっていた。


「私は決して殺さない。ただ気が変わるかもしれない。それはこれからの君次第だよ」


 床に倒れた自称魔王の息子は最初に俺を迎えたときの人間の姿に戻っていた。それを見下ろしながら店長は言い放つ。それに答えは返ってこなかった。

 樽みたいなお腹してなければ格好もつくんだけどな。めくれあがった服の裾を直しながら言っているとただのぐうたら親父に見えてしかたない。

 鬼頭さんという人に連絡をして、そのまま入れ替わりで俺たちは帰路に着いた。


「いいんですかね、あのまま放ってきちゃいましたけど」


「ちゃんと鬼頭に任せておいたから大丈夫だよ」


 店長がそういうなら大丈夫なんだろう。鬼頭さんというのはあのMIBがいた会社の社長さんで、コンビニのオーナーでもあるらしい。店長って雇われだったのを初めて知った。


「そういや彼の名前聞かなかったな」


「そういえば。結構高名なんじゃないですか? 店長のことも知ってたみたいだし」


「どうやら私と同じ世界の者らしかったしね」


 やっぱり店長ってこの世界の生まれじゃないのか。あの変な夢、やっぱり本当だったんだろうなぁ。


「その説明は一話分くらい長くなるからまた今度にしようか」


「それにしても久しぶりに見ましたわ。店長の必殺技」


「私は決して誰も殺さないよ。だから必殺技じゃないさ」


「そういう意味じゃないと思うんですけど」


 それにしても周囲を囲んで逃げ場をなくして攻撃なんて恐ろしい。どう見ても殺意の波動に目覚めてないと使えなさそうな技だったんだけど。


「それにしたって高橋くんも無茶をするよ。眠った振りをして相手の根城に潜り込もうだなんてね」


「早く富良野さんのところに行こうと思ったら、それが一番かなって」


 まぁ、実際こうして帰ってこれたんだから問題ない。暗い部屋にいたせいか、まだ夕焼けがまぶしく感じられる。問題が解決してほっとした体はずいぶんと重くなって、そのまま眠ってしまいたくなる。


「しかし、下手をすれば死んでいたかもしれません。高橋さんの姫への忠誠心、感服するっす」


「いや、俺のは忠誠心じゃないから」


「とっさの判断でそこまでしてしまうなんて、私はもっとマスターから学ばなくてはなりません」


「あのー、みんな? 私のことも褒めてくれていいんだよ?」


 店長が寂しそうに言うけど、誰もそんな話を聞いてくれないまま、それぞれに勝手なことを言い合っている。

 店長のおかげで助かったのは本当なんだけど、途中からもう自分たちとは違う世界の話みたいに思えてきてたから実感がわかないのだ。


 夕方から夜へと空は少しずつ変わり始めていた。それと同時に小木曽さんの背中におぶられていた富良野さんがようやく目を覚ました。

 俺と同じようにクロロホルムを吸わされたんだろう。ゾンビにも効く睡眠薬が効かないっていうのも我ながら怖い話だ。


「あれ、ここどこ?」


「あら、ゆかり。やっとお目覚めですの?」


「あ、ジーナだ。私何してたんだっけ?」


「覚えてませんの?」


 強制的に眠らされたのだから、目覚めがいいはずがない。富良野さんはまだ呂律の回らない口調でぼんやりとしている。いつもだらだらしているから見かけはいつもと変わらないけど。


「なんか昔の夢、見てた気がする。あの時も店長が来てくれたんだよね」


「今回は全員で来ましたわよ」


「わぁい、あたし友達いっぱいだ」


「のん気ですわね」


 やれやれ、と呆れたようにジーナさんが答える。いつもなら俺の仕事だけど、なんとなく言えなかった。俺が思っている以上に、富良野さんは壮絶な過去を持っていたのだから。もう少し優しくしてあげるべきなのかな。

 何も言わなかった俺がいないものだと思っていたらしい富良野さんと目が合う。その瞬間、一気に笑みがいっぱいになった。


「あ、要くんも来てくれたんだ」


「別にいてもいいでしょ。ちょっとは役に立ったし」


「へへ、嬉しいなぁ」


「それはそうと、ちゃんと言うべきことがあるでしょ」


「うん。みんな、ありがとう!」


 今度こそ謝るのかと思ったけど、出てきたのは感謝の言葉だった。でもそれでいい。変に謝られるよりもこうしてお礼を言ってくれた方がこっちだってここまで来た甲斐がある。俺もこういう前を見る姿勢は見習った方がいいのかもしれない。

 まだ睡眠薬の効果が抜けきっていないようで、ふにゃふにゃと笑っている富良野さんを見ながら、俺もちょっときごちない笑顔を返した。




「まったく勝手なことしてくれやがって」


「うちの従業員が誘拐されたんだからしょうがないだろう?」


「それでもこっちがやるっていうルールなんだよ。人間の社会ではそういうことになってるんだ」


「まったく鬼頭は融通がきかないね」


「お前がやりすぎなんだよ」


 富良野さんを助け出して、数日が経った頃だった。いつものようにバイトにやってくると、店長と白いスーツの男がなにか言い争っている。あの店長と面と向かってケンカできるってことは相当な人物だ。


「おはよう、ございます」


「やぁ、高橋くん。おはよう」


「高橋? このガキがくだんの向こう見ずか」


「えっと、どちらさまでしょう?」


「鬼頭だよ。私たちみたいな異種族と人間の間を取り持ってるような奴かな」


 何度か話の中に出てきたから知ってはいたけど、実際に顔を合わせるのは初めてだった。それにしても社長って聞いていたから、店長みたいにちょっと太っていると勝手に思っていたけど、こちらはまだ現役、それも顔に傷があって迫力もばつぐんという感じだった。


「そうなんですか」


「噂は聞いてるぞ。あの譲ちゃんのウイルスが効かないんだってな」


「そんな噂になってるんですか」


「そりゃそうだ。なんてったって俺たちにもわからねぇ未知のウイルスだからな」


「俺にはあんまり深刻さが伝わってこないんですが」


「そりゃ俺らには関係のない話だからな。困ってるのは人間だけよ」


 かはは、と鬼頭さんは豪快な笑いで口を開けて、奥の金歯まで見せつけてくれる。なるほど、店長とは逆の方向にかなりぶっ飛んでいる人のようだ。


「どうだ。ちょっとうちの細菌ウイルス研究に付き合ってくれねぇか?」


「そんな。俺はただの大学生ですし」


「別に研究員をやれとは言ってねぇよ。ただちょっと実験の治験者になってくれればよ。給料だってこんな貧乏コンビニより羽振り良く出すぜ」


 ここだって時給は超がつくほどの破格なんだけど、それ以上っていったいどんなくらいなんだろう。それは気になる。すごく気になる。でもどうせ使いどころがないっていう悲しい現実も同時に突きつけられるんだけど。


「ちょっとちょっと。うちの従業員を引き抜かないでおくれよ。貴重な人材なんだから」


 割って入った店長に鬼頭さんはけちくせぇな、と眉根を寄せた。

 そりゃ確かに次の人間がこのコンビニにバイトに入ってくる気配はない。それどころかやっとお客さんが来るようになった程度なのだ。俺がこの仕事を辞める日はそうそう訪れないだろう。


「あんまり危ないことに首突っ込んでるといつかはねられちまうぞ。気をつけな」


 そう言いながら鬼頭さんは自分の首元を親指で一文字に切った。その風貌でそんなことされたら怖いなんてもんじゃないんですけど。嘘でもないんだけどさ。


「こらこら、脅かさない」


「まぁいい。金は振り込んでおく。店潰さないようにしろよ」


「はいはい。それじゃあね」


 追い返すような手振りで店長が鬼頭さんを店から押し出す。特に文句も言うことなく鬼頭さんはそのまま車に乗って帰っていった。


 なんていうか異種族も様々なんだな。鬼頭さんは見ただけでカリスマ性が溢れていたけど、こっちの店長はその力を生かせないまま、しがない雇われコンビニ店長だ。ついでに元上司の魔王様はデパート経営者になっちゃったらしいし。


 なんだか人間以外の世界でも諸行無常っていうものを感じさせられた。

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