第85話 魔王

「ようやくここまで来たぞ、魔王」


 魔王の部屋に辿り着いた俺たちは、彼に睨まれたところで気勢が削がれるということはなかった。


 最終決戦へのモチベーションの高さも勿論あるが、何よりあいつの出自を知った後だとただのしょうゆ顔日本人にしか見えないのだ。威圧感もクソもなかった。


「ふっ。追い詰めたつもりかもしれんが、死に……アレする我は無敵だぞ?」

「確かに、お前を完全に倒すことは出来ないな」


 彼は死に……アレしてしまうので、殺すことは意味がない。むしろ殺すとその記憶を受け継いだまま過去に戻ってしまうため、こちらの首を絞めるばかりだ。


「でも、異世界へのゲートに押し込むだけなら……お前の力は関係ないだろ?」

「ハッ。何を言うかと思えば……。我を力で抑え込めるわけがなかろう!」


 不敵に。しかし現実世界へと飛ばされるかもという不安を滲ませながら、魔王は大きく叫んだ。


 同時に空中からいくつもの魔法陣を発生させ、ワンパターンな多属性攻撃をこちらに放つ!


「≪擬態解除≫!」


 しかし魔王の攻撃は、目にも留まらぬ速さで割り込んできた影によって全て遮られた。


 こんな速さで動ける仲間は、擬態を解除したリナしかいない。俺への攻撃を防ぎ切った後、彼女は四足のまま床へと着地した。


「早く行くニャ! 正直、こうやって防ぐのもあと数回が限度ニャ!」

「あぁ、分かってる!」


 土や氷などの形がある魔法は腕から生えた大剣ではたき落とせるものの、火や水などの魔法は体中から生えた刃物で無理矢理受けるしかない。


 そんな無茶な防ぎ方ではリナにもかなりの負担がかかるが、逆に言えばそうでもして短期決戦に持ち込まなければジリ貧だということだ。俺はリナに促されるまま、二本の槍を構えて魔王に突進した。


「お前だって、昔はちゃんとこの世界を守ってたんだろ? なのに自分の都合が悪くなったら滅ぼすなんて、許されるわけないだろ!」

「お前には分からんよ、魔王を倒した途端に必要とされなくなった、我の気持ちが! あのまま何もしなければ、また現実世界に逆戻りだったんだ! その辛さは……お前にも分かるだろう?」

「分かってほしくないのか分かってほしいのか、どっちなんだよ!」


 相変わらず締まらない……しかし俺達自身にとっては大事な話をしながら、互いの距離をどんどん縮めていく。それが5mを切ったところで俺は重砲グラビトンを前へと突き出し、以前までと同じ火炎放射モードで魔王へと炎を噴射した。


「ハッ、甘いわ! 我の右手はあらゆる幻想をぶち壊――アチィッ!」


 魔王がなんか奇怪なことを呟きながら火の中に右手を突っ込む。すると当然ながら、彼の右手は見るも無惨な大火傷を負った。


 いや、分かるよ? 多分魔王は右手で魔法を消す能力とかあんだろうなって思ってたし、だから魔力で作動はしているものの物理的な原理で火を噴きだしているロップのアイテムを使ってみたのだが……。流石に自分から突っ込んでくるとは予想してなかったぜ……。


「うわぁ、それ魔法じゃないのか! ちょまっ、ちょっタンマ!」

「≪筋力増強≫!」


 魔王の制止の声も聞かず、殺さない程度に二槍流で殴りつける。


 体が動かなくなっても魔法を使われたら同じなので、魔法に集中できなくなるくらい痛くする方針で痛めつけた。


「おま、嘘だろ……! お前の方が、よっぽど魔王……」

「何言ってんだ、チートがあれば違ったかもしれねぇけど……この世界ではスタンダードだぞこれ」


 口を動かす時も手は止めず。慣れた手つきで魔王を攻撃していると、リナ達や≪不可侵全裸≫も近寄ってきて加勢してくれた。

 安心安定の集団リンチだけど、リナだけは刃が出まくってるから的確に魔王の寿命を減らしていた。どうどう。


「お前、前の魔王を倒した途端に必要とされなくなったって言っただろ?」

「…………」


 攻撃が一段落したので、俺は攻撃を一応は続けながらも、この世界を諦めさせるために魔王に語りかけた。しかし彼は口から血を吐き、まともに返答も出来ない様子だ。ま、聞こえてればいっか。


「でもそれは、お前が英雄っていう役割としてでだけ人と関わってきたからじゃないのか? お前自身を必要とする奴がいれば、きっと、こうはならなかった」

「…………」


 魔王、目の焦点が合ってないぞ。大丈夫かな。というかやりすぎじゃないかなリナ。


「俺も最初は、ラノベ主人公って役割だけを目指してた。でも、そんなことしたって何の意味もなかったんだ。俺自身が、変わらないと……」

「ゴフッ」

「ちょっ、リナ流石に止まれ。んで、だから……」


 俺は血をどくどく流しながら仰向けで倒れている魔王に、手をさしのべる。


「だから一緒に来い、魔王。どうせ現世でもこの世界でも、お前はそんな変わらな……じゃねぇ、ちゃんとやれるさ」

「本音が……出てるぞ……」


 魔王が諦めを顔に浮かべたその時、突如として部屋の天井が打ち破られた! そして、そこから竜の形を模した機械が舞い降りてくる。


 これまで戦ってきた魔物達とは一線を画す格好よすぎるデザインに、俺は戦慄を隠せなかった。まさか、まだ魔王には隠し玉があったのか!?


「お兄ちゃん!」


 だが俺の心配は杞憂に終わり、そこから出てきたのはロップの兄、ゴゾウだった。後ろにジェットを何機もつけたロボット持ってるとか、もうあんたが魔王倒せば良かったんじゃないのか……。


「ガル、ガルルル!」

「お兄ちゃん曰く、ギルドが空なのを良いことに攻めてきた魔王の配下達は、全て殲滅したようでやす!」


 なんで通じるのかは分からないが、どうやらゴゾウさんは今回の遠征で兵士が減っていた街全てを、その機械の竜の機動力と戦闘力で防衛してきたらしい。こんなところにとんでもないダークホースがいたな……。


 ロップは魔王の手紙が送られてきた段階では魔王の勧誘を受けており、この事態も想定してゴゾウさんに話をつけていたとのことだ。相変わらず、俺達を裏切る時でさえ用意周到なやつである。


 最後の策さえも潰された魔王は、出血のせいだけではなく目を虚ろにさせて聞いてきた。


「お前は、怖くないのか? あの世界が……」

「怖かったし、今も怖い。だけど、だからこそ、俺は向き合っていきたいんだ」


 いつだったかリナに言った言葉を、そのまま返した。そして、俺からも聞き返す。


「だってお前も、ラノベ主人公になりたいんだろ?」

「あぁ。あぁ……そうだ。我だって、こうなりたかったわけではない……」


 今にも成仏しそうな穏やかな笑みを浮かべ、魔王は呟いた。


「ただ、誰かに必要とされたくて……」


 彼が、俺にも覚えのある本心を、その血みどろの口から打ち明けようとする。


 しかし、その言葉が最後まで語られることはなかった。魔王が魔王であることをやめた……その瞬間。彼魔王が倒れていた床に突如として紫色の大穴が開き、彼はその中に引きずり込まれたのだ。そして、俺の足もズブズブとその穴に飲み込まれていく。


「クソッ、異世界へのゲートってこんなにいきなり出てくるのかよ……!」


 まだ言い残したこともやり残したことも沢山ある。これで皆と会うのが最後だなんて、死んでも嫌だ。


 リナ達も突然すぎて頭が真っ白になっているようだったが、我に返るとすぐに俺に手を伸ばした。皆が俺の腕を掴んでくるが、それで沈む勢いが弱まることはない。


 俺は観念して、最後に言いたいことだけ言い残すことにした。


「俺はあっちの世界でだって、もう何も諦めやしない。絶対……絶対この世界に戻ってくる!」


 俺の叫びに答えが返されるだけの間もなく……異世界へのゲートは、魔王と俺だけを飲み込んで……消えた。






「おい……マジかよ……」


 ゲートを潜って俺達が現れたのは、確かに生前いたあの現実世界だった。


 目に見える殆どがコンクリートとセメントで覆われた、味気ない世界。異世界……いや、俺の世界から帰ってきたばかりだと尚更緑が少なく感じられる。


 だが。これまでとは明らかに違うことがあった。


「なんでこんなにボロボロなんだよ……!」


 叫んだ俺の眼前に広がるのは、殆どの家が倒壊した、荒廃した世界だった……。


 次回、最終回。

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