第15話J( 'ー`)し「たかし、ポケ**よ!ポケ**!え?名前言うとまずい?」

「キュキュッ!」


 不快な匂いが漂う下水道の暗闇から雷撃ネズミが飛び出してきた。

 繰り返すが雷撃ネズミだ。体毛は黄色くないし、ピカピカと鳴いたりしない。


「キューーッ!」


 全身を帯電させてハリネズミのような姿になったそれは飛び掛ってくる。

 10万ボルトあるかわからないが叩き切ろうとするとそいつは剣にギャリッと噛み付き、青白い体内電気を解放した。


「たかしー!」

「大丈夫だってば!母さん!」


 俺は平然と言った。

 こういう場合に備えて俺の手袋は絶縁処理が施してあるのだ。某マスコットみたいに電流を飛ばす攻撃ができたら俺は初心者のころに死んでいただろう。


「そいや!」

「ギャウウウッ!」


 地面に叩きつけたそいつの急所、目と目の間に剣を突き刺すと体がぴくぴくと震えている。罠だらけの帝都の下水道にもこういう小型モンスターは自然発生するようだ。

 そう。俺たちはすでに帝都の地下にいる。王国軍は陽動のために大規模な部隊がこちらへ進軍しており、帝国軍も迎撃するために動いているだろう。

 俺たちはミカの強力な隠蔽魔法を使った馬車で草原を突き進み、彼らが帝国軍を引き付けてる間にささっと帝都に近づいて下水道から侵入し、両軍が戦ってる隙に皇帝をぶっ倒さなきゃならない。

 ピノ将軍が言ったとおり、ここは警備が薄かった。わざと敵を侵入させて出口のない迷路で永遠に彷徨わせる目的だからだ。落とし穴、毒ガス、槍襖、映画でよくある大岩が転がってくるやつなどがあちこちに仕掛けられているのだがピノ将軍の指示書とミカの罠探知魔法によりあっさりスルーできている。特に毒虫が降ってくる罠はイグドラが赤ペンで二重丸をつけて警戒してたりする。


「キュウウ……」


 電撃ネズミは体の力が抜けて息絶えた。


(イケる!今のところはなんとかイケる!)


 俺はそう思って心の底から安堵した。

 このくらいのモンスターならミカとイグドラの援護もあって能力値が10分の1になっても対応できる。ラスボスのいる土地はなぜか高レベルのモンスターばかりというのがゲームの定番だがこの世界にそういうルールがないのは救いだ。

 電撃ネズミはこの世界の水辺や地下によくいるモンスターで俺がこの世界に来て最初に倒したモンスターでもある。あの時は防電性の装備を借りて地下水路などでこいつらをこつこつ倒して修行と資金稼ぎをしたんだっけ。あー、懐かしいなあ。呪いがかかる前なら鼻歌交じりに処理できるはずなのだが今は一瞬たりとも気が抜けない。


(バレてないよな?) 


 俺は背後のイグドラたちを振り返る。


「アーサー、こんな所ささっと進んじゃいましょう」

「同感だな。この匂いは耐え難い」

「たかし、大丈夫?怪我はない?」


 ミカもイグドラも、そして母さんも俺が弱体化してるとは気づいてない。

 よし。この下水道でちょっとでも能力を上げておけば魔王や側近との戦いも少しは有利に……なるわけない!わかってる。俺が3年間かけて鍛えた状態に簡単に追いつくはずがない。バルフォアみたいな敵と1対1で戦えば一瞬で負けるだろう。低レベルでラストダンジョンに挑む縛りプレイヤーはこんな気持ちなのかもしれない。あるいは勇者に雑魚狩りされるモンスターの気持ちか?ふふふ、体が震えてくるぜ。


「アーサー、なんか足震えてない?」

「え?はっはっは、そんなわけないだろう!」


 俺は明るく振舞ってミカの言葉を否定する。

 やばいやばい。現実を直視すると頭が狂いそうだ。


「たかし、電気を出すネズミってあれみたいね!ほら、有名なゲームのやつ!」

「ああ、うん、言いたいことはわかるよ」


 母さんは俺が最初にあれと出会った時に思ったことを見事にトレースした。

 このあたりはやはり親子ってことか。

 そう思うと少し気が楽になった。もはや母親の力なんて借りて冒険できるかとかっこつけていられない。この状況では母さんの馬鹿げた強さこそが希望なのだから。テトラアローもアローレインも必要ならじゃんじゃん使ってもらう気だ。情けないって?ああ、わかってるよ。


「みんな、ピノ将軍の言うことが本当ならそろそろ隠し扉があるはずだ」


 イグドラは地図を見ながら言った。

 その頭上には魔法で作った光る球体が浮いており、照明の役割を果たしている。


「その出入り口、本当にあるのよね?」

「あると思いたいが……」


 ミカがもっともな懸念を口にし、イグドラは不安そうな顔をした。

 ピノ将軍いわく今の皇帝は偽者で誰かが倒してくれるものなら倒してほしいと内心思っていたらしい。魔法で尋問したので嘘はついてないはずだが、本人は真実と思い込んでるだけで誰かがそう行動するように唆した可能性も残っていると女王たちは言っていた。魔法による尋問は万能ではないのだ。

 それでも俺たちはピノ将軍の裏切りに乗じた。これが罠であっても少なくとも帝都地下まで誘い出したいのは間違いなく、罠ならそれを攻略して皇帝をぶっ飛ばすつもりだからだ。今度は転移魔法の罠にも対策をとってある。母さんの危険感知能力に加えてミカがある精霊を召還してるのだ。


「ジーニス、いざとなったら頼むわよ?」

「任せるぞよ」


 ミカの頭上でふよふよと漂う小人の爺さんが言った。

 精霊の一種ジーニスは転移系の魔法を防ぐ結界を張る能力があり、本来なら永久に召還されないはずのポジションだったのに今日だけは大活躍だ。


「たかし、あっちから何かが来る感じがする!」

「またモンスターか?みんな、気をつけろ!」

「シャギギギ」


 母さんが指す方向から奇怪な鳴き声を出す子犬サイズのモンスターが現れた。火吹きトカゲだ。体のあちこちが赤熱しており、いかにも水系の魔法に弱そうだが残念ながらそのお約束は通じない。


「こっちからも何か来るわ!」

「水からも!?」


 ミカが水面から這い上がってきたモンスター2匹に気づいた。

 水弾ガメと3枚舌ガエルという名前のやつらだ。水弾ガメは文字通り水を弾丸のように飛ばし、カエルは3本の舌を鞭のように操る。どれもそこまで強くないが俺は弱体化しているし、3匹同時というのが厄介だ。

 

「たかし!このモンスターたちもあのゲームに似てるわね!ボールで捕まえるあの……」

「ああ、わかってるけどその話は後で!イグドラはカエルを頼む!ミカと母さんでカメを!俺はトカゲをやる!」


 俺はリーダーらしく指示を出してトカゲの生き物に集中する。

 さて、10分の1の力でどこまで戦えるやら。


「シャキキッ……ボアアァーッ!」


 火吹きトカゲは口をあけて火球を吐き出した。

 避けたかったが後衛のミカたちを煩わせたくないので肘につけた高価な盾で払いのけ、ダッシュして接近戦に持ち込む。


「熱ちちっ!おりゃあっ!」


 ガギンッと音を立ててやつの硬い尾が剣を防いだ。

 ああ!やっぱり攻撃力が足りない!普段なら尻尾ごと斬り殺せるはずなのに!


「ふっ!お前では肩慣らしにもならないぞ!」

「ゲコォォォ!」


 イグドラの意気揚々とした声とカエルの断末魔が聞こえてきた。


「アーサーのお母さん、頼みます!」

「ええ!」


 ミカは防御魔法を張りながら俺の母さんに攻撃を任せていた。

 どんな隙を突いて転移魔法をかけられるかわからず、召還精霊への指示に集中するためだ。


「石になっちゃうけどごめんなさいね!」


 俺がちらりと見ると母さんの弓から状態異常の魔法を重ねたテトラアローがかっ飛んでカメの頭に突き刺さった。石化と麻痺と催眠と毒を同時にかけられた哀れな生き物は石像と化して床にごろんと転がるのはこの地下に入って何度も見た光景だがやはり恐ろしい魔法だと思う。


(俺だって!俺だってこんな奴くらいはああああ!)


 剣に力を込め、俺はトカゲを連続で斬りつけた。

 母さんたちに救援を求めれば楽なんだが、弱体化がばれたら困るし、これくらいのモンスターは倒したいという意地もあった。だって序盤に遭遇するモンスターだぞ!

 気合を入れると俺の「感情次第で身体能力や魔力が上昇する」という時々忘れそうになる能力が発動していくらか筋力が上がったのだろう。剣を振る速度がいくらか増した。


「せい!せい!せい!」


 トカゲはキシャキシャと鳴きながら尻尾を振って俺の連撃を受け止める。

 そして口から赤い炎が漏れた。


(来る!)


 トカゲは予想通り炎を吐いた。さっきのがヨ*ファイヤーならこっちは至近距離用の*ガフレイムだ。サーカスの火吹き男がするような光景が現れ、周囲の真っ暗闇を一瞬だけ消し去る。俺は真横にごろごろ転がって火を避け、間髪入れずに横から剣を振り下ろした。


「おりゃあああ!」

「キ……」


 シャシャという続きは口から出なかった。

 俺が首を両断し、頭と胴体がお別れしたためだ。


「はあ……はあ……よし!」


 思わずガッツポーズしてしまった。

 そうだ。初めてモンスターを倒した時もこんな達成感があった。俺は前田たかしではなく勇者アーサーになっているという、ロールプレイングしてるという快感。しかも通常のゲームをやってる時とは比べ物にならない臨場感。幼女女神の前では絶対に認めないが、正直、これは気持ちいい。

 そんな俺を現実に引き戻す声がした


「たかし!大丈夫!?」


 うん、そうだよ。俺はたかしだよ……。

 母さんは俺に駆け寄る時、足がもつれそうになった。


「あらら!」

「ちょ!母さん、危ないよ!」 


 老人には程遠いが決して若くもないんだから気をつけないと。

 そう言う俺の言葉を無視して火傷や擦り傷がないかを確かめた母さんは手の小さな傷を見つけると「まあ!」と言った。


「大変!怪我してるわ!」

「大したことないよ」

「こんな所じゃ変な菌に感染しちゃうわ!イグドラちゃん!治療をお願い!」

「はい!」


 母さんに言われてイグドラは下級の治癒魔法を俺にかけた。


「これくらいで魔力使わなくていいのに……」

「アーサー、その程度のモンスターにずいぶん手こずったな?」


 イグドラが痛いところをずばり指摘した。

 半分はお前のせいでもあるんだぞ、と俺は言いたかったがぐっと堪える。


「ちょっと調子が悪くてな……」

「大丈夫か?皇帝、いや、偽皇帝を倒すために万全の状態で望みたいのだが……まさか……」


 イグドラは頬を少し赤くした。


「それは……ひょっとして……二日酔いか?だったら治癒魔法で治すぞ」

「違う!そうじゃない!」


 ある意味では惜しい。

 酒が原因なのは間違ってないんだが。


「え?あなたたち夜にお酒飲んだの?」

「たかしはお酒を飲んでたの?もう成人だからいいけど飲みすぎちゃ駄目よ?」


 ミカが不思議そうに、母さんが心配そうに俺を見た。

 弱体化という秘密を抱える俺の良心がずきずきと痛む。

 だが、言えない。言えるものか。昨晩に呪いにかかって勇者アーサーは雑魚化しましたと言うくらいならいっそ死んだ方が……いや!それは流石に良くないけどさ!ああもう!こんなことを考えてるとますます気が滅入る!


「大丈夫だ!さあ、出口を目指すぞ!」


 強引に話を打ち切って俺は地下の迷路を進んだ。

 

 ピノ将軍が伝えた場所には情報どおり壁に2つの印があり、それらを同時に押すとゴゴゴゴという重い音がして上へ続く階段が現れた。


「おお!」

「本当にあったのね」

「ああ、ピノ将軍に感謝するのは癪だがな……」

「この上が帝都なの?どんな所かしら」


 俺たちは地下の匂いから逃れたい気持ちもあり、慎重かつ足早に階段を上がっていった。

 最後の1段を上がると壁に魔法の照明をいくつも吊るした場所が俺たちを出迎え、少しだけ目が眩んだ。慣れてくると床にも壁にも天井にも白い石を敷き詰めたその場所は明らかに「城」だとわかった。ついに皇帝の住む城に来たのだ。

 ラストステージまで来たという実感が俺に湧き始める。


「ついにここまで来たんだな……」


 ぽつりと言った俺の言葉に仲間たちは何も言わない。

 代わりに別の声がした。


「ようこそ、皇帝陛下のお城へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る