最終回 この世界で俺は生きる

 容赦なく窓から照りつけてくる光に、目を細める。


 一週間前ようやく屋根のある安全な寝床を確保できたのは良いものの、辺りに日光を阻害してくれる建物が一つもないことだけは欠点だった。俺は布団の代わりに段ボールを敷いていたベッドから上体を起こし、寝不足を紛らわすため欠伸をする。


「リナのやつ、どうしてるかな……」


 ベッドの寝心地の悪さから、俺は思わず教会で寝泊まりした時のことを連想してしまう。あまりに寝相の悪かったリナは寝たままロップとレイを乗り越え、俺の上に乗っかって腹を圧迫したのだった。


 仄かに暖かい日の光に照らされて気が緩んでいたのもあるのだろう。昔の思い出がとめどなく溢れてきて、いつの間にか俺は頬を緩めていた。


「いや、駄目だな。気を抜いてる場合じゃねぇ」


 俺はブルブルと首を振って、気を引き締める。あの世界のことは思い出にしちゃいけない。あくまで、目標でなくてはいけないのだ。


 だが郷愁の念が抜けきる直前、俺は一言だけ、嫌に明るい窓に向かって呟いた。


「俺はこっちの世界でも……頑張れてるよ、リナ」


 そして今度こそ、表情を険しいものにしてベッドを下りる。そこに広がっているのは普通の一軒家の内装ではあったが、壁は壊れ床は抜けと、明らかに何かに攻め入られた跡があった。


 そう、郷愁の念に浸っている場合ではない。少しでも気を抜けば……俺達は死んでしまうのだから。






「おいおめぇら! 今日も変わりはねぇか!」

「あっ、コウタの兄貴! あざぁーっす!!!」

「「あざぁーっす!」」


 廃墟と化した一軒家を出て、俺はのあるところまで出向いた。するとそこには三十人ほどの巨漢が立っており、しかも全員が俺に頭を下げながら挨拶をしてくる。どうしてこうなった。


 俺はラノベ知識と異世界での経験により並大抵のことでは動じない自信があったが、それでもこの巨漢達を見る度に思う。どうしてこうなった。


「ところがですねコウタの旦那、これは確かな情報とは言えないのですが……。の魔の手が、そろそろここにも届きそうだと県境の連中から連絡が」

「あー。それは分かったが、まず兄貴か旦那か呼び方統一しろよ。なんかすっげぇ気になる」

「……! 流石ですね兄貴、この状況でも呼び方なんて気にするその余裕。俺達も見習わなきゃいけねぇですな」


 ガッハッハ、とわざとらしい笑顔を浮かべる一人の巨漢。


 まぁ我ながら言うタイミングが微妙な気はしたが、やはり旦那と呼ばれるとどうしてもロップの顔が思い出されてしまい、意識が現実から離れてしまうのだ。

 我ながら情けないとは思うが、それくらい、あの世界での冒険は俺の芯になっていた。


「まぁな。奴らの本隊が攻めてきたところで、どうせ俺達のやることは変わらねぇ。変に気を張ると早死にするぞ」

「そうですね。死ぬまで生きろ。それが俺達レジスタンスの信条ですからね」


 戻ってきたこの世界は完全に荒れていたというのに、俺が脱水症状で死んでから五年しか経っていなかった。聞くところによると京都府が日本から独立し、辺りの都道府県を侵略しようとした結果らしい。何を言ってるか分からないと思うが、俺も分からない。


 謎の新エネルギー源を得た京都府は侵略国家キョウトを名乗り、そのエネルギーで稼働する全自動人型兵器を量産。その戦力を前に、既に中部地方よりも西はキョウトの手に落ちていた。


 侵略の影響で日本の各地で暴動や内戦まで起こり、日本の政府までも暴走。この世界に戻ってきた俺と魔王は、それに抵抗していたレジスタンスの下働きとして加入したのだ。


「最初はなんでこんなガキどもがレジスタンスにと思いましたが、旦那達の勇姿と在りかたを見て、俺達は考えを改めたんですよね……」

「その総集編風の回想やめろ。死亡フラグっぽくなるだろ……」


 最初は下働きだった俺と魔王だが、異世界での経験を活かす内にレジスタンスの中でも認められ、魔王はここの団長になり俺は副団長となった。

 情報の上では既に死人であることも色々な方面で役に立っており、顔を見せないようにしつつも家族は安全な場所に移している。


 この世界に来て魔法は使えなくなってしまったが、異世界の武器と、武器の腕はなくならなかった。二刀流の魔王とそれを補佐する二槍流の俺は、レジスタンスに希望を与える名コンビとしてその名を轟かせた。


 大怪我を負っているとはいえ魔王の強さはレジスタンスを強く導いていたし、人を生かす方面では俺の策略が活きた。お互い反発することは多かったが戦っている内に俺達は友情を深め、魔王が死ぬ時も団長の座は俺に任せてくれたのだ。

 でも俺は、魔王は完全に死んだのではなく、どこか違う世界線でよろしくやっているのだと信じている。あいつはそう簡単に死ぬタマじゃねぇ……。


「って、やっぱおかしいよなぁ!?」

「うわ、いきなりどうしたんですか旦那!」


 したり顔で回想してきたけど、やっぱりこの展開おかしいだろ!


 何だよ侵略国家キョウトって! この世界に戻ってくる時色々覚悟はしてたけど、流石にこれは想定してねぇわ!!!


 まぁ、異世界に行く前だったら絶対にこう上手くはいってないのも確かだから、別に良いんだけどさ……。

 レジスタンスの下っ端時代でもへこたれない心、反論を恐れずにレジスタンスを正しい方向へと導いていく覚悟、そして何より異世界に帰りたいという強い意思。良いんだけどさ……。


 俺はレジスタンスを率いながらも何とか異世界に帰る方法はないかと、荒れた図書館を漁ったりキョウトから救出した研究者に聞いたりと色々していた。

 例え何十年かかっても、俺は異世界に帰るつもりだ。


「あっ、コウタの旦那! 緊急の連絡です! やはりキョウトの先遣隊がこっちに向かっているようです」

「数は?」

「アンドロイドが二中隊分! しかも、周囲に分散することなく一直線に向かってきているようです」

「何っ! 本部の位置がバレたのか!」


 アンドロイドというのは全自動人型兵器のことだ。

 想定していた中で最も最悪な報告に、俺は内心頭を抱える。しかしそれは顔に出さず、いつも通り冷静に指示を与えた。


「取り敢えず、この本部は放棄だ。電話が通じてる内に茨城支部に連絡して統率権を委譲! アンドロイドどもは牽制攻撃をしつつ狙撃ポイントまで誘導するぞ!」

「イエッサー!」


 熟練のレジスタンス達が、俺の指示通りに行動を開始する。


 俺が団長になって以来、レジスタンスはキョウトの打倒よりも、いかに生存するかに力を入れている。だから今回の作戦も、逃走のために最低限の戦闘を行うためのものだ。


 アンドロイド達と戦ったことは以前にもあったし、今回も大丈夫なはず……であったが。


「旦那! キョウトの母船が……母船までがここに……!」


 アンドロイドとの戦闘を続けて一時間ほどが経った頃。


 巨漢の報告を聞いて顔を上げると、空には東京ドームほどの広さを持つ円盤が浮かび上がっていた。どう考えても、俺の知っている日本の技術力を越えている。


「クソ、やっぱキョウトは宇宙人に乗っ取られた国だって噂は本当だったのか!」


 アンドロイドはバリケードで足止めしながら攻撃することで対処出来たが、空中から攻められればどうしようもない。


 しかし、俺は諦めずに逃走を続ける。こんなところでやられる訳にはいかない。俺にはまだ、やるべきことがあるのだ。


「来るなら来い! ぽっと出の敵キャラが、ラノベ主人公に勝てると思うなよ……!」


 自分と仲間を鼓舞するように、叫ぶ。既に円盤は狙撃ポイントに入っているし、より深くまで誘い込めば勝機はあるはずだ……が。


 キョウトの母船は容赦なく俺に向かって光線を放ち、俺の意識は途絶えた。






 目を開くと、眼前には現実とは思えない、真っ白な空間が広がっていた。


 ここは死後の世界なのだろうと、漠然と考える。しかし脱水症状で死んだときとは世界の色も違えば女神様もおらず、ここが俺の終着点なのだろうと感じた。


 死んだらまた異世界転生して、リナ達に出会えるのではないか。そんな淡い期待もあったが、やはりそこまで都合の良いことは無い。


「やっぱり、もう、会えないのか……」


 ずっと我慢していた涙が、俺の目から溢れ落ちる。もう我慢しなくて良いのだと思うと、涙を止めることは出来なかった。


「ずっと、頑張って来たのにな……」


 想定とは違ったが、現実に戻ってから大変なことは沢山あった。だけどあの世界に戻るためなら、耐えられた。


 あの世界はもう、現実逃避のために逃げ込むための場所なんかじゃない。どんな苦労をしてでも辿り着きたい場所になっていたのだ。


「知ってるニャ。そのせいでさんざんこっちは苦戦したからニャ」


 だが。もう声は聞こえないと思われた世界で、後ろから声がかかってきた。それは聞き覚えのある、エセ猫語。


 俺は幻聴を疑ってしばらく振り向けなかったが、我慢する方が無理だった。涙をふくこともなく、一気に振り向く。


「おいでやす、侵略国家キョウトへ」


 そこには、懐かしい三人の少女が立っていた。


 おいでやすじゃねぇよと、俺は以前と同じように突っ込んだ。






「いやホント、何がレジスタンスニャ。私達がコウタに会おうとしてんのに、そっちは必死に抵抗してくるしニャ。ワケわかんないニャ」

「いや、お前らの方がよくわかんねぇよ! なんで日本を征服しようとしてんの!?」


 先ほど撃たれた光線は、UFOよろしく俺をキョウト母船に引き連れるためのものだったらしい。


 俺は彼女達の案内に従って母船のラウンジへと向かいながら、ここまでの経緯を聞いた。


「とにかくコウタがこの世界に来るのが遅すぎたんでやすよ。魔王を倒して異世界へのゲートに消えた後、あっしらは一週間程度でより高性能な異世界へのゲートを人工的に作り出したんでやす」

「マジかよ」

「魔王城は材料が豊富でやしたからね。で、それをくぐってこっちの世界に来てみれば異世界転移にタイムラグがあったせいでコウタはいないし、こっちは三年も待ちぼうけでやすよ」


 そう言うロップは、確かに三年分成長し、見た目的に俺と同い年くらいになっていた。昔と違って白い清楚な服を着ている彼女には、以前にはない色気がある。

 リナとレイに関しても勿論同じで、ちょいお姉ちゃんくらいの年になっていた。


「待ちぼうけって割には、日本を半分以上制圧してたじゃねぇか……」

「そりゃあ、コウタがこっちに来たときに手厚く出迎えられるようにニャ。ま、日本は猫耳に優しいところあったから、多少は手加減したけどニャ!」


 フニフニと猫耳を動かしながら、レイのものだと思われる白いローブを着たちょいお姉ちゃんなリナが言う。彼女も可愛さだけでなく凛々しさが増し、以前よりも美しくなっていた。それにしても日本、そんな理由で制圧されたのか……。


「それに、日本は一夫多妻が認められなかったでやすからね。滅ぼすしかなかったでやすよ。聞いてくだせぇ、ここ侵略国家キョウトはあっしのお陰で一夫多妻制でやすよ!」


 以前よりも少しだけ胸の大きくなったロップが、俺の腕に胸を押し付けながらそんなことを言う。いつの間にか、めっちゃ押しが強くなったな……。


「リナさん、そろそろローブ返して……」


 一方、三年の間に何があったのか、レイは最初に会った時の性格が信じられないほど腰が低くなっていた。ローブの下も白い服だったが、彼女は何気なく奪われたのであろうローブを返してくれと、リナに小声で頼んでいる。


 レイは比較的常識人だったし、俺がいなくなってリナとロップに振り回されていれば自然とこうなってしまうのかもしれない。レイの三年間の苦労が感じられて、俺は再び涙が溢れそうになった。


「とにかく! コウタを回収できた今、最初にやるべきことは暴走したアンドロイド達の捕縛ニャ!」

「やっぱあいつら暴走してたの!?」

「勘違いしないでくだせぇよ? 暴走してるのは八割くらいだけでやすから」

「十分多いわ!!!」


 アンドロイドを量産するほどにロップの技術が向上したのは喜ばしいことだが、日本としてはたまったものじゃない。


「私達の軍事力に対抗したのは誉めるけど、腑抜けるようならいつでも見放すからニャ! 一夫多妻制だからって、私達がいつまでも好きでいてくれると図に乗るんじゃないニャ!」

「あ。ちなみにあっしは、いつでもコウタの隣にいやすから安心してくだせぇよ」

「コウタさん……助けて……」


 リナが赤くなった顔を逸らしながら言うと、それに乗っかるようにロップとレイも好き放題言ってくる。


 俺は彼女達の相変わらずな様子に笑ってしまってから……また冒険を始めていくのだった。




 はたして全てが現実なのか。それとも、どこかからが死んだ俺の夢なのか。それは分からない。

 でも。彼女達といるこの時間が、俺にとっての現実なのだ。


         完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界がシビアすぎて泣いてる @syakariki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ