後編 ★ サンタさん、遅い!


 北の都市は、イブになるとホワイトクリスマス。

 この頃に積もった雪が、春まで溶けない根雪になる。


 朝は晴れていたのに、夜になって雪が舞う。


 彼が連れてきてくれたのは、北の都市から一時間ほどかかる雪深い小さな町。

 羊蹄山の麓。大きな畑ばかりある白い平原のど真ん中にぽつんとあるレストランだった。


 とても静かなところに連れてこられ、ルカは始終ドキドキしていた。


 いったいなにを考えているんだろう?


「大学時代の友人が、独立してそこに店を持ってるんだ。羊蹄山周辺の農家と契約し、地元素材で料理をしているんだ。今夜の食事はそこに頼んでいる」


「そうでしたか。ご友人が」


 クローズのプレートがかけられてあるが、店内は灯りがついている。

 そのドアを彼が開ける。


 入るなり、コックコートを着た男性が池上さんを見て飛び上がった。


「マジか! ついに来たな!」


 池上さんが顔をしかめる。

 しかも仕事で見せている鋭い目をシェフに見せる。


「余計なこと言うな。帰る」


 来るなり踵を返した池上さんを、シェフが慌てて引き留める。


「わかった、わかった! この雪の中、よく来てくれた。ほら、仕事の後なんだろ。入れよ」


 友人であるシェフが迎え入れると、池上さんも致し方なさそうな素振りで板張りの店内へと足を向ける。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ」


 エプロン姿の奥様がルカを迎え入れてくれた。



 もう誰もいない雪の中のレストラン。

 店の隅にある窓際の一席だけ、テーブルセッティングがされている。

 そこに当たり前のように池上さんが座った。


 なぜかシェフと奥様は、池上さんとルカを交互に見ては、ご夫妻でとても嬉しそう。


「お飲物、お持ちいたしますね。ルカさんはワインは大丈夫ですよね」

「は、はい。好きです」

「池上は――」

「だめ。俺、車だろ」


 わかりきったことだけれど、シェフの顔が残念そうに崩れる。


「そっか」


 素っ気ない池上さんを見て、シェフもなにも話しかけずに行ってしまう。


 料理が運ばれるまで、二人きりになる。


 雪のクリスマスイブ。

 突然のお誘い。ずっと昔に憧れていた大人の先輩から。

 雪の町の、真っ白な平原にある可愛いレストラン。人がいなくて貸し切り。


 こんなに素敵な状態なのに。

 ルカは困っている。どうしてこうなったのかと。


 元々、仕事以外に会話ができない人。

 だからルカは諦めた。


 いまだって連れてきてくれたのは彼なのにぜんぜんしゃべってくれない。

 この人ってこういう人――と、ルカも静かに黙って、彼の横顔を確かめるだけ。


 ずっと前に諦めた先輩だけれど、いまだってふとした瞬間にドキドキする。

 年上だし、真面目すぎて、いつも怖い顔をしていて、ひとこと多い。

 そんなお兄さんだけど、仕事をしている彼の目が好き。横顔が好きで。社会人になったばかりの頃、ぱりっしたワイシャツに、いまどきのネクタイをしてる大人の池上さんを見る度にドキドキしていた。


 だけれど、いつも仕事の話ばかり。

 ちょっとそれらしい話題を振ってみると、仕事中にそんな話題を出すなといわんばかりに冷めた目で見下ろされ、決してその話題には乗ってくれなかった。おふざけにものってくれない。


 そのうちに、彼は自分には大人すぎて。そしてルカは子供ぽくてオバカさんにしか見えないんだと諦めた。

 彼には大人にふさわしいプライベートがあって、ルカはそれを知ることはできないし。そしてルカは相応の同年代カレシが気楽でいいのだと。


 でも。その同年代のカレシもまたしっくりしないの繰り返し。

 思うような男性に出会えない。

 今年もクリスマスはひとり。そう思っていたのに。


 手に届かないと思っていた人が、急に手が届きそうなところにいて、でもただの慰労で連れてきてもらっているだけだから、届きそうでやっぱり手に届かないのだろう。


 かえって、寂しくなる。

 仕事の時とおなじ、仕事以外の話ができない。


 シェフがワインを持ってきた。


 目も合わせず、ただ黙っている二人を見て苛ついているようだった。


「航太。おまえ、相変わらずだな。見ていて腹が立つ。なんなんだよ、まったく」


 気が利かない男だと、友人として諫めているのかとルカは思った。


「おまえが言えないなら、俺が言う」


 シェフがそう切り出した途端に、池上さんの顔つきが変わり、初めてルカの正面へと眼差しを向けてくれた。


「ふたりきりにしてくれ」

「わ、わかった」


 ルカのグラスにだけワインを注ぐとシェフが下がっていく。今度は心配そうな目を肩越しに残して。


「いきなり、こんな雪深い町に連れてきて悪かった」

「いいえ。近場かと思っていたので驚きましたけれど。こんな素敵なお店に連れてきてくださって、ありがとうございます」


 お礼を言うと。またその後、池上さんがうつむいて黙ってしまった。

 遠くカウンターでは、シェフと奥様がもどかしそうにこちらを見守っている。


 なに。この空気。

 ただ同僚を連れてきた雰囲気ではない。

 しかも。池上さんが、いつもの無愛想さとはなんか様子が違う。


「三年目なんだ」

「え?」


 うつむいたまま、ささやかに聞こえた声にルカは首を傾げた。


 今度は彼が顔を上げた。


「気になっているカノジョをこの店に連れてくる。だから、夜遅くなっても俺とカノジョのために料理を作ってくれると、アイツと約束して三年目なんだ」


 まだ言っている意味が分からない。


「ミニスカのサンタをしただろ。一昨年に」

「は、はい」

「困っている皆川が可哀想で」

「あ、はい。あれは最悪でした」

「でも。うん、可愛かった」


 ん?


 なんか。らしくないものが聞こえてきたような……? ルカも固まる。


「なんか、小さな身体でころころ働いている皆川は見ていていいなとは思っていたんだ。だけれど、おまえ、俺よりずっと若いし。もう三十歳になったおじさんみたいな俺なんかより、同世代のいまどきの男の方がいいんだろうなとか。クリスマスもいつも友達と遊んでいたようだから、なんかこう、俺みたいな気の利いた会話のできない男なんかと思って諦めていた」


 え!? なにこれ。

 ルカは目を丸くした。

 あれ。なんか鏡でもみているのかなと。

 私と同じような想いを抱いていた人が目の前にいる?


「諦めていたんだけれど。トドメはミニスカサンタ」

「あの、あの。あのミニスカは足が太い私には最悪だったんですけれど――」


 彼の力んだ眼差しが、ルカに刺さった。


「いいんだよ、あれで。おまえは。俺、太ももが元気な子が好きなんだよ」


 えーー!? そういうフェチさん!?

 そんなところを気に入ってもらっただなんて、ルカは逆に複雑な思い。


 太もものミニスカサンタが、トドメだなんて。それ以外の私なんてどうでもよくて、その太ももだけで三年?? 頭が混乱してくる。


「えっとその、私ってその太ももだけなんですよね?」


「違う!」


 彼がバンとテーブルを叩いたので、ルカはのけぞる。


「何年、週3回、毎回毎回、店で働くおまえを見てきたと思っているんだ。小さな身体でころころ働くおまえを見ているのが癒しだったよ。疲れている俺の顔に気がついてくれるのもおまえだったし。ただ、どうしても仕事以上に踏み込めなかっただけで」


 そしてまた、彼がうつむいてぼそっと言った。


「あのミニスカサンタで、絶対誘うって決めた」

「そ、そうだったんですか……」


 としか、今はいえない。

 だってルカもまさかの告白に頭真っ白。


「おまえがミニスカサンタをさせられて傷ついていたから。なんとかしてあげようと思って。この店に連れてくるから、カノジョのためだけに料理をしてくれとアイツに頼んだ」


 でも。誘えなかった。

 と彼が言う。


「去年も。今度こそ誘うと、この店も準備して待っていてくれた。でも、おまえが友達に電話して約束しているのをスタッフルームで聞いてしまってできなかった」


 そして今年――。


「だから、今年が三年目。やっとおまえを連れてこられた。バカみたいだろ。三年も。おまえのこと、週に三回も顔を合わせているのに、クリスマスにならないと、俺もふっきれなかったんだ。クリスマスでも迷ってばかりだった」


 憧れていた彼がネクタイを緩めながら、照れくさそうに言った。


「よかったら。仕事以外でも癒して欲しいんだけれど。どうかな」


 真っ暗闇の窓に、ぼたん雪がひらひらと舞っている。

 雪の平原は静か。ルカは涙を流していた。


「私、入社して初めて池上さんをみて――。素敵な大人のお兄さんだなって。ずっとずっと憧れていたのに」


 気恥ずかしそうにうつむいてばかりいた彼が、今度は目を丸くしている。


「私だって。池上さんは大人すぎて、仕事の話しか相手にしてくれなくて。子供すぎて、女になんかみてくれていないって。ずっと前に諦めちゃっていたんですけど」


「それ。本当か」


 彼も呆然としている。

 ルカは涙を拭きながら、こっくりうなずいた。


「うわー。マジかよー。なんだよー。俺、馬鹿だな」


 ううん。私もバカ。

 即席のカレシで、今年も自分を誤魔化そうとしていた。最悪の方法。

 もうちょっとで、本当に欲しかったものを永遠に失うところだったかもしれなかった。


「シェフ。俺にもワインをくれ」


 ルカはぎょっとする。

 車の運転は?

 だけど、ルカももう子供じゃない。察した。

 今夜はもう帰らない。この白い平原でルカと過ごすのだと――。


 親友に呼ばれ、シェフがすっ飛んできた。


「池上、おめでとう。よ、良かったな! うん、良かった、良かった」


 シェフが泣いている。

 三年もクリスマスの夜の準備をしてくれていた友人に、池上さんは申し訳なさそうな顔をしていた。


「ルカさん。コイツ、無愛想で言葉が足りないけど三年も想っているような純情なやつだから。よろしく。あーこれでやっと、おまえとカノジョの為の料理ができる。よし、待ってろよ」


 憧れていた彼の手にも、とろりとした赤ワインのグラス。


「よろしく、ルカ」


 今夜から俺と一緒だ。

 初めて名で呼ばれ、ささやかれる。


「はい。よろしくお願いします」



 ☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆*。。。*☆



 この夜。ふたりはレストランの屋根裏部屋に泊まらせてもらった。


 白い平原の夜。ルカのカラダに重なる体温と熱愛と口づけ。

 ルカも彼の匂いがする皮膚に口づけて、熱い肉体にしがみついた。

 静かな雪がしんしんと積もる中、彼のキスの音が繰り返されて――。


「あーっ。なにこれ!」


 翌朝、真っ白な光が差し込む屋根裏部屋で、ルカは声を張り上げた。

 ふわふわ、ぽっちゃりしている太股の内側に、赤黒い痕がいっぱい!


 まだ眠っていた素肌の彼がルカのすぐそばで、うーんと唸りながら起きあがる。


「あー、好きすぎてやりすぎた……」


 寝ぼけ眼で池上さんが、黒髪をかいた。

 でもルカは頬を真っ赤にしたまま、ずっとそれを見つめてしまう。


「苺、みたい」


 ふわふわの白いケーキにのっている赤い苺。

 彼にデコレーションでもされた気分。


「25日になったらケーキの味は落ちますよね」


 私の味は昨夜だけじゃないよね?

 夢のようでふと不安になる。


 だけれど、彼がまた魂胆たっぷりの笑みを見せた。


「その度に、新鮮な苺を飾るので大丈夫」


 これからずっと。そのふわふわ太ももに。

 愛しの太ももサンタさん。



。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・


★ Merry Christmas ★


*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜



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愛しの太ももサンタちゃん 市來 茉莉 @marikadrug

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