ダーリン・バッド・ハニー

甘味亭太丸

暗殺者と科学者

 今年、小惑星が地球に衝突するから世界は滅亡する。

 飽きもせず、そんなバカげた話がメディアでは取り上げられていた。数百年もの間、人類はこの手の話題が好きだった。

 でも、人類は未だに生き残っていた。

 俺としては、今日明日滅びるのでないなら、それでいい。ただ今を生きる分には関係のない話だからだ。

 それに、今年は2135年。

 人類は、宇宙に進出し、そして、星々を開拓しようと、しているのだから。


***


 俺は暗殺者だ。殺しを生業としている。

 殺した数は覚えてないが、両手で数えきれないなのは確実だ。

 物心ついた頃から、俺は泥水を啜って生きてきた。

 その手にはナイフを持っていた。

 どうしてそうなったのかは覚えていない。

 わかるのは、誰かを殺さなければ、自分が死ぬということだ。


「さぁ、さぁ、気張れよ少年。ここが正念場だ。君も犬死には御免だろぅ?」


 俺の真後ろで女がケタケタと楽し気に笑っていた。煤で頬が汚れ、眼鏡も片側のレンズが割れており、至る所に擦り傷があるのにも関わらず、この女は笑顔だった。

 今は、笑う暇などない状況だというのに。


「しかし、アメノミナの初起動がこんな大舞台になるなんてなぁ」


 女の気の抜けた声が木霊する。

 広いともいえないが、狭いともいえない空間、しかし薄暗く、わずかな照明は俺たちの四方八方を埋め尽くすモニター類。その空間の中央に用意されたシートに俺は腰かけ、女はその後ろにしがみついていた。


「何故、俺がこんなことをしなければいけない」


 俺は、この状況に混乱していた。いかなる殺しの仕事でも動揺したことはない俺でも、この状況は理解できなかった。

 俺は所謂コクピットに座っている。機械の中にいる。それは全長80メートルを超す巨体であった。そして手足を持ち、真一文字に力強く結ばれた口、真っ赤に光る両目を携えた彫刻の如き顔を持っていた。

 全身は灰色であり、鉄独特の鈍い光沢を放っていた。

 巨大ロボット。そういうのが正しいのだろうか。だが、それは非常識な話だ。

 この世界に、巨大ロボット兵器はこの『アメノミナ』しか存在しない。

 こいつが、世界で初めての人型の巨大兵器なのだ。


「そりゃ、君が私を殺そうとして、失敗したからだよ」

「失敗などしていない」

「でも、私は生きている」

「……邪魔が入っただけだ」

「プロなんだろ?」

「今すぐ貴様を始末することもできる」

「そして、何もわからないまま、君もここで死ぬ……なるほど完璧な作戦だな。私も若い男の子と心中できてうれしいよ。一つ心残りがあるとすれば、私はまだ……」

「うるさい、黙れ」


 口の減らない女だ。

 そもそも、俺はなんでこの女と世界初の巨大ロボットのコクピットにいるのか。

 第一、俺はこの女を殺す為に送り込まれたはずなのにだ。


「マッドサイエンティストめっ!」

「はっはっは! 愚鈍な凡人の言葉が心地よいな。ほら、来たぞ。大部隊だ。全く、私一人の始末にどれだけの部隊を差し向けるのやら。君の組織は大金持ちだな」


 コクピットの前面モニターに映し出される映像には戦車、ヘリ、戦闘機……大量の兵器が群れを成していた。一個師団というのだろうか、俺はあまりそのあたりは詳しくないが、大部隊だ。


「それだけ、組織は貴様を危険視しているということだ」

「ふぅむ。私は大天才であり、確かにマッドだと自覚しているが、世界を征服しようなんてことは考えたことはないがねぇ? むしろ、より良い生活の為に色々と技術を提供してやってきたつもりだが」

「組織の決定だ。そこにどんな過程があったかなど、俺は知らない」


 そうだ。俺はこの女を始末して、それで任務が終わるはずだったのだ。

 なのに、俺は今は、組織が差し向けたであろう大部隊に取り囲まれつつある。

 なぜなら俺は、殺しのターゲットであるこの女、ミヒロ・チューナーと共にこのアメノミナで逃亡しているのだから。


「くそ、飛んだ任務だ。担当官には文句を言ってやる」

「ほらほら、文句言ってないで。向うは撃ってくるよ? そして私たちの後ろには民間居住区がある」


 ミヒロは薄ら笑いを浮かべながら、パネルを操作する。一台のモニターがアメノミナの背後を映し出す。市街地だった。俺たちの現在地からまだ十数キロも離れているが、兵器間の射程距離で考えれば目と鼻の先といっても良い距離だ。


「……このでくの坊は攻撃に耐えられるんだろうな?」

「豆鉄砲で傷ができる程ヤワじゃない」

「そうかよ……!」


 俺は腹をくくるしかなかった。

 操縦桿を握りしめる。こいつの操縦方法なんて知らないが、かといってこのまま殺されるのも御免だった。

 暗殺者なんて仕事をしておいて、このようなことを考えるのはおかしいかもしれないが、そんなことは構わない。

 俺は、死にたくないからだ。俺は生きる為に、殺してきたんだから。


***


 組織の大攻勢を切り抜けた俺は急ぎ、担当官へと連絡を取ろうとした。

 俺をこんなふざけた任務に就けた担当官。そして、俺の育ての親であり、師匠でもある奴だ。

 だが、どういうわけかいくら呼び掛けても奴は連絡に出ない。秘匿通信、プライベート通話、それこそ一般回線ネットワークからも呼び掛けてみたが、一切の応答がない。

 これは、してやられたかもしれなかった。

 組織に捨てられたのは良い。どうせ、俺たちは鉄砲玉だ。


「おや、どうしたんだい? 捨てられた子犬みたいな顔をしているね?」


 アメノミナのコクピット。

 座席に座る俺の背後で、ミヒロはニタニタと笑みを浮かべていた。

 ムカつく奴だ。ここで始末するか?


「やめときなさい。何度もいうが、今ここで私を殺せば、君は連邦に掴まり、銃殺だ。今の所は、私の言うことを聞いておいた方がいいぞ」

「ちっ……」


 癪だがミヒロの言う通りだった。

 あの攻撃を潜り抜けた俺は、あれよあれよと連邦の基地にアメノミナを収容する羽目になった。俺の身元がバレることはない。ミヒロの暗殺を実行する際に、俺は組織から仮の身分を得ていた。その時の俺は、連邦の新人局員というものだった。

 恐らく、その身分はまだ残っているはずだ。


「なぁに安心したまえ。君は私が雇ったパイロット候補、実験台ということで話を通す。私は、天才だ。天才にはコネがあるのだよ」


 ミヒロはフフンと胸を張る。


「ま、本音を言うと私もひやひやしていたんだ。なにせ、いきなりの襲撃だろう? よくもまぁ生きていたと思ったよ。君がいてくれなければ、アメノミナも披露できなかった」

「こいつは、アメノミナは一体なんだ? ただの兵器ではない」


 大部隊を相手に、アメノミナは傷一つ負うこともなく戦い抜いた。

 圧勝だった。砲弾、ミサイル、光学兵器、それら全てをアメノミナは受け止め、弾いた。一見するとアメノミナには武器が搭載されていない。だが、こいつは飛んだ火薬庫だった。全身からの猛烈な熱波は鉄を溶かし、流体操作による水流カッターから水の壁、一つの台風並みの威力を発揮する暴風を編み出し、晴天の空から雷を落とす……思い出すだけでも意味が分からない。


「天変地異を操る機械だと? ふざけるな。大概にしろ。これは、もう兵器の枠を超えている。組織が貴様を危険視した意味が分かる。貴様は、何を作ろうとしているんだ」

「え? 環境整備マシーンだけど?」

「は?」


 ミヒロはあっさりと、さも当然のように答えた。


「文明は常に火と共にあった。だから火を使う。水は豊かな豊穣を齎す。だから水を使う。風は……まぁ時々厄介なものを運んでくるが、なくてはならない。雷は自然界きってのエネルギー源だ。その他にも環境というものは私たちが生きていく上で、重要なファクターとなる。私はそろそろ地球に恩返しをしないといけないし、この宇宙時代、ちまちまとテラフォーミングするのも大変だろう? だから、私は一挙にそれらを解決する方法を考案したのさ。その結果がこのアメノミナさ。どうだい、凄いだろう? 自然界の力だ。まぁ機械で再現してるだけにすぎないがね。でも、再現は再現だ。アメノミナの力を十全に使えば、死の惑星を再び生命あふれる水の星にすることだって可能だ。私は、そういうマシーンを作ったんだよ。戦闘能力はあれだ。副産物だ」


 俺には、この女が何を言っているのか理解できなかった。

 環境を再現する。自然を扱う。星を作る……それでは、まるで、神じゃないか。


「貴様は……何がしたいんだ?」

「何って、星を創りたいんだけど?」


 俺は、絶句した。


「星を、創る?」

「そ。私の小さい頃からの夢。ほら、星の王子様ってあるだろ?」

「……知らん」

「あぁ、そう。まぁかくいう私もあれのストーリーは覚えてないんだけど、あの物語には家ぐらいの大きさの星が出てきてね。そこに王子様たちが住んでいるんだよ。凄いロマンチックだよね? 家みたいな小さな星に生命が住めるんだよ?」

「それは所詮、物語だ」

「でも人間の空想で実現できないものはないっていうじゃないか。私はね、どうしても実現したかったんだよ。そんな小さな星をね」

「それが、なぜこんなバカげたマシーンに繋がる」

「世の中は小型化、実用化の時代だけど、いや厳しい。今の私じゃ、生命が生活できる環境を疑似的に作り出す為にはこんな巨大なものしか用意できなかった。随分とお金もかかってしまった。夢はお金でしか買えないみたいだ。でも、ほら、私は天才だから、特許はたくさんあるんだよ」


 ミヒロは目を輝かせてた。まるで少女のようだ。夢と希望、明るい未来を見る子どものような目でミヒロは語っていた。


「でも、夢を叶える前にやらないといけないことも出てきてしまった。大人ってのはそこが辛い。そして私は聖母のように優しいからついつい世話を焼いてしまうんだよ」


 コクピットの装置をあれこれ弄りながら、ミヒロは急に真顔になった。アメノミナには量子コンピューターが内臓されているらしい。こいつ一台で演算機能の代用ができるのだ。

 コクピットの全てのモニターに同じ画面が写し出される。そこには星の観測データなどがあった。


「今年は2135年。さて、君はこれが何を意味するかわかるかね?」

「……知らん」

「だろうね。まぁそれはどうでもいい。これから説明する。端的に言うと、地球は滅びる」

「なに?」


 また、急に唐突な事を言い出した。


「貴様が滅ぼすのか?」

「バカをいうな私はそんなことしない。愛する母なる星だぞ? 滅ぼすのは私じゃないし、人類でもなし。こいつだ」


 ミヒロがパネルを操作すると、宇宙空間を漂う小惑星が写し出された。


「数百年前から度々話題になっていた小惑星だ。この年、この小惑星が地球への落下コースに入っているといわれていた。それは変わらない」

「……宇宙艦隊の隕石破砕のレーザー装置を使えばいいだろ。それに、核だってある」

「あぁ、理論上、この小惑星を破壊するに充分な火力が人類にはある。でも、それだけじゃ意味がない。外殻を破壊しても意味がない」

「外殻?」

「それが、いつ、そうなったのかはわからない。私もそれを知ったのは十四の頃だった。その時には既に、この小惑星は奴らの前線基地となっていた」

「奴ら? それはなんだ、テロリストか?」

「なら可愛いもんだったんだがね。そうじゃない。正体はわからないが、エイリアンだよ」

「宇宙人? 馬鹿な!」

「君ね、今は宇宙時代だよ? 我々は地球を飛び出し、木星の衛星すらもテラフォーミングしようっていう時代だ。宇宙人の一つや二つは想定しておくものだろ? ま、とにかくだ。敵が来ているんだよ、敵が」

「……お前は、その為にこのアメノミナを作り上げたのか?」

「いや、そんなつもりはないけど? でも、アメノミナなら何とかできるかなぁっと思った。だから、大事の前の小事で、憂いは絶っておかないとね」


 ミヒロはニコリと笑った。まるで夢見る少女のように。


「ということだ。君には暫く付き合ってもらうよ。全てが終わったら、まぁ解放はしてあげる」

「その時は貴様を殺す」

「まだ、それいうのかい? 君はどうみても組織に捨てられてるじゃないか」

「……」

「ま、いいけどね。でも、私を殺さなくても、君はもういいと思うけどなぁ」

「どういう意味だ?」

「ん? 君の組織は、たぶん、壊滅してるよ?」

「待て、どういうことだ……?」


 俺の知らない何かを、ミヒロは知っている。そう感じた俺は奴に詰め寄ろうとしたが、その前に警報が鳴り響いた。


「ほら、来たぞ。敵襲だ。今度はさっきみたいな雑魚じゃないぞ」

「待て、説明をしろ。貴様は何を知っているんだ!」

「この戦いが終わったら説明してやる。良いから、今は目の前の敵に集中しろ。出撃するぞ、衝撃に備えろ」

「くそ……!」


 俺たちは基地から出撃する。

 組織が壊滅しているだと? どういうことだ。だから、担当官とも連絡が付かなかったのか?

 だが、どうやって組織が壊滅したんだ。組織は、裏社会を牛耳るとまで言われた巨大なものだ。連邦ですら、おいそれとは踏み込めない領域に存在するはずだというのに……。 

 俺の疑念は膨らむばかりだった。だが、それを考えているばかりではないのも事実だった。

 基地から出撃した俺たちの目の前に現れたのは、見たこともない戦闘機と数機の人型だった。


「宇宙人の兵器……だとでもいうのか?」


 少なくとも、地球上ではいまだに確認されていない兵器群だ。


「いや、どうやら違うみたいだ。あのマシーンに使われているのは地球のものだ。どうやら、君の組織も中々な科学力を持っているみたいだね?」

「そんなことは俺は知らない……組織が、あんな戦力を持っていたなんて……おい、そんなことより余裕を言ってる場合か。対抗できるのか?」

「多分ね」


 ミヒロはニタニタ顔で笑みを浮かべていた。気に入らない顔だ。組織の任務ではなく、個人的に始末したい顔だ。

 だが、それよりも、俺はまた、戦いの場に繰り出されてしまった。


「なんで、こんなことになったんだ……」


 俺は死にたくない。だから、例え、組織が相手でも、俺を殺そうとするなら、俺は戦うまでだ。

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