純銀三角の理由

 僅かに僅かに延び始めた昼の時間。

 音楽室に西日が差し込む時間も少しだけ長くなった。

 橙の光の破片が、左手の人差し指にぶらさがる銀の正三角を弾く。

 右手でやさしくつまんだこれまた銀色の棒を、輝く正三角に寄せる。

 光の拡散をじっと睨み、息を吸う。

 息を短く吐くのと同時に、銀の棒で銀の正三角を叩く。

 音が鳴る。

 冷たくも鮮やかで、鋭く、速い音。

 光に音が乱反射する。

 三角を弾いていた光を、今度は音が弾いて音楽室の壁という壁に向かって跳ねる。

 たった一つの音なのに、一瞬にして音楽室の空気を変える。

 音楽室だけではない。この楽器にかかれば、どんなホールでも空気を一瞬にして変えられる。それだけの力がこの楽器には秘められている。

 それだけに、一つの音を出すたびに最大の集中力が必要になる。

 叩くたびに音が変わり、全く同じ音は二度と出ない。

 刹那の出会い。刹那の別れ。

 その楽器が持っている宿命だった。

「全然だめだよ」

 楽器倉庫から声が飛ぶ。その声で、音楽室の空気が変わることはないが、心の空気は一変する。

「倍音が含まれてない。極めて単純な音だ。トライアングルっていうのはもっと豊かな音がするものだよ。やり直し」

 倉庫から出てきた彼は、ワイシャツのボタンを二個はずし、右手にはぼろぼろになったスティックが握られている。

「でも」

 彼は言う。

「その楽器にここまで長い時間をつぎ込むお前 の根性は認める」

 彼はまた倉庫に戻る。

 心が高鳴る。

 その声には応えずに、銀色の三角に対面する。

 音楽室は橙。三角は銀。彼は、いつでも彼だ。

 トライアングルに、用はないんですけど。

 そんなことは言えずに、また銀の棒で三角を叩く。

 音が弾ける。心が揺れる。

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