第16話J( 'ー`)し「たかし、物語も終盤ね……」(´∀`)「母さん、急にどしたの?」
「お前たちが来るのを待っていた」
部屋の入り口からそう言って歩いてきたのは黒い甲冑を身につけた騎士だ。
年齢は30代くらいか。銀髪できりっとした顔立ちと精悍な目つき。洋画に出てきそうなイケメンだ。
「やっぱり罠だったのか!?」
俺はそう言いながらも混乱した。
ピノ将軍が裏切っていたのか?だとしても母さんが持つ抜群の危機感知能力があればこの部屋に入る前に「あ、やばそう」と気づくはずだ。つまりこの男はそういう感知能力を回避する能力を持ってるか、それとも敵意がないかのどちらかだ。
「先に名乗っておこう。私は四将軍の一人、メンフィスだ」
「残りの四天王か!?」
「いかにも」
そう言ってメンフィス将軍は手に持った槍をこちらへ向けた。
敵意がないという俺の淡い期待は打ち砕かれ、全身に汗が吹き出る。
どうしよう!俺とこいつはレベル9とレベル90くらいの差があるかもしれない。まともに戦ったらワンパンでやられるのは確実。しかもフーリンゲンの情報が正しければ時間を操る能力を持ってるらしいじゃないか。
「ピノ将軍には催眠魔法も使ってる。奴が裏切るのは計算済みか?」
イグドラが俺に支援魔法を使い、槍を構えながら聞いた。
ミカは魔法をいつでも放てるように待機中。
母さんは……のほほんとしてる!
俺も剣を抜いて構えてみるが汗だらだらだよ。うん。
「いかにも」
メンフィスは余裕綽々という感じに言った。
「あやつが皇帝に忠誠など誓っていないのは最初からわかっていた。そしてお前たちがあの転移の罠で死なないこともいくらか予想していた。いや、期待していたというべきか」
「どういうことだ?」
俺はできるだけ会話を引き伸ばす。こいつが俺に斬りかかってきたら非常にまずい。イグドラが戦ってくれるかなあ。
でも待てよ。なんでこいつ一人しかいないんだ?部下はどこに行った?
それを質問する前にメンフィス将軍は「こいつ、誰だ」という顔で俺の母さんを見た。
「そこの女性は誰だ?情報にないが……」
「あ、はじめまして。たかしの母です」
母さんは律儀に自己紹介した。
「たかし?それは誰のことだ?」
「アーサーのことだ!」
イグドラがそう言うとメンフィス将軍は眉をひそめた。
ああ!またこのやり取りか!
俺の体がかーっと熱くなって今すぐ逃げ出したくなる。
「お前の母……?どういうことだ。お前、母親同伴で戦いに来たのか?」
「バルフォアと同じリアクションをするんじゃねえ!」
俺は怒りと恥ずかしさでこいつに斬りかかるところだった。
レベルが下がってなければやっていただろう。
「まあ、いい。ところでお前たちは私の姉、ドラクレア将軍のことは知っているか?」
「え?名前は知ってるけど、お前の姉だったのか?」
てか、なんで急にそんな話をするんだと俺は不思議に思った。
「あえて教えてやろう。姉はあらゆる防御魔法を破る特殊な催眠魔法が使えるのだが、発動条件が厄介でな。私がこうやって注意を引いて協力しなければ敵に使えないのだ」
そこでメンフィスはにやりと笑う。
俺はぞっとした。まさか俺を操るつもりなのか!?
そう思ってる俺の後ろから声がした。
「ア、アーサーのお母様!?」
「アーサーのご母堂、なにをしているんです!?」
ミカとイグドラは母さんに向かって叫んだ。
その母さんは走ってミカの結界が出て、こともあろうにメンフィスの傍に立って俺たちに弓を向けたのだ。
「か、母さん!?まさかこれは!」
「そうだ。これこそ我が姉の完全催眠だ」
メンフィスが勝ち誇った。
母さんが操られたああああああああ!
王国で言ってたフラグを回収しちゃったよ!
「上手くいったわね」
「誰だ!?」
俺たちが振り返ると一人の女が立っていたことだ。
メンフィスと同じ鎧を身に着けた将軍。となれば、ドラクレア将軍しかいない。
「いつの間に!?」
俺たちはさっきまで気配もしなかった敵の出現に動揺していた。
どうやって背後に回りこんだ?ミカの感知魔法でさえ気づけないのはこいつの能力か?だが、母さんを操ってる能力は十中八九この女のはずだ。
「催眠は効いているか、姉さん?」
「間違いなく。私たちは味方、向こうを敵と思い込んでるわ」
ドラクレア将軍は自信満々にうなづいた。
そして……姿が消えた!
「こっちよ」
「なにいいいい!?」
俺はメンフィスの横に瞬間移動したドラクレア将軍にまたも仰天した。
瞬間移動系の魔法は危険すぎて使えないはずだろ?生まれつきの能力?じゃあ、あの催眠能力は?この女は2つの能力を持っているのか?いや、複数の異能を授かることはないってのがこの世界のルールのはずだ。知ってるぞ!俺は詳しいんだ!
「能力を明かしておこう。姉さんには完全催眠の能力があり、そして俺は時間を止める能力がある。ただし、俺は自分の能力を使えない」
「……どゆこと?」
俺の質問にメンフィスはふふっと笑った。
「俺の能力は貸与型なのだ。自分では使えず、他の1名に一定の間だけ『時間を止める能力を使わせる能力』だ」
「なんというか……すごいけど微妙に使いにくい能力だな……」
「まあな」
メンフィス将軍は俺の感想に頷いた。
すくなくとも自分で女湯は覗きにいけない。
「待って!あんた、帝国の公式試合で時間を止めて勝ったんじゃないの?」
そう聞いたのはミカだった。
公式試合ってなんだ?ああ、そうだ。メンフィスが瞬間で移動する能力を使ったんだっけ。そんな話もあったなあ。
「あれは姉が時間を止めて私を担ぎ上げて動かしたのだ。私自身が時間を操れると周囲に思い込ませるためにな」
それって想像すると絵面がすごく間抜けだな。
そう思ったものの自分の能力を勘違いさせるとはなかなか策士だなと感心もする。だがちょっと待て……。こいつはなんで自分の能力をペラペラと喋るんだ。
「ところで、姉さん。なぜアーサーではなく母親を操った?」
「馬鹿ね。ただの母親を同伴させるわけないでしょう。よほどの戦力になるってことよ。そして操ってる今ならはっきりわかる……。こんな人間が本当にいるの?」
ドラクレアは恐ろしいものを見るような目で弓矢に膨大なエネルギーを注ぐ母さんのほうを向く。
「さすが英雄の母というわけね」
次に俺を見るドラクレア。その目には「この親子やばい」みたいなものが感じられる。違うんだ。俺はそんな桁違いの強さを持ってないんだなどと教えてやる気はない。
「さて、アーサー。こちらはお前の母を操っており、しかも彼女自身は今も時間を止められる。この絶望的な状況でまだ戦うか?」
「もちろんだ!」
イグドラが叫んだ。
「アーサー、連携してドラクレアを倒すぞ。そうすれば催眠魔法は解ける!」
「私もサポートするわ!」
ミカもやる気十分だ。
うん、わかるよ。王国と世界の存亡がかかってるもんね。でも、この場の誰一人気づいてないことがある。俺が超のつくほど弱体化してることだ。イグドラと連携?俺はお荷物にしかならないんだ。黙っててごめんなさい。
これはもう「母さんが愛やど根性によって催眠魔法を解く」というよくある展開に期待するしかないがもちろんそんなこと起きるわけないよな!
「こうなりゃ自棄だ!やってやるぜええええっ!」
「待て!こちらに戦闘の意思はない!」
「……え?」
一触即発の状況を止めたのはなんとメンフィス将軍自身だった。
次の瞬間、こいつはありえない事を言った。
「私も姉さんも降参する!」
「母上への催眠も今解きます。だから話を聞いてください」
そう言うとメンフィス将軍とドラクレア将軍は所持していた武器を捨てた。
ん?ん?んんんんん???
なんで圧倒的に有利な状況を作ったのに降参するの?
「あらら?私、なにしてたのかしら?」
攻撃態勢をやめた母さんが言った。
本当に催眠能力を解除したらしい。
困惑する俺たちの前で二人の将軍は膝をついていた。
「勇者アーサー!私と姉のご無礼をお許しください!」
「能力を明かし、あえて有利な状況を捨てたのはこれが罠でないと信用してほしいからです。私たちも力をお貸ししますので皇帝を倒してください!」
なん……だと?
俺は予想もしていなかった言葉にぽかーんとしていた。
それから二人の将軍は説明を始めた。
彼らは皇帝の地位を奪い取った謎の存在を主君とは認めておらず、表向きは従いながら奴を倒す方法をずっと探していたというのだ。俺たちを殺す気は最初からなかったらしい。
あー、だからこいつらは母さんの敵意感知に引っかからなかったのか。てか、皇帝は四天王の全員に裏切られるとかどれだけ人望ないんだよ!俺はそう思ったが考えてみればもっともだ。皇帝を殺して「俺が今から皇帝ね。よろしく」と言うだけで部下が納得するはずがない。今も偽皇帝を倒したい者はおり、メンフィスたちもあらゆる手段で暗殺しようとしたが成功しなかったらしい。
「時間を止められるんだろ?それでも駄目なのか?」
「はい。時間を止めている間に姉の完全催眠も試してもらいましたが効きません」
「それどころか石化も麻痺も含めてあらゆる魔法や毒物を試しましたが、あの怪物には効かないのです」
メンフィスとドラクレアは恐ろしげに言った。
状態異常魔法が効かないのはボスのお約束だと俺は思うが。
ちなみにドラクレアの完全催眠の発動条件は彼女にキスされることだった。場所はどこでもよく、母さんには手の甲にしたと言っていたがビミョーな空気が流れた。
「私の完全催眠はかかった相手の強さがわかるのです。アーサーの母上はとてつもない傑物でございますね。そのご子息もおられる今なら必ずや偽皇帝を滅ぼせるはず!」
「……う、うん、そうだね」
「アーサー殿、私たちは喜んで協力します。その代わりにお願いがございます」
「え?何?」
メンフィスのすがるような顔に俺はきょとんとする。
「王国が帝国を併呑することはご容赦願いたいのです」
あ、政治的な話が来た。
こういうのはまったく得意じゃないんだ。イグドラに任せたいけどこいつもそこまで政治に明るいわけじゃない。
どうしようかと思ってるとミカが話に割って入った。
「そっちの望みは?」
「今の偽皇帝を滅ぼした後に先代の血縁者を次期皇帝に即位させたいのです。前皇帝の弟の孫にあたるお方です」
「現皇帝の死はどう扱うつもり?」
「病死扱いにできればと」
「今の皇帝は偽者でしたなんて外部には漏らせないでしょうね。民衆が暴動を起こして内乱になる可能性が高いから」
ミカは黒い笑みを浮かべている。
怖っ!こいつ、こんな顔もできるんだな。
「い、いえ、そこまで起きるとは考えておりませんが……」
「皇帝の首を挿げ替えて、すべてなかったことにする。虫が良すぎる要求よ。却下」
「我々も皇帝を殺された被害者なのです!」
「その尻馬に乗って領土を拡張してきたじゃない。喜んで仕えている官僚や兵士もいるでしょ?そっちの国で内乱が起きても王国は一向に構わない。そうでしょ、イグドラ?」
「ん?えーと……うん、そうだな!」
イグドラ、返事だけは元気いいけどわかってないだろ。
「反政府側に協力して貴族と皇族を一斉処分する手もあるわよ」
ミカにそう言われてドラクレアとメンフィスの顔色がすごく悪くなっている。
こいつは政治的な交渉とかできたのか。いろんな本を読んだんだろうけど、俺にはとても真似できない。
「少なくとも帝国という制度は変えてもらうわ。でないとこっちに利益がない」
「ど、どのように?」
「王制に変えて、次期皇帝には諸国と同じ王を名乗ってもらう」
「それは困ります!」
メンフィスが慌てて言った。
置いてけぼりにされてる俺たちを察したミカは説明してくれた。
「皇帝は王を統べる王なの。それを名乗ってたら他の国と対等になれるわけがないでしょ?だから同じ立場になってもらうわけよ」
「ほおー」
「不可能です!貴族と民衆を説得できません!」
「それでは結局内乱が起きるではないですか!私たちが能力をばらしてまで協力した意味がありません!」
姉のドラクレアも参戦した。
イグドラは負けずに言い返す。
「うだうだ言う幹部や貴族はそっちで処分しなさい。どうせ私たちが皇帝に負けたら能力を知る人間はいなくなるし、その時は警備の責任者を処刑して元の鞘に戻るつもりなんでしょ?相打ちになったらこれ幸いと傀儡役の次期皇帝が即位できるように準備万端。違う?」
その言葉にメンフィスとドラクレアは言葉に詰まった。
つまりイエスってことだ。全面協力すると言っておきながら俺たちを利用する気満々なのか。ちょっと腹立つけどこいつら頭いいな。
「こっちは死ぬリスクを背負うのにあんたたちはほとんど損しない。こんな馬鹿げた取引がある?内乱を治める程度の苦労も背負わないならあんたたちもここで排除するわよ」
ミカは杖を構えて戦闘モードになった。
ドラクレアたちの顔がこわばっている。
ミカは怒らせたら怖いぞ!俺はよく知ってるんだ!
「…………わかりました。宰相たちと話を進めます」
メンフィスは苦汁を舐めるように言った。
「ふんっ。こういう結論も想定済みでとっくに内乱鎮圧の準備してるでしょ?下手な演技はやめなさいよ」
「ミカ殿には敵いませんな……」
「あなたなら帝国の宮廷魔術師と宰相を兼任できたかもしれませんわ……」
よくわからないがミカは全部お見通しだぜ!
それからミカとイグドラはあいつらと共に俺にはひじょ~~~に難しいやり取りをして密約を取り決めた。後でしらばっくれないように魔術的な契約を交わした上でだ。
それが終わった所で俺はミカの狙いに気づいた。
「なあ、ミカ」
「なによ?」
「皇帝制度をなくすのはあいつを崇拝しまくってる両親の目を覚ましたいからじゃないのか?」
「……あいつらのことなんてとっくに見捨ててるわよ。なに言ってるんだか」
ぷいっと目をそらしたからたぶん図星だろう。
ミカはなんだかんだで両親と仲直りしたいんだろうな。
「さすがに皇帝がいなくなれば目が覚めるさ」
「どうでもいいって言ってるでしょ。それより皇帝をぶっ殺す算段なんだけど、アーサーのお母さんに頼ってもいい?」
「え?なにする気だ」
俺はミカが立てた作戦を聞いた。
簡単に言うとメンフィスが俺の母さんに時間を止める能力を与え、油断しまくってる皇帝に最終奥義「メテオアロー」を打ち込むというえげつない作戦だった。
「それ、卑怯すぎないか?悪党がやるような奇襲というか……」
「凄まじく強い権力者に正面から挑む方がどうかしてるでしょ?」
お前は大勢の勇者たちを敵に回したぞ、ミカ!
まあ、俺は不満ながらもその作戦に反対しなかった。レベル10分の1になった時に俺は「自分の力で皇帝を倒すんだー!」という目標をとっくに捨て去っており、母さんの戦力をあてにするしかなかった。
運がよければ皇帝はHP1くらいの状態で生き残って俺がとどめをさせるかも……。こんなことをいうのは決してフラグを立てるためじゃないぞ。本当だぞ。
「たかし……ねえ、たかし、聞いてる?」
「フラグじゃ……え?なに、母さん?」
気づいたら母さんが困った顔をしている。
「私がメテオアローを皇帝さんに撃ち込むって作戦だけど、その前に話し合いで解決できないかしら?」
「え?うーん、気持ちはわかるけど流石にそれは無理だよ、母さん……」
悲しいけどこれって戦争なのよね。
そんなセリフを俺は思い出す。
「皇帝さんってそもそも何が目的なのかしら?」
「え?」
「なんで皇帝の地位を奪っていろんな国に悪いことをしてるの?」
「それは……色々あるんじゃない?世界征服とか」
「なんで世界を征服するの?」
「さあ……」
ラスボスってそういうものじゃん。
人類を真の意味で救済するとか世界を浄化するとかわけわからんことを言ったりするパターンもあるが、どれも大量殺戮に変わりはない。どうせロクなもんじゃないよ。
「たかしはこの作戦でいいの?」
「え?」
「たかしは勇者になりたいんでしょ?こんな方法でいいの?」
ぐおおおおおおっ!
それを言われるときつい。きついんだけど仕方ないんだ。なにしろ俺はレベル10分の1のペナルティを受けている。なにも縛りプレイをしてるわけじゃない。
それにあれだ。勇気と無謀は違うのだよ!
「たかしなら自分で倒すって言いそうなのに。何か理由があるんじゃない?お母さんに何か隠してない?」
「何もないよ……」
急に名探偵を始めた母さんから俺は目をそらす。
「そう……それじゃ、私が矢を放っていいのね?」
「え……うん……」
「わかったわ。これが終わればたかしは3年ぶりに家に帰れるのね。夢みたいだわ。そういえば知らないでしょ?元号が変わって平成から令和になったのよ」
「えええええええ!?レイワ?なにそれ!?」
俺は衝撃を受けて新しい元号について詳しく聞き始めた。
その話を聞いているうちに頭に浮かんだ疑問を消し去ってしまった。
偽皇帝はどこから来て、どうやって強くなったんだろうという疑問を。
異世界勇者アーサーを見た母「たかし、何やってるの?」 M.M.M @MHK
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