第8話そういうタイミング

 藤原、生徒の書いた原稿を一つ一つ書き直させる。

「てにをははきちんとしろ。文章がねじれてんぞ」

 原稿の束をたたきつけると、丸刈りの男子がぶらぶらと所在なげに体重移動する。放課後の国語教室。呼び出し三人目だ。

「わかんねー」

 丸刈り男子、ぼそっと。

「だーら、今のおまえの率直な気持ちを書けっつってんの!」

「先生の言ってることがわかんねー」

 反発するように言い張る坊主頭。

「わかんねーわかんねーって、じゃあ、そのわかんねーって気持ちを書け!」

「……!」

「むずかしすぎてわかんねーか?」

「わかったけど、やっぱわかんねー……」

 ニヤッとする男子生徒。なにか見つけものをしたらしい。

「それでいい」

 頭をかきながらふらふらと帰っていく男子生徒。

「ちゃんと提出するんだぞー!」

 廊下の向こうから男子生徒、

「うーい」

 思わず藤原、国語教室のドアを蹴って、

「返事はハイだ、馬鹿野郎」

 傍から見ていたカステラ先生が穏やかに言う。

「藤原先生、本当に熱心ですね。もう卒業間近なのに」

「あ? 馬鹿にしてるんすか?」

「別に……喧嘩売らないでくださいよ。成績出す忙しい時期なのに」

 カステラ先生は苦笑。

「クラス担任は大変っすね」

「藤原先生が言うと胸がざらつきます。なぜだか」

 胸に手を当てて、しょぼんとしてしまう同僚のカステラ先生。ちなみに三つ年上で同期でない。

「あたりまえっすよ。そういうタイミングでしょ?」

 がたん、と藤原は音高く机の引き出しを締めた。

「すみませんでしたよ。僕もね、だれかに毒づきたかったんでしょ。あなたみたいに」

 あくまで穏やかなものごしに、カステラ先生のファンは多い。

 藤原は頭をかきむしる。

「たく、みんな、ぐちゃぐちゃ考えすぎなんだ」

 呟いて、原稿とにらめっこしながらキーボードを叩く藤原だった。



 時間は進んでいって次の日。

 坊主頭が提出してきたのはラップだった。韻も踏んであって読んでいて気持ちいい。リズミカルだ。

 見事だ。

 うなる藤原。

「友坂ですか?」

 カステラ先生がのぞきこんでくる。

「あいつラップ書くんすね」

「ああ、今、そういうタイミングなんでしょう。彼の」

「そ……っすね」

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