第9話ともだち

 教室に入るとインクのにおいがした。製本したての冊子が、国語表現の選択授業をとっている一人一人に配られる。できあがったみんなの作品集。開くと目次に名前とタイトルがクラス順で書かれている。

「思い出になるだろ?」

「えー、恥ずかしい」

「恥ずかしいけど、うれしいだろ?」

「うれしいー!」

 徹夜明けの後ろ頭をペンでコリコリとかきながら、満足げに、大きく伸びをしてあくびする。

 藤原があんなに厳しく言っていたのはこれをつくるためだったのだ。みんな意外なことに驚く。中でも美弥子の作品は異彩を放ち、高評価を受けた。

「哀切でいいわ」

「ちょっと不思議だけど、わかりやすいし面白い」

「スカート履きたがる男の気持ちがわかっちゃうとこがすごい」

「真似できない」

「変態の気持ちがわかるとか、気持ち悪い話」

『桃子』の辛辣な言葉にとりまきはそろって首をかしげた。彼女らからも反論が出る。

「えー、そんなふうには思えないけど」

「確かに、私には書けないよこんなの……生理的に受け付けないもん」

 言って唇をかむ『桃子』。

 美弥子は彼女のページを開いて、静かに感想を述べる。

「青春のあやまち、目のつけ所と題材の選び方がさすがプロ志望だと思う」   

『桃子』、ぱあっと顔を輝かせる。胸を張ってそっくり返る。

「そっ、そうでしょ? 興味ひくでしょ? ねっ、ねっ? これでも私、公募では毎回いい線いくんだから!」

『桃子』が、ふっと口をつぐんだ。周囲の視線に気づいたようだ。

「どうせ、最終で落とされるんだけどね」

 長い三つ編みの女子が興味深そうにのぞき込んでくる。

「ねえ、どうして細川さんは自慢しないの? オクユカシイの?」

「え……そういうとこまでのお話じゃないし」

「あれ? 今もしかして言葉なまった?」

 三つ編み女子が眼鏡を持ち上げて身を乗り出した。

(気づかれた!)

「あ、私、熊本育ちで……」

「震災のあったとこ?」

「えー、大変だったじゃんねー」

 みんな口々に尋ねる。

「どこらへん? どこ?」

「確かにすごかった。私の家、ド……ど真ん中らへんだった……」

「どうしてそういうこと言わないの? ということは、避難してきたんでしょ?」

「みんなには関係がないし」

「関係あるよ! 友達じゃん。ねー?」

『桃子』がじっと見ている。うなずき合う女子。男子は遠巻き。

「友達……」

 おさげの女子、とことん詰め寄る。

(ちょっ、近いわあ)

「ねえ細川さん、いやみゃーこ、こんど読書会に来ない? 毎回課題図書があるの。私、図書部でね……?」

(えー? 今からみゃーこて。でも堅苦しいのは苦手……)

「あー、今、堅苦しいって思ったでしょ?」

(……なんでわかっちゃったんだろう?)

「イケメンもいるから、来なよ! 良かったら一緒に読み合わせしよ!」

「イケメンかあ……」

 首をかしげる美弥子。

「興味うすっ! でも楽しいよ。みんなみゃーこの話聞きたがるよ!」

 背を向ける『桃子』。

「ねっ」

 一同、手をつなぐ。

 昇降口の出入り口付近で、去り際に手を振りあう少女たちに、藤原がふと通りかかり、

「友達できた感想は?」

「これで……よかったのかな」

「ま、おまえはストイックすぎるからな。もっと気持ちよく生きることを優先すべきだ」

 美弥子、ぐりっと振り返る。

「え、先生、他の子には前、深く生きろって言ってた……」

「人それぞれの人生だ。それぞれ違ったアドバイスをするさ。それが目的の授業だからな」

「……やられたー!」

 彼女は脱力したように階段の下に座りこんだ。

「でも、おまえは話を作るのには向いてないな」

「あ――ばれましたかー」

 美弥子はちょっとごまかし笑い。

「うん。オレの言うことききすぎだもん。けど……」

「けど……?」

「精一杯やってるのは認める」

「身の丈にあってるってこと……?」

「うん、まあ」

「精一杯、か……」

「一番、にあってるんじゃねーの?」

(精一杯、頑張って、そして……生きるのが? 私の生き方、間違ってない?)

 美弥子、口をへの字に結び、涙ぐみながら制服の前を握りしめる。

「こんなに現実が苦しいのが? わけわかんない」

「それでもだ」

 美弥子、号泣した。喉から絞り出すようにつぶやく。

「先生……先生のスカート、履いて踊りたいとです!」

「おっと」

 藤原、ひびが入ったままの眼鏡にちょっと指をあて、

「今の言葉、オレの妄想力もかたなしだったぜ」

 藤原、背を向けながらひそかにガッツポーズ。




 次の日曜日、美弥子は学生読書会と社会人読書会の両方に、参加表明としてあいさつするように三つ編み女子に言われた。緊張感はただ事でない。受験前なのにない。

 手汗をハンカチで拭うと一歩、貸し切りの図書室に踏み入った。先に入室していたスーツ姿や杖をついた男女がそろって美弥子をふりかえる。

 そこには、一番の末席に『桃子』が真剣な表情でこちらを見ていた――。

 

                END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オレのスカート れなれな(水木レナ) @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ