星のゆりかご
俺がアメノミナに乗り込み、ミヒロにこき使われて数週間。
その間にも組織の残党からはつけ狙われた。マシーン軍団を差し向けてくる、他の暗殺者たちが俺たちを襲う。それらを何とか凌いできたある日のことだった。
『よう、生きてるか?』
俺の下に担当官から連絡が来た。
担当官は小太りの男の姿をしていた。しかし、これは本来の姿ではない。俺も担当官の本当の姿を見たことはない。奴は、任務に応じて容姿を変える。はては、性別まで変える。
そんな奴を見分ける簡単な方法は、独特の電子声帯の声だ。奴は容姿を変える都合上、喉に機械を埋め込み、様々な声を発する。
任務以外では電子的に再現されたノイズのような声で話すのだ。担当官はその声で俺に語り掛けてきた。
「……あんたも生きていたのか」
『ん、まぁな。いやぁ、大変だったぜ。俺も久々に死ぬ覚悟だったんだが……案外、やってみるもんだな』
「……?」
俺は、担当官からの連絡が来た時、最後通告でも来たのかと思った。形はどうあれ組織を裏切った身だ。ならば、始末されても仕方がない。
それに、担当官は俺に殺しの技を教えた師匠であり、組織きっての暗殺者だった。
「俺を、始末するのでは?」
『あ? なんで、そんなことをする必要があるんだ?』
「俺は、組織を裏切りました」
『あぁ、そのこと? すまん、あれはお前を囮に使っただけだ』
「え?」
『でもまぁ、お前なら死ぬことはないと思っていたし、何よりほら、そっちにはアメノミナがあるだろ?』
「待て、どういうことだ」
俺は、混乱していた。話が、読めなかった。
『うーん。まぁ、簡単に言うとだな。組織は潰した。俺が潰した。正直、ついていけなくなったんだよねぇ。お前は下っ端だから知らんだろうが、俺たちの組織は科学者を拉致、監禁してその技術で連邦転覆をはかっていたんだよ。今の時代、世界征服だぜ? いくらなんでもそれは古いだろ? それに、地球の危機だ。征服だなんだしてる前に俺たちが侵略者に殺されてしまう。俺は死にたくないし、そろそろこの仕事にも嫌気がさしてきてな。だから、組織を売った。連邦にな』
俺は絶句した。
担当官が何を言っているのかがわからなかった。
『あ? 驚いてるのか? ま無理もねぇわな。俺も、まさか組織を潰せるとは思ってなかったんだよ。でも、うまく言ったぜ? ボスは殺した。主要メンバーも大半は始末したし、あとは連邦が捕まえるだろ。それに、組織の戦力の大半はアメノミナでぶっ潰しただろ?』
「なぜ、そんなことを?」
『だから言ってるだろ? 飽きたんだよ、この仕事に』
「ふざけるな。本当のことを言え」
『……娘の復讐だよ。俺は組織に娘を殺された』
その瞬間、担当官の電子音声が低くなった気がした。圧が違う。雰囲気とでも言うのだろうか。
『……なーんてな!』
が、それは一瞬にして消え去った。担当官の電子声帯からラッパの音声が流れる。口笛のつもりらしい。
『俺にガキはいねぇよ! こんな仕事してんだぜ? まぁ真面目な話、マジについていけなくなったワケ。でも、お前はほら、俺が拾って、育てたわけじゃん? それになりに情愛はあるわけよ。だから、お前を送り込んだ。あとは好きにしろ。あ、でも、組織の暗殺者が何人か逃げてるみたいでよ。こいつらが俺やお前の始末に来るかもしれねぇ。幹部どもと違ってこいつらは追ってから逃げるプロだからな。連邦の手腕でもまぁ捉えるのは難しいだろ。そこらへんは、自分で何とかしてくれ。じゃな、俺も実は今逃げてる途中でな――』
ぶつん、と通信は途切れた。最後の方では爆発音が聞こえた気がする。
俺は唖然としながら、途切れた通信回線の前で立ち尽くしていた。
そして、ゆっくりと背後を振り向く。ミヒロが得意げな顔を浮かべていた。
「貴様……知っていたのか?」
「あぁ。彼? 彼女? まぁとにかく君の担当官から連絡が来てね。それに乗ったのさ。君の組織は私に散々ちょっかいをかけてきたしね。鬱陶しかったし、アメノミナを奪おうとしていたし、むかーっと来てね。で、ぶっ潰すからって誘いに乗ったのさ。いやぁ、でもあんな大部隊を差し向けてくるなんて思ってなかったよ」
ケタケタとミヒロは笑った。ひとしきり笑った後、彼女は笑みを携えたまま、俺ににじり寄る。
「で、だ。組織とやらの暗殺者は怖いが、そこはそれ、あとの問題だ。今、私たちが何とかするべきは、宇宙からの侵略者だよ」
「俺は人間不信になりそうだ……もう何も信じられん」
「君、意外とメンタル弱いね」
「うるさい。それで、何をすればいい。もうこうなれば破れかぶれだ」
「おぉ、やる気を出したね、少年。よーし、じゃあ宇宙だ。宇宙行くぞ。そしてエイリアンをぶっ飛ばそう!」
***
というわけで、俺は今、アメノミナに乗り込み宇宙空間へと唐突していた。
意味が分からない。こいつと出会ってからというもの、散々振り回されっぱなしだ。
それに、形はどうあれ、俺は、なぜか地球を守る若き戦士ということになっていた。とんだ皮肉だ。俺は散々人を殺してきたというのに。
「あー、物思いにふけっている所悪いが、来たよ。あれだ、小惑星」
コクピットシートの真後ろ。いつもの定位置で、ミヒロがモニターの一つを指さす。地球に落下するという小惑星が写し出されていた。小惑星などというが、アメノミナよりも何倍も巨大だった。
「うーん、やっぱりか。明らかに観測データより、巨大になっている。連中め、質量を増やしたな? これだと、破砕レーザーや核でも外殻の完全な除去は難しいな。でも、ないよりはましかな」
ミヒロは淡々と計算をしていた。
「それで、少年。手順は覚えているね?」
「破砕後、残ったエイリアンの戦力を潰す……だったな?」
「そう。最初からフルパワー、ちゃちゃっと片付けよう。私としても、アメノミナを本来の用途に使いたいからね」
「俺はさっさとこいつと貴様からおさらばしたい……」
「そういうな、ここまで来たんだ。最後まで付き合ってくれよ……うん?」
「どうした?」
「いや……」
モニターを眺めていたミヒロが急に難しい顔を作る。初めて見る顔だった。
こいつはいつもニタニタと気味の悪い笑顔をしていた。まぁたまに子どもみたいな顔もするが。
「些細なことだ。君は、操縦に専念してくれ」
「……? わかった。始まるぞ」
俺たちの背後にずらりと並ぶ宇宙戦艦の艦隊とミサイル衛星たち。
そこから大量のビーム、レーザー、核ミサイルが発射され、小惑星に撃ち込まれていく。次々と閃光が走り、破砕された破片のいくつかが飛んでくる。
「……これは、大気成分?」
「おい、何をぶつぶつ言っている」
俺には彼女のささやきは聞こえていなかった。爆光と蔓延するガスの向う側に、敵を発見したからだ。
「あれは……」
俺は、息をのむ。
モニターに映し出された先にいる敵、その大きさは八十メートル。アメノミナと同じ大きさだった。しかし、姿形は違う。あちらは土色をしていたし、頭部はなく、猫背で胴体部分から両腕と両脚が生えているような奇妙な姿をしていた。その胴体自体が顔のようにも見えた。
大量の攻撃で、めくれ上がった小惑星の大地に、奴は立っていた。俺もまた、アメノミナを奴と対峙させるように降下させた。
「やっぱりそうか!」
同時に、ミヒロが叫ぶ。
「なんだ、急に! 耳元で!」
「なんてことだ。この小惑星の大気成分は一定の生命が活動できる範囲にまで改良されているんだ!」
ミヒロは興奮していた。
「は?」
「気をつけろ、少年。奴は、アメノミナと同等の性能を持ってると見ろ。奴らはこの小惑星を前線基地にするだけじゃない。生活できる環境へと作り替えていたんだ。今はこちらの攻撃でめちゃめちゃになっているが、奴を中心に徐々に大気が浄化されている……それでも、私たち人間にしてみれば毒だがね」
「どういうことだ。なぜ、奴にそんな能力が……」
「知らないよ。でも仮説は立てられる。少年、奴を地球に降ろすな。降ろせば最後、地球は滅ぶ。奴は、地球の環境そのものを改良しようとしているぞ。そうか、そういうことか! エイリアンの目的は隕石を落とすことじゃないんだ。いや、それは単なる掃除だ。連中の狙いはあの機体だ! あの機体を地球に降ろし、環境を塗り替えることだったんだ! これは、エイリアンのテラフォーミングだったんだよ!」
***
戦いは熾烈を極めた。まず、俺はマシーンの操縦なんて数週間の経験しかない。それでも何とか生き抜いてきたのはアメノミナの性能のおかげともいえる。
だが敵はそのアメノミナと同等の性能を誇る。正直言って、追いつめられていた。
戦闘能力は互角。しかし、どうやら敵は訓練されている。俺は、殺しの腕には自信はあるが、戦闘の方はそうはいかない。重火器は仕えても、俺は兵士じゃない。
「一か八か、賭けに出てみるかい?」
「なに?」
拮抗した戦場で、ミヒロはいつものひょうひょうとした声で語りかけてきた。汗一つない。こいつには焦りという感情はないのかもしれない。
「戦ってダメなら、からめ手だ。取り敢えず、敵の攻撃を耐えて、そして奴を地球に降ろさないように頑張ってくれ。私は今から作業に入る」
「……ちっ」
癪だが、俺にはどうすることもできない。なら、今はこの天才にゆだねるしかない。
こいつは、確かに天才だ。この状況を打破する何かがあるはずだ。それを、信じるしかない。
「何分持たせればいい」
「わからん。私が良いというまでだ」
「くたばれ!」
俺は意味もなく叫んだ。
がむしゃらだった。アメノミナの巨体を頼りに、殴る、蹴る、とにかくあらゆる攻撃を繰り出した。時は小惑星の破片を投げつけたりもした。それでも敵は巧みに捌き、避け、こちらに攻撃を当ててくる。
火炎、水流、暴風、稲妻、土石流……ありとあらゆる攻撃がアメノミナを襲う。俺もまた同じようにそれらを繰り出し、防ぎ、肉薄し、攻撃を加え、耐え忍ぶ。
そして……
「きた! まさか、こんなことで私の夢を実現させることになるとは思わなかったが……!」
どれほどの時間が経ったのかはわからないが、ミヒロが喝さいをあげた。
「早く、しろ!」
かくいう俺は体力の限界だった。慣れないことばかりが続いて、気が気じゃない。
「あぁ、今すぐにでも!」
ミヒロは嬉々とした表情で何かのプログラムを起動させていた。
その瞬間、アメノミナの全システムがダウンする。
「お、おい……!」
「大丈夫」
焦る俺に反して、ミヒロは……少女のような笑みを浮かべていた。
一方、敵はこちらの機能が停止した事に気が付いたのか、急速に接近を仕掛けてくる。数秒後、激突。猛烈な衝撃が俺たちを襲う。
「くそ、どうにもならんぞ!」
「大丈夫だって言っただろ?」
一体何が大丈夫だというのだ……俺は心中は御免だ。
唯一生き残っているモニター。そこには敵が拳を振り上げ、アメノミナのコクピットを潰そうとしていた。振り下ろされる拳。俺は、がらにもなく目をつぶっていた。
「……?」
だが、衝撃は来なかった。
不思議に思った俺は、ゆっくりと瞼を開ける。すると、そこには驚くべき光景があった。敵のマシーンが異様にもがき、苦しんでいるのだ。
「連中は地球の環境を変えようとしていた。それは、地球の大気が奴らにとっては毒だからだ。逆に連中の環境は私たちにとっては毒。そしてお互いのマシーンはそれぞれの環境に作り替える装置……私たちは、それを戦闘に向けていた。出力の問題だね。だから、私はそれらの出力を環境改善機能に振り分けた。今やアメノミナは環境を作り出す装置だ。そして、この破壊された破片の大気は、地球のそれに近づきつつある」
「……星を、創る?」
「あぁそうだ。そして……」
ミヒロは突然、コクピットの開閉装置を起動させた。
「おい!」
俺が顔面蒼白となった。だが、不思議と俺たちが死ぬことはなかった。
外は宇宙空間のはずだ。それに放射能が蔓延しているはずだ。
なのに、俺たちは呼吸が出来た。それどころか、かすかな重力を感じていた。
「言っただろ? アメノミナは環境整備だって。重力、大気、そして環境の全てをこの一体で賄う。そんなマシーンを作ったつもりだよ、私は」
そして、敵のマシーンは完全に沈黙した。
俺は、その光景を唖然と眺めるしかなかった。
「本当は、こんなことには使いたくはなかったのだけど、まぁ仕方ない。これも世の為、人の為だ。さて、それよりどうする?」
「……どうするとは?」
「君の今後だよ。降りるのかい? それとも裏社会に戻るかい?」
「……知らん」
俺はとにかく疲れていた。大きく息を吸い、吐き出す。どっと疲れが押し寄せてくる。眠たくなってきた。
「寝る」
「あぁ、そうかい。お休み。膝枕してあげようか?」
「いらん……」
「ま、そういうな」
「いらんといってるだろ……おい、やめろ」
「なんだ、恥ずかしいのか?」
ミヒロは抵抗する俺を面白がっているのか、妙にべたべたとくっついて来る。
本当に、やめてくれ。俺は、眠たいんだ。
ダーリン・バッド・ハニー 甘味亭太丸 @kanhutomaru
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