第14話m9(^ω^)「昨晩はお楽しみだったようじゃな!」
俺の絶叫でイグドラの目が覚めた。
「んん……アーサー……?」
彼女は俺のベッドにいることを認識すると顔がみるみる青くなった。
毛布の中をがばっと開けて自分の下半身を見る。
無言。
その後、俺のほうを見る。
また毛布の中を見る。
それを5回ほど繰り返してからイグドラは言った。
「あ……ああああ……」
「待て。落ち着け。落ち着くんだ」
お前は落ち着かなくてはならない。
実際は俺のほうがはるかに抜き差しならない事態なのだがイグドラも純潔を重んじる姫であり騎士なので立場的にも職業的にもまずいのだ。
「そ、そうだっ!」
「え?」
イグドラは何かを思いついたらしく目を閉じて精神集中した。
なんだろう。夢オチだと思って目を覚まそうとしてるとか?
俺がそう思っているとイグドラの体がしゅわわっと白い光に包まれた。
「慈悲深き大地と空の女神よ……傷つき倒れた者に慈愛の抱擁を与えたまえ……」
そう詠唱するとイグドラの上から黄金色の羽が無数に落ちて彼女を包み、ピロロローンとでも表記すべき効果音が流れた。これが何の魔法か俺は知っている。全ての状態異常と損傷を完全回復する神官の究極魔法「キュアリープ」だ。1度使うと魔力がほぼ底をついてしまう大技だがそれ使って何をするつもりか。俺にはだいたい察しがついた。
「お前、まさか……」
「これでおそらく……」
彼女は毛布の中に手を入れてごそごそすると安堵の表情になり、ふうっと息を吐いた。
「よかった……上手くいった……空と大地の女神よ!感謝いたします!」
「神様たちがよくそんな目的に協力してくれたな」
俺は感謝の祈りをささげるイグドラの機転に感心してしまった。
最上位の治癒魔法にまさかそんな使い道があったとは。これがOKならこの世界の「乙女」は何をやってもセーフじゃないのか。裏社会に生きる神官が純潔を取り戻してやる代わりに高額の報酬を受け取るようなビジネスが展開できるかもしれない。そんな妄想さえしてしまう。
言葉にするのを躊躇う「負傷」をなかったことにし、彼女はようやく落ち着きを取り戻したが自分が全裸であることを思い出し、さっきまで青かった顔が赤くなった。毛布で体を隠しながら俺を見る。
「み、見るんじゃない!」
「とりあえず服を着るぞ」
「あ、ああ!」
そう言って俺とイグドラはベッドや床に散らばった夜間着を回収し、ささっと身に着ける。彼女のほうはとりあえず何もなかったことになったらしい。
「アーサー……その……何があったか覚えているか……?」
イグドラはベッドの上に正座して俺と向かい合いながら聞いた。
「いや……部屋に戻ったあたりから全然記憶がない……」
「そうか……私もぼんやりとしか……なんというかグサッと痛みがあったのは覚えてるんだが……ああっ!いや!今のは忘れろ!」
「わかった……」
「なあ!ここでは何も起きなかった!そういうことにしないか!?」
それは俺にとっても願ったり叶ったりだった。
「わ、わかった!ここでは何も起きなかった!俺たちは何もしていない!」
「そうだとも!私たちは酔っ払って部屋で寝てしまっただけだ!」
「そうだよな!いやー、あのお酒は酔いがすごいな!はははは!」
「まったくだ!さすが天国の呼び名がついたお酒だ!あはははは!」
俺とイグドラは気まずい雰囲気を消すために笑いあい、昨晩は何も起きなかったことにしようと誓いあった。そうするしかなかった。
彼女が部屋から出て行くと俺は「うおおおお」と唸りながらまたグルーグを使って自分のパラメータを見てみる。やはり10分の1に減っている。何度やっても同じだった。
(幼女女神……どうにかしてくれー!)
祈るような思いで俺はオラクルを発動し、全ての元凶にコンタクトを取ると脳内に洋楽っぽいBGMとダダダと銃を撃つような音、そして幼い笑い声が聞こえてきた。
「ふはははは!我輩のヘッドショットはまさに神レベルなのじゃ!」
「おーい!幼女女神!お前、何やってるんだ!?」
「む?お主か!ちょっと待つのじゃ!」
その直後にやかましい電子音が消えた。
「なんじゃ?今はゲーム配信の収録をしておるから忙しいのじゃ」
「げ、ゲーム配信て……」
俺の頭の中にクエスチョンマークが無数に浮かんだ。
「お前は何をやっているんだ?」
「聞いて驚け。お前の世界でVTuberとして活動しておるのじゃ」
「…………そうか。よかったな」
俺はもう何もつっこまないし質問しないと決めた。
好きなだけ投げ銭を募ったらいい。
「俺にかかってた呪いってあっただろ?」
「女子と同衾するとレベルが10分の1になるやつじゃな?あれがどうしたのじゃ?おぬし、まさか……」
幼女女神は早くも察してくれたようだ。
「ヤってしもうたのか!?」
「き、記憶にございません……」
俺はそう答えるしかなかった。
国会議員の答弁みたいだが本当に記憶がないんだから仕方ないじゃん。
「朝見たらレベルが下がっててさ。何かの間違いってことないかな?」
「ちょっと待つのじゃ。映像で確かめてみるからの……」
は?まさかのビデオ判定?
幼女女神は世界の出来事を録画したり見たりできるらしい。
恐ろしいな。プライバシーもくそもないが、神様ならそのくらい可能でもおかしくないか。
「あちゃー!おぬし、イグドラと完全にやっちゃっておるぞ!昨晩はお楽しみでしたね状態じゃーー!」
「うおおおおおお……やっぱりか……」
その場に膝をついて俺はショックのあまり吐きそうになった。
皇帝との決戦を前にしてレベルが10分の1になる。これが何を意味するか?もちろん戦力外通告である。
「本当にやっちゃってるのか?」
「マジじゃ!」
「その映像、俺にも見せてくれ!」
「駄目じゃ」
幼女はにべもなく言った。
「これは世界の管理者専用じゃ。部外者に見せられるわけがなかろう」
「そこをなんとか!やっちまったのは仕方ないとしてもその記憶がないとかやり損じゃねーか!」
できれば高画質で見せろと俺は要求したかった。
「無理だと言っておろうが!だいたいなんであの姫騎士とやってしもうたんじゃ?今までレベルダウンが怖くて我慢してきたじゃろうが?」
「お、お酒のせいで……」
「はあああ……」
深いため息が聞こえてきた。
「まさか皇帝の前に酒にやられるとはのう……」
「上手いこと言いやがって……記憶がないんだから仕方ないだろ……はっ!!これは帝国軍による狡猾な罠だった可能性はないか!?」
「ゼロじゃな。お主が酔ってアホなことをやらかしただけじゃ」
「うおおおおおおお……」
人類にもっとも被害を与えた化学物質は兵器でも生物毒でもなくアルコールだという人もいるが、それを痛いほど俺は実感していた。あの天国酒というやつが俺の中に溜まりに溜まった何かを解放してしまったらしいのだ。
ひょっとしたらこれはロッシェンテ女王の策略だったのではないかと俺はちらりと思った。今思えばあの女王が娘に青汁一気飲みさせただけで引き下がるのは少し意外だと思った。俺とイグドラを酒に酔わせ、変な薬物を混ぜることで辛抱たまらなくさせたのでは?どうだ、この名推理。
といいつつも俺は女王に確認する勇気がない。これが勘違いだったら馬鹿みたいだし、嫁入り前の娘に何をしてくれてるのと言われて強制結婚させられるのは目に見えているからだ。
「あの……女神様……」
「なんじゃ?急に様づけなどしおって」
「この一件、なかったことにできませんかね……だってお酒のせいだし、記憶にないわけだし……」
敬語で恐る恐る尋ねてみたが幼女女神は「ハンッ」と鼻で笑った。
「自分を知るのじゃ。お前のように特別でもなんでもない人間にそんなおいしい話があると思ったのか?」
「ぐうううっ!」
どこかで聞いたような台詞を突きつけられ、俺の胸にぐさぐさと大穴が開いた。
「でもさ、なんでこんなペナルティあるんだよ!やったらレベルが激減するとか意味わかんねーよ!誰が得するシステムだ!」
「こういうペナルティでも与えぬと勇者はすぐに調子こいてハーレム築いたりあちこちで子供作りまくってしまうじゃろうが?皇帝討伐後に相続や継承権で揉めまくるのは目に見えておる。それを防止するために作ってみたのじゃ。お主がハーレムを作らなかったとは言わせぬぞ?」
「ぐぬぬ……」
その可能性はきわめて高い。
健全な男子ならそう(勇者に)なったらそう(やりまくりに)なるに決まってる。
「でもさ、これで俺は皇帝をどうやって倒せばいいんだ?側近にも勝てないだろう?こんな状態で戦っても討ち死に確実じゃないか」
「なーにを言っておるんじゃ。おぬし、勇者なのじゃろう?勇者とは何じゃ?」
「え?」
「勇者とはもっとも勇気のある者のことじゃ。勝ち目が十分にあるから戦うなど勇者ではなかろう?」
「うおお……」
なんという正論。
だが正論は時として凶器になって人を傷つけることをこの女神は知らないのか。
「玉砕覚悟でつっこめと?」
「それも面白いのじゃがそう悲観するものでないぞ。お主には頼もしい仲間がおるではないか?」
「イグドラとミカか?」
「うむ。それとお主の母親じゃ。死ぬほど強いではないか。いっそ皇帝を倒してもらったらどうじゃ?」
「それだけは嫌だ!」
どこの世界に母親にラスボスを倒させる勇者がいるんだよ。
母さんが勇者になっちまうじゃねえか。
俺がそうつっこむと女神はケラケラと笑って言った。
「体力をぎりぎりまで削らせてお主が止めだけさせばよかろう?」
「なんだよ、そのポ*モンを捕まえる時みたいな作業は!そんな仕事を頼めるか!しかも相手は皇帝だぞ。そんな余裕あるのか?」
「ないに決まっておろう。でも、やるしかないじゃろう?繰り返して言うがお主のレベルダウンは今更どうにもできぬ。いつも理想的な状態で敵と戦えるなどと思わぬことじゃ。さあ、皇帝を倒せ。おぬしのいうアーサー英雄伝説を完結させるがいい。さらばじゃ!」
「ちょ、待て!」
女神は無慈悲にオラクルの通信を切った。
俺がもう一度使ってみると「この番号は現在使われておりません」という機械っぽい声が聞こえてきた。
(もはややるしかねえ!)
俺は覚悟を決めた。
ミカやイグドラにレベルの件を隠したまま皇帝のいる都へ乗り込み、兵士や残った四天王2人を俺の頼もしい仲間たちと母さんにどうにか倒してもらう。そして女神の言うとおり皇帝をぎりぎりまで弱らせてもらってから俺がさくっと止めをさす。これしかない。
計画している俺自身も情けないと思うくらいに他力本願であるし無理っぽい気もするが他に方法はないのだ。
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